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魔女の窓際、眺める箱庭  作者: 什撰千十
1章_■■■■の■編
2/4

1章_2話目_青年と魔法使い(ルビ版①)


  ◇◆◇


「きりーつ、きょーつけー、れーい。ありがとうございましたー。」

 間延びした日直の号令に合わせて、これまた間延びした礼の言葉が教室中で唱和される。

 まあ、大体いつでも挨拶はこれくらい緩いような気もするが、今週は期末試験の返却期間かつ夏休み直前。それ故か、朝からまる一日、緩慢な空気が教室を覆っていた。

 テスト返却と言ったって、ただ返すわけではない。当然のことながら解説まであるのが常なので、しっかりと授業を受けるべきである。

 そう思っていながら、私が周囲と同様に欠伸を噛み殺すのに苦心しているのは、テスト最終日を境に、以前から度々見てきた悪夢が加速度的に酷くなってきたからだ。

 睡眠不足を拗らせた結果、特に昨日からはこの通りの酷い有り様、というわけである。

 養護教諭や接点のある教師、ついにはクラスメイトの殆どに病気の心配をされ始め、誰が言ったのか記憶もあやふやになってしまったが、病の影響で悪夢を見ることもある…とか聞いた気もする。

 やはり夏休みに入ったら直ぐにでも病院に行った方が良いのだろう。

 まだよかったのは、学校での仮眠では()()()()を見る頻度が比較的少ないことと、今回の試験まではギリギリ睡眠不足の影響を受けていなかったことぐらいだろうか。

 いや、しかし本当に眠い。

 7限目の科目は満点であった為に保健室での療養を許された。それでも、帰宅中に寝やしないかと不安を覚える程に眠たいのだ。

 朝より悪化しているように思うのは、中途半端に眠ったせいか否か__。

 ああ、だめだ。言葉が上滑っている気がする。

「おーい男子ー。こっちは終わったから、そっちが終わりそうなら纏めてごみ捨ててきてやるぞー。」

「いや、捨てんのはやっとくから、ホウキ片すの手伝って。」

「はいはーい。チェーンジ。」

 ちりとりを待つ為に立ち止まった瞬間から、瞼が重さを増す。同級生たちが話している内容も半分くらいしか入ってきていない。ヤバイ。

「うん?級長―、大丈夫かー?立ったまま寝るなー。」

「…ん。」

「級長、毎日悪夢ばっかでちゃんと眠れないんだって。さっきまではまだ掃除できてたんだけどね。止まるとダメってことだろうね。」

「マジかー。前聞いたより酷くなってないか?……学校あと2日あるぞー。なんなら無理せず病院なり行けー?」

 また心配させてしまったことに申し訳なさを感じつつ、コクリと頷いた。


 上手く回らない頭で、とりあえずこの掃除が終わり次第、帰路に着こうと決めた。

 病院のどの科に行くべきか、とか、そんなことを考えられる明瞭さは今持ち合わせていない。

 とっとと帰ってとっとと寝たい。その一心である。

 加えて言えば、だ。

 家での睡眠は命の危機を感じる悪夢付きだとしても、寝た気がしないという点では、少しの物音でも起きてしまう学校という場も変わりない。眠らないわけにはいかないならば、自分のテリトリーである家でしっかりと睡眠をとりたい。……という旨を、感覚的に選び取ったのである。

