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 太陽が西に傾き出した頃、騎士団一行は軍列を成して森の奥へと進んでいた。


 花々などは見られない、陽の光すら曖昧にしか入ってこない鬱蒼とした森の中は、素人目でもわかるほど不浄な空気が漂っていた。


 魔の気配に人の何倍も敏感なアリアは、そんな空気を人よりも感じ取れてしまう。そして、それ程難しくはない任務だったはずだけれど、と顔を顰めた。


「また調子悪くなったらすぐに言いなよ」

「……はい、今のところは大丈夫ですが、たしかに空気は良くないです」


 そんなアリアの様子を察したのだろう、ラスが後ろから耳元で話しかけた。なぜこんな状況になっているのかというと、二人が同じ馬に乗っているからだ。


 

◇◇◇◇◇◇


 遡ること一時間前。

 アリアがはっとして目を覚ますと、足を組みながらぼんやりと煙草を吸っているラスの姿があった。


 いつも嘘くさく笑っているか、どこか不機嫌な表情が多いラスの素顔が垣間見えたようで、アリアの眠気は一気に吹き飛んだ。


「ん、おはよう。アリアちゃん」

「……おはようございます」


 少し目を細めて笑いかけながら、そう言われたアリアはまたしても心射抜かれてしまい、突拍子もなく好きと言う言葉だけが脳裏に浮かんだ。


「いつでも行けるけど、体調はどう?」


 好き好きカッコ良すぎる大好き、とだけ頭で考えていた時に、ふいにラスからそう問いかけられ、アリアはそうだったとはっとする。


「あ……ごめんなさい! もう大丈夫なので、すぐにでも出発できます!」

「それなら良かった。じゃあ団員にも伝えてくるから、ちょっと待ってて」


 頭をぽんと撫でられそう言われたせいで、アリアは心臓をぎゅっと縮められて呼吸困難になりかけた。

 

 そんなこんなで準備も滞りなく整い、アリアを始めとして騎士団一行は魔物の出現ポイントへ向かうことになったのだ。


「ほら、アリアちゃん。乗って」

「え、いや……でも……」

「いいから、ほら。俺の手握って」

「……っ、はい」


 こんな二人のやりとりは、大量の団員達を後ろに束ねて行われた。


 馬に跨って、興味なさ気にアリアに手を差し伸べるラスと、それを本気で恥ずかしがって躊躇しているアリアは、側から見ても不毛でしかなかった。


「はい、ちゃんと掴まっててね」

「分かりました。でも、その、私がラス様と同じ馬に乗せてもらうなんて。ご迷惑では、なかったですか……?」

「しょうがないよ、君が怪我でもする方が迷惑なんだから。俺の側が一番安全だし、君に何かあったらすぐに分かるからね、これが一番都合が良いんだよ」


 そんな、合理性しか考えていないようなラスの物言いにも、アリアは胸をキュンキュンとさせて頷いていた。


 ラスは本当に何とも思っていないし、そんな事はアリアも分かっているのだが、例え自分の力だけだとしても、求められ、大切にしてくれることが嬉しかったのだ。


 気の毒に。うちの聖女様も、団長なんかに恋心を抱いたばっかりに。

 団員達は、そんな思いでいっぱいだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ラスとアリアを先頭に、森の中をしばらく進むが、魔物が襲ってくる気配がない。とは言えどもこの辺りが出現地であることは間違いない。


「なんだか、あんまりにも静かで油断してしまいますね」


 長時間馬に揺られ続けていたためか、アリアもどことなく拍子抜けしてしまった。異様な沈黙に耐えられずラスに話しかけたが、いつもなら適当にでもある反応が返ってこない。

  

「……ラス様?」

「静かに」


 変に思い名を呼び見上げてみると、いつになく真剣な顔をしたラスがいた。そんなラスを見てときめいたのは事実だが、アリアはそれを必死に隠して周りの気配を辿る。


「構えろ」


 ラスがそう言うと、団員全員が剣や盾を構え、一気にピリリとした空気に変わった。耳を澄ますと、ざざっと四方から何かが迫ってくる足音が聞こえてくる。


 団員の緊張が最大まで高まった時、木の影から複数体の魔物が叫び声を上げて現れた。


「一番隊、応戦します!」


 右手側から現れた魔物に、素早く数人の団員が対応した。真っ黒な毛皮に赤い目をした四足歩行の魔物は、狼ほどの大きさで鋭い牙が垣間見えた。


 アリアが思わず息を呑むと、それに気づいたのか支えていたラスの腕が強く締め付けられた。


「団長、反対からも魔物が!」


 ラスの思いがけない行動に、アリアは脳内が桃色になりかけた時、後ろから切羽詰まった声が聞こえはっと現実に引き戻された。


「一番隊と二番隊は引き続き向かって右側の魔物を対応、三番隊、四番隊は左側を対応して、五番隊は後方支援」


 突然の敵襲に、一瞬団員がパニックになりかけるも、ラスの冷静な声と指示を聞くや否や、すぐさま正気を取り戻し敵を見据えていた。


「聖女は中央に置く、怪我をした奴はすぐに中央に下がれ」


 そう言いながらラスは、団員に囲まれた中央にアリアを置くと、一瞥もすることなく再び馬に跨った。


「キーマンは聖女だ、絶対に守り通せ」


 それだけ言い残すと、ラスは押されている隊の応戦に向かって行った。


 怒涛に移りゆく戦況の中アリアは、支援に回った団員達に囲まれながら、どうか誰も失わずに終えられますようにとそっと祈ることしかできなかった。

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