今日見た夢を小説にしてみた
第一部:侵入者の夜
プロローグ
人類がまだ、「食べ物」に怯えることになるなど想像もしていなかった頃——その夜、すべては始まった。静かな住宅街。何の変哲もないマンションの一室で、ひとつの命が戦いの幕を開けた。敵は、カシューナッツ。だが、ただのナッツではない。奴らには“顔”があった。そして、意思があった。
そして——悪意も。
第1章:窓を叩く音
高村翔は、玄関の鍵をかける手を止めた。
「……今、音がしたか?」
部屋の中は静まり返っていた。だが確かに、かすかに“コン、コン”という音が耳に残っていた。まるで、窓を指で叩くような、そんな軽い音だった。
時間は夜の10時過ぎ。大学からの帰り道、コンビニで買った弁当を持ち、エレベーターを降り、いつも通りに帰ってきたはずだった。何かがおかしい。
翔はゆっくりと窓のカーテンへと歩み寄った。息をのむ。外から――“何か”がこちらを見ていた。
それは、目だった。小さな目。豆粒のような目。その下には、無理やり縫い付けられたような口。そして、全体は……黄色く、丸みを帯びた、奇妙な形をしていた。
「カ、カシューナッツ……?」翔は思わず呟いた。
そう、それはまさしくカシューナッツの形をしていた。だが、明らかに“生きている”。顔がついているのはもちろん、ナッツのくせに、窓を“叩いて”いるのだ。
「ウソだろ……?」
恐怖と混乱で頭が真っ白になりながらも、翔は手を伸ばしてしまった。反射的に、窓を——
開けてしまった。
窓が開いた瞬間、奴は音もなく滑り込んできた。
カシューナッツが、宙を飛ぶなどという現実を脳が受け入れる前に、翔は本能で後退した。奴は床に着地するや否や、飛び跳ねながらこちらに向かって突進してくる。口元がニタリと歪む。まるで、こちらをあざ笑っているかのようだった。
「ふざけるな……ッ!」
翔は慌てて近くの座椅子をつかみ、振り下ろした。だが、ナッツは驚異的なジャンプ力でそれをかわす。部屋中を跳ね回り、壁や家具を利用して速度と高さを稼ぐその動きは、もはや“虫”に近かった。
「くそっ、くそっ!」
次に掴んだのは、教科書が詰まったリュックだ。振り回すようにして空中のナッツを叩く。鈍い音とともに奴の動きが止まり、床に叩きつけられる。
「——やったか?」
翔がそう呟いた刹那、カシューナッツは再び跳ね上がった。今度は、壁を使ってそのまま窓の外へ飛び出した……かに見えた。
だが、奴は壁にしがみついていた。
「まだ……まだ終わってないのかよ……!」
翔は窓辺に駆け寄り、奴の上からスニーカーで思いきり踏みつけた。何度も、何度も。ヒビの入った甲高い音が響くたびに、ナッツの身体が砕け、やがて動かなくなった。
しばらくの沈黙。翔は息を荒げながら、その残骸を見下ろした。それは確かに“カシューナッツ”だった——顔のついた、生きていた“何か”。
「……なんなんだよ、マジで……」
しかし、悪夢はこれで終わりではなかった。
第2章:新たなる襲来
それから1時間後。
静まり返った室内。窓は閉め、カーテンは引いたまま。翔はリビングの床に座り込んでいた。手には包丁。まるでホラー映画の主人公のように、神経を張り詰めている。
「さっきのは……夢だ。疲れてただけ。そう、ストレスだ」
言い聞かせるように呟いたとき——
コン、コン。
まただ。
窓が、叩かれた。
翔は顔を上げた。カーテンの隙間から、また同じ形。あの、笑っているようなナッツの顔。
いや、違う。今度は——二体いる。
「……ふざけんな」
この世に“個体数”という概念がある以上、奴らは“群れる”ということだ。このままでは、無限に襲ってくるかもしれない。翔はゆっくりと立ち上がり、包丁を構えた。
「やってやるよ、カシューナッツ……!」
二体目、三体目のカシューナッツも、翔の部屋に飛び込んできた。
包丁を手にした翔は、初めての戦いのときとは違っていた。すでに奴らの動きを想像できる。跳ねる。壁を使う。目の高さに来たときがチャンスだ——。
「次は逃がさねえぞ」
まず一体。飛びかかってきたところを、包丁の側面で叩き落とす。キッチンの床に転がったそれに、翔はすぐさまフライパンを振り下ろした。重く響く金属音と共に、カシューナッツの甲殻にヒビが入り、茶色い液体が滲む。
