つかさ、イヤホンの片方を失くす
「……ない。ないんだけど……!」
朝の教室。つかさがリュックを何度もひっくり返していた。
「どうしたの、つかさ?」
しおりが声をかけると、つかさは深いため息をついて振り返る。
「イヤホン、片方だけ消えた。右耳だけが生き残ってる……」
「それはつまり、左耳は戦死……?」
「そんな表現しなくていいから! でもほんとにどこ行ったの……」
そこへ、みずきがタイミングよく登場した。何かをポケットから取り出しながらニコニコしている。
「どしたの? イヤホン失くした? あたし、いいの持ってるよ」
「えっ、ほんと?」
「ジャーン!」
みずきが掲げたのは、ゲームボーイ用のイヤホンだった。
コードはねじれていて、耳に入れる部分が赤と青で分かれている。
「……え、なにこれ。レトロ感すごくない?」
「でしょ? うちの押し入れから出てきた! 片耳どころか左右で色違いだよ?」
「いや、問題そこじゃなくて端子がまず違……」
「ほら、見て! このカクカクした先っちょ! この無骨さ! 逆にオシャじゃない?」
つかさはイヤホンを手に取るも、そっと戻した。
「気持ちはありがたいけど、それは博物館に寄贈しといて……」
しおりが笑いながら、つかさの肩をぽんと叩く。
「朝から昭和感ある展開してんなぁ」
「やめて、それ平成すら通り越してるから……」
そのとき、教室のドアが開いた。
「つかさ、これ」
カナメが無言で手のひらを差し出す。そこには、小さな白いイヤホンの左耳が。
「えっ、それ……!」
「さっき廊下に落ちてた。これつかさのだろ?」
つかさがぱっと笑顔になって、それを受け取る。
「ありがとう……! これで片耳生活とさよならできる!」
「片耳生活ってすごい言い方だな……」
ユイが教室の隅でにこりと微笑んでいた。
「ふふ、いつも一緒にいるのに居なくなって初め気付くこの感覚……」
「ちょっとちょっとユイなんか怖いよ!」
つかさはイヤホンをそっと耳に当てる。
みんなが探してくれたイヤホンからは、ちょっとだけ優しい音が聞こえる気がした。