 故に、本来であれば今頃、可及的速やかに帰宅し早々に自室のベッドへダイブしている、筈であった。

 しかし今、私は校門の前ですれ違った女生徒の落とし物を彼女に返そうと、街中を歩いているのである。

 なぜなのか、と思うだろうが、一応理由はある。

 落とし物であるビー玉に触れた瞬間から、かかっていた脳内の霧が晴れ、ハッキリとした意識の下で行動できているからだ。

 こんな不思議な目に合うのなら、きっとこれはすべきことなのだろう。そう安易ながら結論付け、落とし主を探しているわけ、なの、だが……。

「学校の周辺は粗方探し終わったな。」

 残念なことに、それっぽい背格好の人にすら出会わないときている。


 思考がクリアになったところで体力は回復していない。

 一息つくべく、丁度通りがかった公園で座れるところを探すことにした。

「これだけ歩き回って出会わないとなると、学校の方に預けた方が良いかもな。」

 日は傾いても気温は初夏のそれだ。じりじりとした暑さに耐えなければならないベンチを避け、木の根元へ直行する。

 風があるからか、日に当たらないだけで幾分か涼しく感じた。

 ポケットからビー玉を取り出し、よくよく眺めてみる。

「あ。」

 眠気が飛んだと思っていても実際は寝ぼけているということなのか。指の間から取り落とした硝子の球体が、掴もうとした手に弾かれて2歩ほど遠いところまで飛んで行った。

 草地である為転がる距離は短く済んだが、如何せん体は怠い。のろのろと立ち上がり、ビー玉の許へ行こうという時だった。

 同じ中学の制服をまとった女生徒が、そのビー玉を拾い上げた。

「あの、もしかして、そのビー玉を校門の前で落とした方、ですか?」

「ああ、そうだよ。落とし主は僕だ。拾ってくれて、ありがとう。」

 私への感謝と共に挙げられた顔が、此方を見るなり険しくなる。

 そのことに面食らっていると、不意に問われた。

「……ところで少年、自覚はあるかい?」

「自覚……?あ!盗んだわけじゃないです!信じてもらえないかもしれませんが、貴女のことを探してて__」

「いや、そうじゃなくて。」

 彼女は何故か、一瞬ビー玉越しにこちらを見るように目の前へ翳した後、言葉を続けた。

「君、呪われているよ?」


  ◇◆◇


 気が付けば、一人、見覚えのある雑然とした部屋に居た。

 先程までの陽気は見る影もなく、背筋を悪寒が撫ぜていく。

 マズいと思ったその時だ。

 背後から歌うような声がし始めた。


 振り返る。

 戸は閉じられていて、人影は無い。

 だが、アレの声は近づいてくる。


 慌てて周囲を見渡して気が付いた。

 窓があるのだ。

 今まで見た悪夢では、一度も出てきていないはずだ。


 これが吉兆なのかはわからない。窓の向こうに行ったら捕まりました、なんて結末かもしれない。

 それでも私は手を窓にかけ、一息に開け放した。

 草の香りの風が吹き込む。

 きっとこれで正解だと思うままに、窓枠を超える。

 同じタイミングで、背後から窓のものよりも重たい戸車の音がした。

 アレが部屋に入ったのだろう。


 水中のような浮遊感に包まれ、窓から離れるように流されていく。

 戸を閉めたくとも叶わぬまま、首を捻って背後を覗き見る。

 いつの間にか開け放していた筈の窓は閉められていて、アレが窓ガラスを殴りつけているように見えた。


 安堵と同時に意識が遠のいていく。

 草の香は、いつの間にか知らぬ香りへと変わっていた。


  ◇◆◇


 目の前に、水色の光の線が浮いている。

 目が覚めた場所は、悪夢を見るまで居たはずの公園ではない。加えて言えば、見知らぬ場所だ。

 ゆっくりと上体を起こしつつ、周囲を見渡す。

 光の線の向こうから声がした。

「気がついたか。…よかった。飲み水を持ってくる。少し待っていてくれ。」

「はい。」

 言葉通りに、足音が遠ざかっていく。

 声の主の姿はよく見えなかったが、公園で少し会話をしたビー玉の持ち主だろうと思われた。

 だとすると、ここは彼女の家、なのだろうか。

 所々見える景色から察するに、周囲には本棚が壁一面にありながらも、本がそこから溢れて床まで浸食しているようである。寝室というより、書庫や書斎、と言った方がしっくりとくる内装だ。

 そんな部屋のど真ん中に大量の光の線に大部分を覆われたベッドが置かれている。

 一見して可笑しな状態であるわけだが、今回の夢の内容のことも考えれば、おのずと、魔術的なものであろうと予想された。

 足音が近づいてきて、先程の女性の声が体調を問う。

 問題は特にない、と答えた。それと同時に、何かしら唱える声が聞こえる。

 徐々に視界を遮っていた光がほどけて、向こう側の彼女と目が合う。

「謝るべきこと、話すべきことはあるが……その前に、水でも飲むか?」

「はい。いただきたいです。」

「それと、勝手に触ってしまって申し訳ないんだが、君の首にかかっていたお守りとか、木の根元にあったリュックサックとか。向こうの椅子とテーブルに(まと)めてある。後で足りないものがないか確認してくれ。」

 示された方を見やれば、確かに自分の荷物がローテーブルと一人掛けのソファーに置かれていた。

「わかりました。ご丁寧にありがとうございます。」

 手渡された水を飲みながら、彼女が言った謝るべきこととは何だろうと、思考を巡らせる。

 目だけで彼女の方を見れば、同じように水を飲みながら、その表情は酷く険しかった。

 コップを返し、テーブルへそれを置く女性へ此方から話を振る。

 彼女は私の方へ真っ直ぐに振り返って、先ずは状況の説明をすると告げた。


 要約するとこうだ。

 彼女__流尾さんが私を見た時、呪われているのに気が付き、私がその呪いを認識することで強くなる繋がりを掴もうとした。しかし、呪いの発信源は私の外ではなく、内側で、しかもかなり深刻な状態だということが判明。

