スロー・ドリップ
──カラン。
今度のドアの音は、さっきとは少し違った。軽く、弾むような音。
「お、おまたせーっ!」
その声とともに入ってきたのは、小柄で元気そうな女の子だった。ツインテールがふわりと揺れ、制服のリュックがかちゃかちゃと音を立てている。
思わず、私はまばたきをした。
「やっば、遅れたー! もうアイスティー飲んでるとか、ズルい!」
その子は、迷いなく私たちのテーブルに向かってきて──当然のように、カナメくんの隣に座った。
なんだろう、この自然な感じ。ちょっと、胸がざわついた。
「……葵ちゃん……」
つかさちゃんが、小さく名前を呼ぶ。
「えっ、知り合い?」
思わず私が聞くと、つかさちゃんは少しだけ気まずそうに笑った。
「うん……いとこ」
「えぇ……!」
それは予想外だった。いとこ、なのにあんなにカナメくんの隣に自然に座れるんだ──って、そんなこと思うの、変かな。
「おー、初めましてっ! カナメくんだよね? つかさから聞いてるよー。写真も見た!」
「しゃ、写真!?」
カナメくんの声が裏返る。
ちょっと笑ってしまいそうになるけど、つかさちゃんの顔が一瞬で赤くなったのが見えた。
「つかさがさ、ちょっと気になってる人って」
「ちょ、ちょっと!」
そのやりとりが可愛くて、なんだか、ほんの少しだけ胸がチクリとした。
私は、そっとカップを持ち上げた。香りに紛れるように、感情を落ち着ける。
──そんなときだった。
「……匂いってさ」
カナメくんの声が、テーブルの上にふわりと落ちた。
みんなの視線が、彼に集まる。
「誰かのこと、好きになったときに初めて気づくものなのかも。……その人のことを、もっと知りたいって思ったときの、合図……みたいな」
ちょっと詩的すぎて、こそばゆい。でも、まっすぐな言い方に、思わず息をのむ。
隣で葵ちゃんが「え、詩人!?」と笑い、つかさちゃんは何も言わずにグラスの氷を見つめていた。
私は──ただ、微笑んだ。
この午後のカフェの空気は、ほんのり香ばしくて、少しだけ苦くて、でも優しくて。
──誰にも気づかれないくらいの小さな想いが、確かに今、私の中で静かに膨らんでいた。