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 ガタゴトと揺れる馬車の中、アリアはぼんやりと窓の外を眺めていた。目の前には、好きで好きでどうしようもない男が、肘をついて座っているのだが、それを瞳に映すと胸が苦しくなりそうで、正面から長時間見ることができなかった。


 一緒に過ごせて幸せな気持ちと、先程ミランダに言われた言葉が頭の中でぐるぐると周り、なんとも言えない感情でいた。


「アリアちゃん、そういえば、昨日は大変だったよね」

「えっ、あ、えっと……」


  ぼんやりと考え事をしていたアリアは、何のことだろうかと疑問に思い言葉に詰まってしまった。

 

「ほら、回復薬作るの、結構な量だったでしょ?無理させちゃったかなと思って」

「そんな、私にできることはそれくらいですので」


 そんなアリアの様子を訝しそうにしながらも、ラスが言葉を付け足したため、アリアはそうだったと思い出して返事をした。


「まあ、それならいいけど」

「はい、ですので、また何かあったら、いつでもおっしゃってください。ラス様のお役に立てるのであれば、何でもいたします」


 アリアは、自分を心配してくれたと言う嬉しさと、色々な考え事が見透かされているような気恥ずかしさで、頬を赤らめながら言葉を返した。


「君は、相変わらず真っ直ぐだね。どれだけ俺の事を思ってくれても、答えるつもりはないって何度も言ってるのに」

「……ごめんなさい」


 しかしながら、ラスには呆れたように言われてしまい、アリアは俯いて謝ることしかできない。


「いやまあ、謝らなくてもいいけど。どちらかと言うと悪いのは俺な気もするし」

「そんな、ラス様は何も悪くないです! 私が、ずっと、良くないんです」


 アリアは消え入りそうな声で、ぽとりとそう言った。舗装されていないのだろう、大きくガタつきながら揺れる馬車は、そんな二人の雰囲気をより一層深刻なものにしていく。


 そんな状況に、さっきまで顔を赤くしていたアリアの表情は、どこか固く血の気を失って見えた。


「うーん、まあ好きにしたらいいよ。俺には君の気持ちも思いも止める権利はないからね」


 そう言われたアリアは、少し口元を押さえながら、一拍置いて返事をした。


「……はい、その、ごめんなさい」


 そう言ったっきり、アリアは俯いてしまった。ラスも無理に話題を振ることはなかったため、そのまま馬車の中は沈黙が続いていった。


 時々アリアが、何かを気にするかのように身動いだり、口元を触ったりする音以外は、ただガタゴトと馬車が揺れる音だけが響いていた。


◇◇◇◇◇◇


 それから数刻が経ち、目的地に着く頃には太陽はすっかり昇りきり、時刻はもう昼を過ぎていた。


 二人も馬車を降りて周りを見渡すと、森の入り口に来ていた。木々の間を進むため馬車では入れないのだろう、ここからは馬に乗って進むようだ。


 アリアはやっと着いたかと一息吐き、ラスは久方ぶりの外の空気を味わうかのように大きく伸びをした。


「団長、お疲れ様です。この先が魔物の出現地となっています。一時間ほど歩いたら着けるかと思いますので、さっそく向かいますか?」


 立っていた二人に近づき、団員がそう話しかけてきた。それほど難しい任務ではないため、さっさと終わらせてしまおうと誰もが思っている中、ラスは少し考えて言った。


「いや、ちょっと休もうか。今日中に終わるか分からないから、拠点も作っておきたいし。この辺に適当にテント立て始めてくれるかな」

「……かしこまりました! すぐに動きます!」


 意外な答えだったのだろう、団員も一瞬意味が分からないと言った顔をしたが、すぐ我に帰り動き始めた。


「ラス様、早く行かなくても宜しいのですか? 回復薬もたくさんありますし、もしもの時は私も治癒しながら行きますので、なんとかなるかと……」

「うん、いいから。とりあえず休もう」


 アリアは心配そうに言うが、ラスは無表情でそれも断り、きょろきょろと辺りを見渡している。


「ほら、あそこに一つテント立ちそうだから、とりあえず休むよ」

「えっ、いえそんな! 私だけ入るわけには……」


 そんな言葉に対して、またしても遠慮するアリアにラスは、少し不機嫌になりながら言った。


「あのさあ、体調良くないでしょ?」

「……えっ、と」


 突然、突きつけられるかのように言われた言葉に、アリアは反応が遅れてしまう。


「馬車酔いか知らないけど、乗ってる間も口元押さえたり胃の辺り気にしたり、今も肩で息してるし、顔色も悪い。明らかに体調不良だよ」

「……………………う、あの、はい」


 元々乗り物に強い方ではなかったのだが、今日はやけに重たく酔ってしまったようで、アリアは何時間も吐き気に耐えながら馬車に乗っていた。


 朝から何も食べていなかったため、固形物が出てくることはないのだが、何度も胃液が迫り上がってきて、正直ずっと気が気ではなかった。


「こんな状態で出発して、怪我でもされたら困るんだよ。君がいるかいないかで、計画も変わってくるんだから」

「そう、ですよね……」

「そうだよ、だから休んでから行くから。早くテント入るよ」


 そう言うとラスは、ほとんどアリアの体を支えながら、立てられたばかりのテントに連れていった。


「ほら、とりあえず横になりなよ」

「……ありがとうございます」


 半ば強制的に、簡易に作られたベッドの上に寝かせられたアリアは、あまりの情けなさに死にたいとすら思っていた。


 皆を守らなければいけない立場なのに、逆に迷惑をかけてしまうなんて。不甲斐なさで自分が嫌になる。


「大丈夫?吐きそう?」

「いえ、朝から何も食べていないので、吐くことはないかと……」

「それが良くない気がするんだけど」


 そんな会話をしている間、横にならせてもらってらいたものの、アリアの体調は悪化する一方だった。吐き気を我慢し続けたせいか、さっきから胃がひっくり返りそうなほど痙攣している感覚がある上に、視界はぐるぐるとおかしな方向に回っていた。


「難儀だね、聖女様も。他人は治せるのに、自分の体調不良はどうにもできないなんて」

「そうですね。でも、誰かを救うのが、聖女の仕事ですので」


 ラスはその言葉を聞くと、呆れ返ったように鼻で笑った後、アリアの頭に優しく手を置いて言った。


「まあ、ゆっくり休んで。俺が見ててあげるから」


 そんな風に優しくするから、また好きになってしまう。アリアは苦しさで胸がはち切れそうになりながらも、どこかその体温に安心してしまい、そのままゆっくりと眠りに付いた。

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