3 明日へのヒント
「お、おい。大丈夫か、伊織。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」
「だ、大丈夫だ。ちょっとタオルを冷やしてくる。」
慌てて部屋を出る伊織を不思議そうに見送る明希だった。洗濯が終わって服を着ていると、渚が帰ってきた。
「じゃあ、そろそろ帰るよ。」
「コンビニに行く用事があるから、いっしょに行くよ。」
伊織は、明希を送るついでに丘の上の展望台に行こうと誘った。その日も海風が吹き抜け、展望台は最高の心地よさだ。
「ねえ、明希は将来どんな職業に就くつもり?」
「ええ?そんなこと考えたこともないよ。伊織は?お父さんみたいに医者になるの?」
「ならない。それより、明希はきっとすごい人物になると思うんだ。だから、僕は明希を支えたいんだ。」
「なんだよ。それ。俺なんて会社員にもなれるかどうか分からないのに。」
「何になってもサポートできるように、いろんな勉強を頑張ってるんだ。」
「へんな奴だなぁ。成績は伊織の方がずっと上なのに。俺がサポートに回ってやるよ。」
「ダメだよ。ちゃんと将来の事、考えないと。」
「ふふふ。じゃあさ、どっちも何かの分野で偉い人を目指そうぜ。それで、それぞれの分野の事を共有していけばいいんだ。」
「それいいな!」
吹き抜ける風に煽られながら、二人は楽し気に笑い合った。
「そう言えば、夏休み、空いてる?」
「え?何も予定はないよ。」
「じゃあ、夏休みの後半、旅行に行かない? 前に明希が面白いって言ってた「青龍の杜」って本、おぼえてる?あの話に出てくる場所って、実際にあるんだって。」
「へぇ、それはすごいな。もしかして、主人公のマイキーが食べてたフィッシュホットドックの店とかあったりして!」
「それが、あるんだよなぁ。僕は夏休み中、塾の講習があるから、最後の1週間しか空いてないんだけど、その週に花火大会もあるらしいんだ。叔父さんがやってる旅館があるから、そこに泊まらせてくれるって。」
「ホントに!やったー!じゃあ、母さんに伝えとくよ。」
すっかり浮足立って帰っていく明希を嬉しそうに見送る伊織を、ニヤニヤと笑いながら見ていた少女がいた。
「お兄ちゃん、嬉しそうだね。」
伊織は思わず咳払いをしてごまかした。
家に帰った明希は、早速父親の部屋で見つけた本を紐解いた。古い言い伝えから始まるこの物語は、南半球の小さな島が舞台だった。
世界は欲望に満ちた国々によってあちらこちらで戦争が起こっていた。主人公の男は、そんな中で、戦いに明け暮れていた。そして、いっしょに戦う仲間たちとのあうんの呼吸で敵を倒すことが楽しくて仕方なかった。そんなある日、うっかり大けがを負った男が味方の陣地に運ばれてくると、仲間の一人がショックを受けて男に縋り付いて「死ぬな!!」と叫んだのだ。その瞬間、男の心の中で何かがはじけ飛んだ。大事に想われている喜びと、周りの視線からくる羞恥、そして気を失いそうな痛みで思わず拒絶してしまったのだ。それ以来その仲間とは疎遠になり、自分でもどうしていいのか分からなくなった男は、ただただ戦いに身を投じた。
そんなある日、途方に暮れてぼんやり岩に腰かけて考え事をしていると、手元にコロンっと小さな石が落ちて来た。とっさに見上げるとつややかな栗色の長い尾羽が美しい小鳥がそれを届けた様だった。
その国には、昔から山の頂に、神に声が届くサークルがあると言われていた。そして、神に声を届けるカギとなるのは、青い竜が宿るムーンストーン。男は、手の中にある石に青き竜が動いているのをみて思わず立ち上がった。家族や友人たちの命を奪った戦争を終わらせるために、サークルがあるという険しい山を登る決心をしたのだ。困難な登山の途中で、栗色の髪の青年に出逢い、いっしょに旅をする。苦楽を共にする中で、友情がはぐくまれ、男は自分とは違う考え方があるのだと少しずつ理解していく。そして、とうとう二人は彼のサークルのありかを見つけ出した。
最後には、無事、祈りが聞き入れられ、世界は平和になった。しかし、竜は男の心の奥に隠していた微かな願いにも気付いていた。竜は、男とその仲間を精霊にして、自由に暮らするように計らったのだ。あとは自分次第だなっと、栗色の髪の青年は男の肩を叩いて激励した。そして、空になった石を男と出会えた記念にもらっていくと言って、霞みのようにすうっと姿を消してしまった。呆気にとられた男だったが、青年との絆を感じながら、自分も自分の道を進もうと前を向いて歩きだした。
さらっと読み終えた明希は、ふと作家の名前を見て首を傾げた。見たことがある名前だったのだ。佐久間 明彦、小学生の時、母親から教わった自分の名前の由来は、児童文学の作家だった明彦おじいさんの明を取って、おじいさんの希望であった、青少年に夢と希望を与えられる人になってほしいと付けられたのだと聞いていた。
「晩御飯出来てるわよ。」
不意に声を掛けられて驚いた明希だったが、母の目が本に注がれているのに気が付いて、聞いてみた。
「この本の作者って…」
「そう。それは、お父さんのおじいちゃんが書いたものよ。あなたも見つけてしまったのね。…さ、早く下りてらっしゃい。ハンバーグが冷めてしまうわ。」
「やった!」
母の物言いが気になりながらも、目の前の食欲に負けてしまう明希だった。
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