続いてもう一体。こちらは窓枠の上で跳ねるようにして威嚇している。翔は掃除機のホースを持ち出し、タイミングを見計らって勢いよく突いた。奴は一瞬よろけ、そこに包丁が突き刺さった。
「ハア……ハア……っ」
撃破した。だが、喜びはなかった。部屋はめちゃくちゃだ。壁には奴らの体液が飛び散り、家具は倒れ、床は滑るほど汚れていた。
「……くそ、マジでどうなってんだよ……!」
翌日、翔は意を決して交番へと向かった。
第3章:信じられぬ真実
「……顔のついたカシューナッツが、毎晩部屋を襲ってくるんです」
翔の言葉に、警官はペンを止めた。
沈黙が流れる。
「それは……あの、ネットの、いたずら的なやつですか?」
「違います! 本当に襲ってくるんです! 僕はもう三体……いや、五体は倒しました!」
警官は明らかに困ったような顔をしている。やがて、「ちょっと署のほうでお話を……」と促され、翔はそれ以上話すのをやめた。
それから先、どこに相談しても“相手にされなかった”。精神科を紹介されることもあった。TV局も警察も行政も、「顔のあるナッツ」の話など、ただの狂言として一蹴する。
翔は悟った。
——この世界では、誰も自分を救ってはくれない。
第4章:孤独な戦士
それからの日々、翔は生き延びることを優先した。
武器の改良。包丁はすぐに刃こぼれしたため、鉄パイプ、虫取りラケット、電撃式の捕虫器などを試し、最終的にはエアガンとテニスラケットのコンボに落ち着いた。
ナッツが来るタイミングも読めてきた。だいたい夜の10時〜深夜1時にかけて。インターバルは1〜2時間。毎晩必ず来るわけではないが、一週間で10体以上が翔の部屋を訪れた。
「よし、次……」
翔はすでに恐怖を通り越していた。姿勢を低くし、音を立てずに歩き、部屋を罠のように使って撃破していく姿は、もはやハンターのそれだった。
だが——その戦いは、決して終わらなかった。
そんなある日。翔はネットで偶然、ある“配信”を見つけた。
第5章:少年たちの砦
タイトルは「#ホームセンター立てこもり生配信」配信主は中学生くらいの少年。背景には、棚を積み重ねたバリケード、即席のカメラ、そして——後ろで暴れる“カシューナッツ”。
「……生き残ってる人が、他にもいたのか……!」
翔は血が沸き立つのを感じた。その姿は、かつての自分だった。無力で、孤独で、震えていた頃の自分。
——助けに行かなきゃ。
翔はすぐに荷物をまとめ、武器と防具を身につけた。向かう先は、郊外にある大型ホームセンター。そこには、少年たちが、今まさに命を賭けて立てこもっていた。
そして、翔は彼らを救い——その命と引き換えに、最後の力を振り絞った。
第二部:油の誓い
第6章:光なき籠城
数日が経過していた。
あの青年——翔が命と引き換えに助けてくれたことで、少年たちは一命を取り留めた。だが、状況は変わらない。ホームセンターは今もなお、顔付きのカシューナッツたちに包囲されている。
中学生のリーダー格、谷口レイジは、防火扉越しに外を見ながら呟いた。
「……これが地獄かよ」
食料も水も底をつきかけていた。外には常に動き回るナッツの姿。奴らは一切休まず、どこまでも人間を追い詰めてくる。
配信は今も続けていた。誰かと繋がっていたい——それだけの理由だった。
その日も、レイジは薄暗い倉庫の一角でスマホを開いた。たった一人でも見てくれていたら。それだけで、救われる気がした。
そして——
1件のコメントが届く。
「油を使え。あいつら、油に弱い」
レイジは目を見開いた。
「……油?」
信じられなかった。だが、試す価値はある。死ぬ前に、最後の賭けをするしかなかった。
第7章:反撃の一滴
ホームセンターに残っていた最後の資源。家庭用の食用油。バイクのエンジンオイル。塗装用の油性液。
それらをバケツに集め、試作した武器は——ただの油まきペットボトルだった。だが、その一本が、戦況を変えた。
襲いかかってきたカシューナッツに向かって油を投げかける。その瞬間、奴の動きが止まった。
レイジは叫んだ。
「今だッ!叩け!!」
