第7話
第7話
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少年は水たまりの中で目を覚ました。
冷たい水が頬をなで、呼吸は静かに流れていた。
体を洗いながら、水面に映る自分の顔を見つめた。
あまりにも痩せ細っている。
肌は青白く、目の下には深い影が落ちていた。
「……これが、僕……?」
少年は無言のまま、水をひとすくいして顔を洗い流した。
そして静かに立ち上がり、足を家へと向けた。
帰り道の途中、彼の目は自然스럽게丘の方へ向けられた。
そこには大きな切り株があり、
村と空を同時に見下ろせる、沈黙の地が広がっていた。
言葉にならない何かが、胸の奥でゆっくりと目を覚ましていた。
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翌朝。
ホタルは目を開けると同時に、昨日の少年のことを思い出した。
「……会いに行こうかな。でも、迷惑かもしれない。」
しばらく悩んだ末、結局その場に留まった。
そのとき、玄関の扉が開いた。
久々に、父が帰ってきたのだ。
「おかえりなさい……」
「うん、長いこと留守にしていたな。明日からも……また出かけなきゃならん。」
その声には、疲労が深く滲んでいた。
表情も冴えない。
ホタルは、何か異変が起きているのを直感で感じ取った。
食事を終えて、彼女はゆっくりと口を開こうとした。
少年を家に雇ってもいいか、お願いするために。
ホタルにとって、それは生まれて初めての「お願い」だった。
しかし――
先に口を開いたのは、父だった。
「……なあ、ホタル。
しばらく一人で他の地域に行ってみる気はないか?
知り合いに話は通しておく。」
その言葉は、どこか曖昧で、確信を避けるようだった。
説明しかけて止まる、妙な空気がそこにあった。
「えっ、旅行……ですか?」
ホタルは驚いたが、それ以上は追及しなかった。
その言葉の真意を、彼女はもう感じ取っていた。
愛着あるこの村だった。去りたくはなかった。
でも、目指すべきものがあった。
何より、父がそばにいても……
彼女はいつも「ひとり」だった。
そのとき、脳裏に浮かんだのは――
「あなたは、ひとりじゃありません。」
少年の、あの言葉。
それは、静かに彼女の心に刻まれていた。
顔がふっと熱くなった。
「どうかしたか?」
父の問いかけに、ホタルは小さく息を吸って答えた。
「……一人でいるのが、ちょっと辛くて。
知り合いを一人、雇ってもいいですか?」
父は驚いた。
あの子が、自分に何かを頼むのは初めてだったからだ。
「いいよ。明日からまた出かけるし、お前の好きにしなさい。」
そう言って、財布から金を取り出し、彼女に渡した。
「雇用期間に合わせて分けて使え。お前なら、計算くらい簡単だろう。」
「面接は……?」
「面接なんていらん。お前が選んだ人間なら、それで十分だ。」
「……ありがとうございます。」
そう言って、父は再び家を出ていった。
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しばらくすると、友人たちが遊びに来た。
「ホタル〜、遊ぼうよ〜!」
「今日は……ちょっと無理かも。大事な用があって。」
子どもたちが帰ったあと、
ホタルは静かに決意し、家を出た。
少年の家を探しに、見知らぬ道をひたすら歩いた。
迷いに迷って、ようやくたどり着いたのは
村の外れ、人目を避けるように建てられた古びた家だった。
彼女は戸をノックした。
――返事は、なかった。
「ん? 留守……?」
仕方なく、彼女は引き返した。
だが、胸の奥はざわついたままだった。
その夜、ホタルは再びその家を訪ねた。
再度ノックする。
やはり、返事はない。
「……あれ? またいない? 変だな……」
好奇心が勝ち、
彼女はそっと扉を開けた。
「失礼します……」
中は想像以上に清潔で、窓はすべて開かれていた。
涼やかな風が静かに吹き抜けていた。
持ってきたおにぎりを、机の上にそっと置き、
ホタルは帰ろうと背を 돌렸다。
そのとき――
「わっ、びっくりした。」
少年がちょうど帰ってきた。
「どこに行ってたの?」
少年は無表情のまま答えた。
「……風にあたりたくて、外に出てました。」
ホタルは呼吸を整えて言った。
「ねえ、ちょっと話があるの。」
少年はかすかに笑って言った。
「長くなりそうですね。じゃあ、丘で話しましょうか。」
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二人は静かに歩いた。
言葉は少なく、ぎこちなさだけがそっと隣に並んでいた。
夜空は澄み渡り、星は高くきらめいていた。
丘の上に吹き込む風は、まるで透明そのものだった。
少年が口を開いた。
「……話って、なんですか?」
ホタルは一瞬躊躇い、そして頬をわずかに染めながら答えた。
「うちに手伝いが必要で……
しばらく、家のこと、手伝ってくれない?」
少年は彼女をぼんやりと見つめ、
そっと首を横に振った。
「……すみません。」
だが、すぐにそれに続けて、
これまでとはまったく違う表情で言葉を添えた。
「ありがとう。」
その一言には、あまりにも多くの意味が込められていた。
ホタルの胸の奥に、得体の知れない違和感が走った。
少年の姿が、まるで“少年ではない何か”のように見えた。
背中を冷たいものが這い、体が小さく震えた。
そのとき、少年は頭を垂れ、そしてゆっくりと顔を上げた。
その瞳の奥には、今までに見たこと 없는色が宿っていた。
そして、低く穏やかな声で告げた。
「でもさ……君、誰?」
ホタルの息が止まった。
「な、なに言ってるの? 私はホタルだよ?」
声が震えた。
背筋をぞくりとした寒気が走る。
その瞬間、少年がさらに続けて呟いた。
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「……違うよ、ホタル。君じゃない。君のすぐ後ろに、ぴたりと張りついている“その人”のことだよ。」