2 微熱
「明希。今日、家に来るだろ?テストの答え合わせしよう。ほら、行くよ。」
「ええー!答え合わせ?この前読んでた小説の話じゃなくて? うう、現実から目を背けたいよぉ。」
「ハハハ。明希はホントにストレートだよな。」
こんな軽口を言い合えるひと時を、明希は当たり前の日常だと思っていた。伊織は、かけがえのない物だと想っていた。
「お、お邪魔しまーす。」
中学に入学以来すっかり意気投合して、お互いの家を行ったり来たりしている明希は、すっかり親戚の家ぐらいの気安さで伊織の自宅に上がり込むが、がっしりとした門構えの邸宅を前にするたび、伊織が自分達とは違う富裕層の子どもだったと微かに気後れを覚えるのだった。
「昼ごはん、適当でいい?」
「ああ、ありがとう。」
伊織の家は両親とも不在なことが多く、掃除や買い物は家政婦に任せていたが、その家政婦も午前中だけで帰ってしまう。伊織は慣れた手つきで冷凍のチャーハンを暖めて、テーブルに並べた。
「サンキュー!」
こんな簡単な昼食でも、嬉しそうに食べる明希を見ると、伊織は自然と笑みが浮かんでくる。
「ふふ。明希は嬉しそうに食べるよね。」
そう言いながら、冷蔵庫に向かう伊織が声を掛ける。
「明希。」
「ほい!」
不意に投げられたお茶のペットボトルを、明希はチャーハンを方張りながらも事も無げにキャッチした。
「え?俺、がっついてる?」
「いや、そうじゃないけど。これが渚なら、サラダがないとか、お茶じゃなくてジュースが良いとかいろいろ文句を言われるんだ。」
「ははは。渚ちゃん、さすがはお嬢様だ。あぁ、それにしても静かだね。お手伝いさんは?」
「ああ、平日は午前中で帰るんだ。今日は僕だけテスト明けで早かったから、ゆっくりしていけばいいよ。」
「うん、ありがと。」
食事を終えると、伊織は早速コーヒーを淹れて自分の部屋に案内した。
「じゃあ、今日の数学から確かめようか。」
「うわぁ。やっぱりやるのかよぉ。」
大げさに腕をあげて明希が悲鳴を上げた途端、コーヒーを乗せたトレイにあたって伊織がバランスを崩した。淹れたてのコーヒーは見事に明希の胸元に掛かり、明希は思わず「あちっ!」っと声をあげた。
「ごめん!大丈夫? 冷やした方がいいな。制服、ぬげる?」
「い、いや。大丈夫だよ。ちょっと熱かっただけだし。」
「ダメだ!やけどに成ったら大変じゃないか!」
珍しく怒った顔で言う伊織に、思わず固まってしまうと、伊織が慌てて明希のネクタイを外し、シャツのボタンを外し始めた。微かに頬が赤いことに気付いた明希だったが、少し言いすぎたと思ったんだろうと思うと、なんだかおかしかった。
「な、なにをニヤニヤしているんだよ。水ぶくれになったらしばらく痛むんだぞ。」
「分かったよ。」
あまりにも真剣な顔をするので、今度は笑ったことを申し訳なく思って、自分からシャツを脱ぎ、肌着も脱いでみた。幸い、微かに赤らんでいるだけだったので、水で絞ったタオルで冷やすことにした。シャツと肌着は、いつの間にか洗濯に回されていた。
「まだ痛む?」
「ええっと。そんなに痛くないけど、別に伊織がタオルを押さえなくても大丈夫だよ。」
「いや、そうさせてくれ。明希はちゃんとテストの見直しをすること。」
「ちぇー、厳しいなぁ。」
尖らせた唇と鼻先で器用にシャープペンをはさむ明希を見ても真顔で言い放つ伊織だが、なぜかまだ耳が赤い。
「ほら、その問題。公式を使えば簡単だよ。」
「えっと、どの公式だっけ?」
「ほら、ここに載ってる。」
タオルを抑えていた伊織が乗り出す様に教科書を覗き込むと、驚いた明希の顔がすぐそばにあって伊織は慌てふためいた。
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