第23話
第23話
獣が、轟音とともに地面を蹴り、一直線に少年へと飛びかかった。
その巨体が空気を裂く音すら聞こえないほど、一瞬の出来事だった。
「っ……!!」
少年は反応しきれず、重たい衝撃を受け、すぐ背後の木に叩きつけられた。
鈍い音が響き、彼の身体がずるずると地面へ崩れ落ちる。
「しょ、少年っ!!」
ホタルは叫び、駆け寄ろうとした。
だが、獣はゆっくりと振り向き、ホタルに向かって鋭い目を向けた。
その一歩一歩が、地響きのように迫ってくる。
ホタルの喉は渇き、足はすくんだ。
(逃げなきゃ……でも、彼を置いていけない……)
獣がホタルへ跳びかかろうとしたその瞬間——
「……ナ……レア……ヴェル……シァ……」
意識が朦朧とする中、少年が何かを呟いた。
それは、人の言葉ではなかった。
この世のいかなる言語とも異なる、しかしどこか“力”そのものを感じさせる響き。
その声が終わると同時に、獣の動きがピタリと止まった。
鋭い眼光を保ちながらも、まるで何かに命令を受けたように、後退し始めた。
「……戻って……くれ……君を……傷つけたくない……」
少年は、地面に伏したまま、かすれた声で語りかける。
その声には、不思議な“説得力”と、“重み”があった。
獣は一度うなり声を上げると、そのまま森の奥へと身を翻し、音もなく消えていった。
「……消えた……?」
ホタルが呆然と立ち尽くしていると——
「ドゴォン!!」
突然、空から何かが地面に激突した。
爆発音とともに土が舞い上がり、ホタルは咄嗟に目を閉じた。
目を開けたとき、そこには、黒い外套をまとった謎の男が立っていた。
彼の目は、倒れた少年とホタルを冷静に見下ろしていた。
そして、その背後で逃げ遅れた獣が、警戒するように唸り声を上げた。
「ほう……この者たちを、守ろうというのか。殺気は……ないな。なら、去れ」
男は一歩も動かず、ただ一言だけを告げた。
それを聞いた獣は、再び森の闇の中へと身を溶かしていった。
静寂が戻る。
ホタルは、その男の姿を見上げた。
黒いマントの裾には、見たことのない紋章が刺繍されていた。
「あなたは……誰……?」
男は小さくため息をついた。
「……この国の終焉が近いというのに……不穏な兆しばかりが増えるとはな。
それにしても……」
彼は、倒れた少年を見つめた。
「……あの小僧、あの一撃を……小石ひとつで防いだだと?
何者だ、これは……?」
彼は、興味深そうに少年を背負い、ホタルにも手を差し伸べた。
「さあ、行くぞ。ここはもう、安全ではない」
ホタルはその手を握り、少年とともに、静かに森を離れ始めた。
月光は、何事もなかったかのように、再び森を優しく照らし出していた。




