8 疑心
翌朝、小鳥の囀りで目が覚めた明希は体を起こそうとして「ぐわっ!」と唸り声をあげた。全身が筋肉痛で悲鳴を上げている。
「おい、アキ。そろそろ準備しろよ。」
声を掛けながら、せっせと何かを作っているレイモンを覗き込むと、植物のつるを編んで、肩から下げられるカバンを作っていた。
「さっきバナナの木を見つけたんだ。何本か持ってた方がいいだろう。」
そういうと、小ぶりだがたくさん実のついた房を寄こしてきた。
「なんでも作るんだな。」
「当たり前だろ。こんなところに店はないし。第一お前、お金ももってないんだろ?」
「あ…。」
胸ポケットに入っているスマホには電子マネーのアプリがあるが、こんなところでは役に立たない。
「ありがとう。助かったよ。」
素直にそう言ってカバンとバナナを受け取ると、きしむ体を思いっきり伸ばした。
「ここからは、川沿いの道を行く。しっかりついて来いよ。」
「え?このまままっすぐ登った方が早いんじゃないか?」
「いや、こっちだ。」
「…分かった。レイモンは、もう何度も竜に会ってるの?」
「え?ああ、まあな。 ほら、この沢を登るから、足元気をつけろよ。」
レイモンは顔をそらす様に歩き出した。おかしい。レイモンは、竜の話になると話をそらそうとしている。山の頂上に竜のサークルがあるのなら、このまま獣道を進めばいいはずなのに。明希の中で嫌な予感が広がり始めた。そう、よく読んでいたライトノベルでも、最初に遭遇する親切そうな奴は、実は悪役の手先だったなんてことは往々にしてあった。自分は、何かに嵌められていたりはしないだろうか。
「なぁ、レイモン。おまえは竜の居場所を知ってるの?」
「…」
「レイモン!」
「うるさいな!それを知ってどうするんだよ。ハッキリ言っておくが、ここで俺がおまえを見捨てたら、竜には絶対会えないんだぞ!」
「そこまで言うなら聞くけど、レイモン、おまえって、竜の居場所を知らずに案内しているんじゃないのか?」
沢を登りながら答えていたレイモンだったが、さすがに足を止めて振り返った。
「じゃあ、この際ハッキリ言っておく。青き竜を呼び出すサークルは誰かが召喚されるたびに居場所を変えている。だから、絶対にあそこだって言い切れることはない。それは事実だ。」
「それならどうしてこんな沢を登ったりしているんだよ。」
「…おまえは信じないかもしれないけど、何かが俺に呼びかけてくるんだ。こっちだ、こっちに来いって。」
「ふっ、ありえないな。いくら何でも都合がよすぎる。」
「どういう意味だ!」
「俺をだまして生贄にでもするつもりだろう。」
「はぁ?そこまで言うなら、勝手にしろ!俺の案内はここまでだ。」
レイモンはそう言い放った途端、小鳥に姿を変えて飛び立ってった。
「あ、おい!」
あっという間に姿が見えなくなったレイモンに、悪いことをしたと気付いても後の祭りだ。明希はため息をついて沢から上がり、元の獣道をゆっくりと歩き出した。
「なんだよ。こんな世界に引きずり込んでおいて、あんなことぐらいで見捨てるなんて、ひどすぎる!」
ブツブツと文句をいいながら獣道を黙々と歩くが、スニーカーの中にまで水がしみ込んで気持ち悪い。太陽が真上に上がったのを確かめて、明希は少し開けた場所で休憩することにした。靴や靴下を脱いで草原に座り込む。カバンからバナナを取り出して頬張った。
「うまっ!このバナナ甘味が強いな。」
『だろ? 俺の見立てをなめるんじゃないぞ。』そんな答えが返ってくる気がしていたが、もちろん誰も答えてはくれない。草原に寝そべって青空を眺めると、その青さが元の世界をいやでも思い出させる。
「夏休みになったら、一緒に旅行に行ってみないか? ほら、僕が勧めて明希も気に入ったって言ってた『青龍の杜』の舞台になった作家の実家近くの町。それから、クライマックスで出て来た港とか。1泊すれば回れるみたいなんだ。叔父さんの旅館で泊めてくれるって、言われてるんだよ。」
ちょっとはにかんだような顔をして、誘ってくれた伊織のことが思い出された。青き竜に会えたら、やっぱり頼んでみよう。どうしても、伊織には元気になってほしい。明希はぎゅっとこぶしを握り締めた。
「よし、がんばって登ろう。」
体を起こして靴下を手に取ると、すっかり乾いていた。スニーカーの紐を結びなおしていると、背後になにかの気配がした。
「レイモンか?」
振り返った先には、オオカミがいた。図鑑などで見た物よりずっと痩せていて、殺気立っていた。
まずい!
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