小さなすれ違いと本音
図書館を出ると、つかさはまるで逃げるように廊下を歩き出す。
足早に曲がり角を曲がる。けれど、どこへ向かうあてもなかった。
(……バカみたい。なにやってんの、あたし)
胸の奥が、まだくすぶっている。
さっき、カナメのそばにふわりと香った匂い。
あの朝、教室で感じたのと同じ──甘くて、少し爽やかな香り。
(……やっぱり、あの子の匂いだったんだ)
図書館にいた一年生の子。
(なんで……同じ香り……あんなの、ただの偶然でしょ)
それなのに、気になって仕方がない。
自分でも理由がわからない。でも、悔しくて、胸の奥がざわざわする。
──カナメのこと、そんなに気にしてたの?
自分で自分に問いかけても、答えはすぐには出なかった。
ふと、窓の外に目をやる。
校庭の向こうで、誰かがバスケットボールをついている音が、ぽん、ぽん、と遠くに響いていた。
その音に紛れるように、後ろから足音が近づく。
「つかさ!」
振り返ると、案の定──カナメだった。
息を切らせながら、困ったような顔でこちらを見ている。
「なんで、逃げるみたいに……」
「逃げてないし」
そう言い返したけれど、自分の声が少し震えていたのがわかった。
「さっきの子、誰?」
「え?」
「図書館にいた一年生の子。……なんか、知ってるの?」
カナメは少し戸惑った顔で首を傾げる。
「えっと……たぶん、しおりの後輩。花屋でちょっとだけ手伝ったことがあって……」
「花屋……?」
「朝、水が出なくて困ってたみたいでさ。ちょっと見てあげただけなんだけど……その時、お礼にポプリもらって」
──ああ、それだ。
つかさはようやく合点がいった。でも、それでモヤモヤが晴れたわけじゃない。
「……そっか」
「つかさ、なんか変だよ。怒ってる?」
「怒ってない。……けど、なんか、やだ」
「やだ、って?」
「わかんないけど……」
つかさは一瞬目を伏せ、ほんの少しだけ口をとがらせた。
そして、小さな声でぽつりと漏らす。
「……カナメが、他の子と同じ匂いしてるの、なんか……やだった」
言った瞬間、自分の顔が熱くなるのを感じた。
でも、もう止められなかった。
「……バカみたいだよね。そんなの、ただのポプリなのに」
カナメはしばらく黙って、それからふっと微笑んだ。
「バカじゃないよ。それ、ちょっと嬉しい」
「は……?」
「ちゃんと、俺のこと気にしてくれてるんだなって」
そんなふうに笑わないでよ。
つかさは顔をそらしながら、ぶっきらぼうに言った。
「……気にしてないし。気のせいだし。ちょっと気になっただけ!」
「そっか。でも、ありがとう」
「だから、違うってばっ!」
そう叫ぶように言って、つかさは歩き出した。
──けれど、その足取りは、さっきよりほんの少しだけ軽くなっていた。