9 レモン色の小鳥
明希はカバンと杖がわりの棒をひっつかんで周りを見渡し、枝を広げた木を見つけると、棒を咥えてよじ登る。その足者と、オオカミの息遣いを感じ、噛みつかれそうになっているのだと分かってぞっと寒気が襲った。オオカミはその後も木の根元からじっと明希を狙っている。飢えているのか、なかなか立ち去ろうとはしない。
「クッソ―!これは持久戦か?」
横に向けて枝を伸ばしている場所を見つけると、なんとか枝に座ることができた。しかし、渡っていく枝もなく、リスの様に身軽でもない明希には、ただ待つことしかできなかった。
「早くどこかに行けよ。」
オオカミは木の根元でよじ登るようなしぐさを見せ始めた。明希は杖でそれを阻止する。
「俺なんて食べてもおいしくないから!もっと他の動物を狙えよ。」
ジワリと陽が傾いてきた。この木に登ってすでにずいぶんと時間が経っている。それでもオオカミはこちらから目を離すことなく唸り声をあげている。その時、レモン色の小鳥がふらふらと飛んできた。
「あっ…。」
どういう訳か、小鳥はオオカミのすぐ近くに降りて、地面に落ちている木の実をついばみだした。そして、いらだったオオカミがその存在に気が付くと、あっという間に襲い掛かったのだ。
「危ない!逃げろ、レイモン!」
そんな叫び声など、何の意味もないと言わんばかりに、オオカミの口の中に小鳥は放り込まれてしまった。その瞬間、明希の頭の中が真っ白になった。頭で考える間もなく、身体が勝手に動いていた。明希は避難していた木から飛び降り、オオカミの口に掴みかかった。そして、暴れまわるオオカミの口を無理やりに開けさせると、唾液でそぼ濡れた小鳥を取りだしたのだ。
あまりの事に、オオカミは一瞬ひるんだように見えた。明希は杖代わりの棒で、オオカミに応戦したが、片手に小鳥を握っていては力が入らない。それでも、どうしても小鳥を手放すことはできなかった。にらみ合いが続く中、どこからか雷鳴が聞こえてくると、オオカミはさっと身を翻してどこかに逃げ去っていった。
「レイモン!大丈夫なのか!おい、レイモン!」
掌の中の小鳥は、ぐったりとして動かない。どうしたものかと考えていると、ぽつ、ぽつと大粒の雨が降り出してきた。明希は自分が濡れるのも構わずに、避難できる場所を探し、岩場に洞穴のようなものを見つけて飛び込んだ。その途端、その背後から,ゴーっという物凄い雨の音が響き渡った。
片手でその雨を掬いながら、そっと小鳥に掛けて見る。もう、手遅れなのか。明希の心に後悔の念が広がった。
「レイモン…。あんなにいろいろ親切にしてくれたのに、甘ったれたことばっかり言ってごめん。頼むから、目を開けてくれよ。レイモン!」
「ああー、もう!うるせぇーな!俺はここにいるじゃねぇか!」
後ろから聞きなれた声が聞こえて来た。振り向くと、洞窟の入り口でびしょぬれになったレイモンが居心地悪そうに立っていた。
「急に雨になったから、雨宿りしに来たんだよ。なんだよ、悪いか?」
「レイモン!!あ、じゃあ、この小鳥はレイモンじゃなかったんだな。あ!目を開けた!良かった、意識を取り戻したんだ。」
明希がそっと小鳥を岩の上に下すと、小鳥はぶるぶるっと身震いした。
「おまえ、ラッキーだったな。こいつは俺とお前を勘違いして助けたんだぜ。」
小鳥に向かってそんなことを言うレイモンに、小鳥はむっとした様子でピチクリっと返している。
「はは、もうすぐ雨も上がる。もうちょっとここに居ればいい。俺たちはお前を食べたりしないさ。」
小鳥はクイッと首をかしげてピチクリっと鳴いただけで、あとは外の様子をじっと眺めていた。
「それで、明希は俺になにかいう事があったんだろ?」
「な、別に何も言うことなんてないさ!」
プイっとそっぽをむくが、その後ろからクククっと笑い声が漏れ聞こえて、明希も思わず笑いだした。
「アキって、意外と無茶するんだな。オオカミ相手に…クククっ、素手で、ハハハっ。しかも思いっきり口を開けさせるだなんて…。」
「いや、だって。必死だったんだ。レイモンそっくりの小鳥だったし。何があっても絶対に守りたいと思ったんだ。」
レイモンは、しばらく笑っていたが、少し俯いて、ぼそっと「ありがとう」とつぶやいた。
「これ、やるよ。俺たちの間では、山に登るとき、この赤い木の実を必ずどこかに身に着けるんだ。まあ、お守りみたいなもんだ。虫よけにもなるしな。」
つる草につながれた赤い小さな実のアクセサリーだった。レイモンが明希の足首にそれをつけていると、不意に羽根の音がして、先ほどの小鳥が飛び立っていくのが見えた。いつの間にか雨が上がっていたのだ。それを機に、レイモンは、明希を促す。
「さて、俺たちも行くか。」
「ああ。」
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