仲間が鉄パイプを振り下ろす。初めて、確実に勝てた。あの“強すぎる敵”に、人間が勝てたのだ。
「……やった……やったぞ……!」
油は奴らの機動力を奪い、表面の甲殻に反応して体温を下げる。細かい理屈は分からないが、明らかに弱点だった。
それからの彼らは、戦う術を得た人間になった。
第8章:絶望の底で
だが、資源は有限だった。
数日のうちにホームセンターの油は尽き、再び追い詰められた少年たち。補給も援軍もない。再び恐怖に包まれながら、彼らは倉庫の中で震えていた。
その時だった。
——パンッ。
何かが破裂する音。直後に、ドアの隙間から一体のカシューナッツが跳ねて入ってきた。レイジは叫んだ。「もう無理だ……!」
だが。
「伏せろ!!」
鋭い声とともに、乾いた銃声が響いた。
狙撃されたカシューナッツは吹き飛び、壁に叩きつけられて砕けた。
倉庫の扉が開き、一人の青年が現れる。黒いジャンパー、手にはカスタムされたスナイパーライフル。凛とした目つきでレイジを見下ろし、言った。
「遅くなったな。助けに来た」
第9章:希望の輪郭
その青年の名は久賀誠司。翔と同じく、孤独にカシューナッツと戦っていた一人であり、翔の戦いを見届けた者でもあった。
彼はレイジたちに語った。「俺たちは、散らばったままじゃ勝てない。各地に生存チームがいる。これから連携する」
翔のように戦った者が、彼だけではなかったということ。それが少年たちに、再び立ち上がる理由を与えた。
彼らはホームセンターを放棄し、久賀の導きで他のチームと合流する。
油を武器に。知恵を力に。そして、翔の遺志を胸に——彼らは再び、立ち上がる。
第三部:決戦、関東戦線
第10章:消えた国、残された者たち
それは、かつて“日本”と呼ばれた場所だった。だが、今は違う。政府は崩壊し、機能していた官庁も通信網も、もう存在しない。
人口は半減した。
都市の一部は廃墟と化し、夜になると「カシューナッツの巣」と呼ばれるスポットが無数に広がる。そこには、光を嫌うナッツたちが巣くい、人の気配を探して這い出てくる。
だが、それでも——
生き残って、戦っている人間たちがいた。
久賀誠司と谷口レイジ率いるグループは、関東に集結するチームと合流した。その中には、元自衛官や警察官、民間の整備士や農家、元ゲーマー、登山家など多彩な背景を持つ者たちがいた。
それぞれが、「生き延びる知恵」と「戦う手段」を持っていた。
そして今、彼らは一つの旗のもとに立つ。作戦名:関東掃討戦目標は、関東一帯に残されたカシューナッツの完全撃破。
第11章:自警団、始動
久賀は、簡易の作戦地図を前に説明する。
「北関東には工場跡が多い。廃油が手に入る。東部の農村地域には、奴らの巣が集中してる。夜間に集中的に焼き払う。都市部は危険だが、拠点として使える施設も多い。拠点ごとにグループを配置していく」
レイジは横でその指示を聞きながら、ふと呟く。
「これ……まるで、軍隊だな」
久賀は静かに答えた。
「これは戦争だ。国が死んだ今、俺たちが“人類の代表”なんだよ」
この掃討作戦には、全関東から9チーム・総勢約200名が参加していた。
油と火器、接近戦用の即席武器、そして各地で集められたカシューナッツの弱点情報。彼らは“人類の知恵”を結集し、反撃を開始する。
第12章:最後の群れ
作戦開始から3週間後。
関東の多くの市街地からカシューナッツは姿を消した。夜を恐れず人々が外を歩けるエリアが広がりはじめる。廃墟だった学校には明かりが灯り、拠点には笑い声も戻ってきた。
だが、その平和の裏で、最後の“群れ”が動いていた。
「さいたま市の地下鉄跡に、異常な数の反応がある。数百……いや、千を超えるかもしれない」
レイジは顔を青ざめさせた。
「……ラスト・ネスト(最後の巣)か」
久賀は短く頷く。
「ここを潰せば、関東の戦いは終わる。全員、集めろ。これが……最終決戦だ」
第13章:決戦の日
地下鉄構内は真っ暗だった。発煙筒の赤い光に照らされたホームに、無数のナッツがうごめいていた。その様は、まるで昆虫の群れ。そして、中心には一際大きな、**“巨大カシューナッツ”**の姿があった。
「でかっ……なにあれ」
「親玉か?でも今までの奴らと動きが違うぞ」
