7 初めての冒険
「な、なに?」
「ええ?そいつって、どんな奴? 好きなんだろ。」
「あ~、違うよ。親友なんだ。俺を庇って殴られて、運悪く階段から転げ落ちてしまったんだ。」
「わぁ、それは不運だったなぁ。そいつって、普段ケンカ慣れしてるのか?」
「いや、全然。どっちかっていうと、静かに本を読んでるタイプ。なのに、どうしてあんなことを…。」
からかい混じりだったレイモンが、急に静かになって、明希が確かめると、微かに寂し気な顔をして、「そうか。」とだけ呟いた。気になって問いただそうとする明希の言葉を遮るように、レイモンは先を急ごうと足を速めた。登山道とも言えないほどの獣道だ。明希は何度かよろけながらも、レイモンの後に続いた。
「ちょっと待ってろ。」
そう言って藪の傍まで駆け寄って何やら物色すると、竹のような植物の幹を腰に下げていたナイフでカットして明希に差し出した。
「ほら、これを使えば歩きやすいだろ。それに、先をわざととがらせているから、獣が来たとき、ある程度は戦える。」
「ええ?こういう冒険の時って、もっと強い武器とか身を隠せる魔法のマントとかがあるんじゃないの?」
「はぁ?なんだ、それ? お前は、何しに行くつもりなんだ。アキは竜に会いに行くんだろ?」
レイモンがあきれ顔で言うので、苦笑いするしかなかった。ライトノベルの読みすぎだな。こういう時、伊織ならなんて言うだろう。それはそれで、役立つ知識かもしれないね。なんて、言ってくれるだろうか。そんなことが頭をよぎり、明希は急に伊織に会いたい気持ちに襲われた。
「そ、そうだったな。それで、あの青い竜はどんなことをするの?」
「さあな。それはお前次第だろ。あいつは、…シルシュールは、不思議な力を持っている。俺が言えるのはそれぐらいだ。」
「ふーん。」
身軽に登っていくレイモンに置いて行かれないよう、明希は棒を握り締めて歩き続けた。額に汗がにじんできたころ、レイモンが休憩しようと提案してきた。明希は目の前の大きな岩に腰かけて、今登ってきた道をぼんやりと振り返った。
突然魔方陣が現われてやってきたものの、さてこれからどうしたものか。この世界にやって来てから、すでに2時間以上経っているだろう。
―母さん、心配してるかな。いや、魔方陣が出たってことは、時間軸が別にあって、いつか元の世界に戻れるはずだ。―
明希は妙な確信を持って自分を納得させた。隣から甘い香りがしてきて、振り向くと、レイモンが真っ赤な果物を頬張っていた。途端にのどの渇きを覚えた明希はむっとした。
「なんだよ。そんなものがあるなら、分けてくれたっていいだろ?」
「はぁ?自分の事は自分でしろよ。ほら、あそこにたくさん生ってるだろ?」
ムスッとしながら果物をむしり取ってかぶりつく。甘酸っぱい果汁がじゅわっとあふれて、疲れが取れるようだった。
「おまえ、そういうのっていつもママにやってもらってたのか?」
「はぁ?どういう意味だ。」
「誰かが食べてたら、自分にももらえるものだって、思ってただろ?」
頭を殴られたような衝撃だった。母にそこまで甘えていた自覚はなかったが、少なくとも、学校ではいつも伊織が先回りしてくれて、気が利かない自分を助けてくれていたのだ。何も言い返せないまま遠くを眺めていると、隣にどかっと腰を落とす気配がした。
「まぁ、いいんじゃねぇの?相手に無理強いしてたんじゃないんだろ?だったら、きっと相手もそうしたかったんだよ。」
「うん…。そんな気がする。」
「さて、休憩終わり!そろそろ行こう!」
魔獣は出てこないが、それなりに険しい道のりだ。明希は途中で何度か休憩をはさみながら、なんとかレイモンの後に続いて一日を終えた。日が少し傾いたころ、レイモンが寝床を作ろうと言い出した。大型の葉っぱを編んでハンモックにするのだ。古代の植物は大型で、幹もしっかりしている。杖代わりの棒の先をうまく使って、二人でハンモックを作った。
明希が葉っぱを編んでいる間に、レイモンが魚と果物を手に入れて来た。枯れ枝を集めていると、レイモンが火を起こした。
「え?どうやったの?」
「これか?これは魔術で火起こししただけだ。」
「やっぱり魔術が使えるんだ!」
レイモンが胡乱気な目で勢いづく明希を見る。
「おまえ、まさか楽して頂上まで上げてくれなんて言うなよ。昔はともかく、今は生活魔術しか使えなくなってる。昔の文化はどんどん失われているんだ。」
「ふーん。」
レイモンは不満げに眉を寄せながらも、器用に火を大きくして魚を焼き始めた。
食事が終わると、レイモンは傍にあった草を残り火に放り込んで、さっさとハンモックに飛び乗った。どこかで嗅いだことのあるようなにおいが漂ってくると同時に、腕や足に急にかゆみが襲ってきた。
「うわ、かゆい!」
「ああ、出すのが遅かったか。 今、虫よけの草を燃やしたから、もう来ないだろう。今のうちにさっさと眠った方がいいぞ。」
明希はかゆくて眠れる気がしなかったが、慣れない山登りですぐに眠気が襲ってきた。少し青臭い匂いがするハンモックは、意外にも心地よい。満天の星を眺めていると、あの事故の少し前に、展望台のベンチで伊織と話し込んだ日のことを思い出した。あの日も、ここほどではなかったが、星が瞬いていた。どんな話をしても、伊織と一緒なら楽しくて、離れがたくて、空腹に気が付いて、慌てて帰ったんだった。
「伊織…。この旅から帰ったら、目覚めていたらいいなぁ。」
そんなことを考えているうちに、すぐに眠ってしまった。
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