 状況を打開するために場所を自身の結界内に移し、夢に介入する魔術を行使した。

 介入というのは、やはりと言うべきか、例の窓だったらしい。


「ありがとうございます。助けていただいて。」

「いや。これは、元はと言えば僕のミスなんだ。感謝を受け取れる立場じゃない。寧ろ、此方が謝らなければならないものだ。本当にすまなかった。そして、重ねて詫びねばならない話がある。」

 そう言うと、コップの傍らから一枚の紙を取り出した。

 手渡されたそれは契約書で、内容としてはかなり重いものであった。

「君に掛かった呪いは、もう少しで完遂する域にまで達している。進行を食い止める方法を考えたが、一番確実な方法はその契約書にある通り…隷属契約による所有の移行を行うことだという結論に至った。」

「対等な関係性での『譲渡』や『取引』という形ではダメだ、と。」

「ああ。どちらも考えたが、契約の強度が呪いの強度に勝てないんだ。……『草相撲』って知っているか?植物でやるアレ。」

「あ、はい。葉っぱやら茎やらをU字に交差させて互いに引く遊び、ですよね。やったことあります。」

「ああいうのをイメージすると解りやすい。契約と呪いを交差させる茎に見立てて、互いに引っ張り合ったら強い方が勝つ。ま、こっちの場合、契約も呪いも絶対に切れないんだけどな。相手を引きずり込んだ方の勝ちだ。こっちが勝てば呪いが僕に向いて、僕が死んでからじゃないと君は死ななくなる。向こうが勝てば君が呪い殺され、契約は相手がいなくなるから履行されない。」

「そして、確実に勝てる契約は隷属一択だった、と。」

「改めて言っておくが、一応他のも検討したぞ。その上で、天秤が傾いてくれなかったんだ。」

「天秤?」

「僕の使っている『含有エネルギー対比装置』。それに掛けて比べて、どうしてもダメだったんだ。残念ながら…。」

「そんなものあるんですか。便利ですね。」

「……呑気に言っているが、結構切羽詰まった話だからな、コレ。」

「わかっていますよ。でも、確実に勝てるんでしょう?」

「勝てると言っても、結ぶのは隷属契約なんだぞ。内容ちゃんと読んだのか?」

 流尾さんが心配を滲ませて詰め寄って来る。私は一つ頷いて答えた。

「読みましたよ。読んで、内容も分かった上で、言っているんです。というか、私としては『流尾さんは自身にかかる呪いを防げるのか』ということの方を確認したいのですが。」

「僕は大丈夫だ。僕にとっては外からの呪いに当たるから、対処方はいくらでもある。それに、もし内側まで浸食するようなモノでも、あの程度の呪いに食い破られるような鍛え方はしていない。問題ないよ。……魔法使いとして保証する。」

「魔法使い……。」

 その一言を聞いて納得した。

 そして、世間一般で言われているイメージとの違いが大きすぎて、いっそ面白く思われた。

 私の口角が上がるのを見てだろう、流尾さんが怪訝そうな表情になる。

「流尾さんが謝ってらっしゃるのって、呪いが進行したことと、それによって選択肢が実質無い契約を私に持ち掛けることになったから、ということで違いないですか?」

「ああ。」

「それでしたら、やはり謝る必要はありませんよ。何せ、今朝見た夢の段階で、私は後1手で捕まるところまで来ていたんですから。」


 今朝の夢を思い返す。

 先程見た夢と酷似した、しかし窓の無い、雑然とした部屋の中。

 転がる家具の1つに逃げ込んだ私は、身を潜めたスチールラックの扉が()()に開かれた瞬間、飛び起きたのだった。

 そのことを思えば、彼女がしたことは、今晩死ぬはずだった私へチャンスを与えたことに違いないのだ。


「だから、私には流尾さんに会う以前から、選択肢は無かったんです。……いや、流尾さんのおかげで増えたんですよ。死ぬ以外の選択肢が。」

 ベッドを降りて、テーブルの上のペン立てから筆記具を1つ取り出し、契約書に署名をする。ついでに唇を噛み切って、その血で血判を押した。

「かなり遅くなってしまいましたが、自己紹介いたします。私は反板茶会(たんばんさかい)。これから、どうぞよろしくお願いしますね、主殿。」

 流尾さんは呆気にとられた様子だったが、少しして、ため息を吐いて言った。

「潔いね、君。僕も見習わないとかなぁ。」

 此方を見る瞳は、腹に決めたと言外に語った。


 ◇◆◇

(二話・終)


2025/04/05

読んでくださり、ありがとうございます。

2周年記念での連続投稿は以上となりますが、3話分溜まったらまた連投しますので、お待ちいただけると嬉しいです。

それではまた!できるだけ早く戻って参ります!!!

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