久賀は叫んだ。
「全員、前進!油弾投下、狙撃班は親玉を狙え!」
戦いは苛烈を極めた。襲いくる無数のナッツたち。激しく跳ねる者、油をかいくぐってくる個体。仲間が次々と倒れ、傷を負っていく。
だが、レイジたちは引かなかった。
「翔が……命を懸けた未来を、ここで終わらせるわけにはいかない!」
やがて親玉の体に、久賀の放った弾丸が突き刺さる。内部の油性器官が反応し、爆発。周囲のナッツたちが苦しみ、崩れ、動きを止めていく。
——その瞬間だった。
全ナッツの動きが、止まった。
静寂。
ほんの数秒、誰も声を上げなかった。やがて誰かが、震える声で呟いた。
「……終わった?」
「勝った……のか?」
歓声が、一斉に上がった。カシューナッツとの戦いは、関東において終結を迎えた。
第四部:未来を変える者
第14章:信号
関東の戦いから半年。
人々は、久しぶりに“平穏”を口にするようになっていた。荒廃した都市には菜園ができ、地下鉄跡は避難民の住居に。久賀たち自警団は、新たに**「復興部隊」**を立ち上げ、人々の暮らしを支え始めていた。
そんなある夜——
久賀のもとに、一通の電波信号が届く。
内容は、こうだった。
「大阪にて、再びカシューナッツによる大規模襲撃発生」「数、未測定。周囲の連絡網すでに壊滅」「助けてくれ……誰か……」
久賀はすぐに立ち上がった。
「全チームに連絡。西日本へ向かうぞ。今度は……俺たちが、助けに行く番だ」
第15章:関西戦線
大阪にたどり着いた久賀たちは、目を疑った。瓦礫と炎、完全に沈黙した街。そして、見たこともない巨大なナッツの軍勢が、建物を次々と破壊していた。
「数が……桁違いだ」
久賀は歯を食いしばる。これは単なる“再発”ではない。何かが、“意図的”に動いている。まるで、こちらの勝利をなかったことにするかのように。
そんな中、崩れかけたビルの中で、少年兵たちが最後の防衛線を張っていた。彼らを守っていたのは、ひとりの中年の男。
強靭な身体と狙撃術。まるで久賀自身を映したかのような戦いぶり。そして、彼はこう言った。
第16章:時の修正者
「俺は、“未来”から来た」
久賀とレイジは耳を疑った。
中年の男は語る。
——自分の名は翔。——あの“大学生だった翔”ではない。——未来の翔だ。
「俺は、君たちが敗北した未来を見た。人類が滅びた未来を。だが、時の流れには“修正力”がある。大きく未来を変えると、世界が逆に押し戻そうとする。今のこのカシューナッツの暴走は、それだ。これは“最後のあがき”……これを乗り越えれば、未来は……変わる」
久賀は拳を握った。
「……じゃあ、やるしかないな」
翔は静かに頷いた。
「俺の命は長くない。最後まで君と共に戦わせてくれ」
第17章:最後の未来戦
人類の精鋭たちが大阪に集結した。北は北海道から、南は鹿児島まで。かつてバラバラだった“生き残り”が、今やひとつの軍となっている。
戦いは激烈を極めた。火も、油も、銃弾も尽き、ついには肉弾戦すら起きた。地面には割れたナッツの殻と、夥しい血が流れる。
その中心で、翔と久賀は並び立ち、ナッツの群れを貫く。
「久賀……もし俺がここで死んでも、未来はもう変わってるはずだ。お前が繋いだ希望は、絶対に無駄にはならない」
「最後まで、生きてくださいよ。俺の“先生”なんですから」
二人は笑い、そして突撃した。
第18章:希望、そして終焉
最終戦の末、ナッツの親玉は破壊され、巣が崩壊。侵攻は止まった。世界は、ようやく——ようやく、静けさを取り戻す。
しかし、その戦場の片隅に、翔の遺体があった。
——だが、彼の顔は穏やかだった。——未来は、変わった。——人類は、生き残った。
レイジは空を見上げ、呟いた。
「ありがとう、翔……あんたが、俺たちを導いてくれた」
エピローグ:再生の朝
それから数年後。新たな政体「再建日本共同体」が樹立され、人類は再び文明を築きはじめていた。
油の管理技術、戦闘訓練、そしてナッツに対する研究——翔たちの戦いは、決して無駄にはならなかった。
“食べ物”が敵となる時代は終わった。
だが、人々は今も語り継ぐ。
——ある大学生が、カシューナッツに立ち向かい、未来を変えた物語を。
完