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 ぽちゃん、と水滴が落ちる音がこだまする。

 湯気で揺れ動く視界の中、アリアは熱めに入れたお湯に浸かっていた。手足がちょうど伸ばせるくらいの浴槽に肩まで浸かっていると、疲労からかついアクビが出る。


 本当ならすぐにでもベッドに横になり、泥のように眠ってしまいたかった。でも、明日は任務だと思うと、少しでも綺麗だと、可愛いと思ってもらえるように、できることはなんでもしたかった。


「うん、良い香り」


 お気に入りの香水を垂らした湯船は、むせ返るような甘い匂いで包まれていた。


 この香りが肌に移って、ちょっとでも気にかけてくれないかな。

 アリアはそんな無様な願望を思ってみる。自分でも、きっと無駄な努力だろうと言うことはわかっていたが、思わずにはいられなかった。


『俺は誰とも結婚するつもりはないよ、面倒だからね。誰のことも好きになるつもりもないし、思いに答えるつもりもない。それでも良いなら、勝手にしたらいいよ』


 アリアは、ラスに言われた言葉を思い出す。

 ひどく興味がない素振りで言われたその言葉は、アリアの中で呪いのように付き纏っていた。


「いっその事、嫌いだって言ってくれたらいいのに。迷惑だって、二度と顔を見たくないって言ってくれたら、諦められるのにな」


 そんな事を願う方が勝手なのは分かっている。諦めたいなら自分の心で決めなければいけないのに、振って欲しいだなんて自分本位にも程がある。


 それでも、勝手にしたらいいと言われてしまったその言葉によって、アリアはもうずっと、それこそ何年も好意を捨てられないでいた。


 苦しさで息が詰まりそうになる程の好意は、真綿で自分の首を絞め続けているかのように苦しかった。


 何度も諦めようと思ったが、その声を聞くたび、顔を見るたび、体に触れるたびに、無理だと自覚してしまっていた。


「なんでもう、私は、こうも上手く生きられないの……」


 自分で自分が嫌になりながら、アリアは湯船に顔を埋めてぶくぶくと息を吐いた。


 悶々と考え事をしていると、ふいに先ほどの出来事が思い出された。何の前触れもなく額を合わせられたあの時間は、確かに幸せでしかなかった。


「あんな、心配するふりまでしてきて。ずるい」


 絶対に確信犯であることも、自分の反応を楽しまれていることも分かっていた。弄ばれていることは分かっていても、それにすらときめいてしまうのだ。


 アリアはさっき触れ合っていたおでこを押さえて、ため息を吐く。こんな思いをしているなんて、今頃頭の片隅にもないだろうな。


 さっきの何気ない行動のせいで、また好きになってしまったなんて、微塵も思っていないだろうな。


 そのまま混沌の沼に思考が落ちていきそうになった時、はっと我に返り思い出した。


 そうだ、明日も早いんだし、もう上がろう。

 煩悩を振り払うかのように頭を振った後、いまだに疲労で重たい体を湯船から持ち上げて、アリアはバスルームを出て行った。

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