5
ぽちゃん、と水滴が落ちる音がこだまする。
湯気で揺れ動く視界の中、アリアは熱めに入れたお湯に浸かっていた。手足がちょうど伸ばせるくらいの浴槽に肩まで浸かっていると、疲労からかついアクビが出る。
本当ならすぐにでもベッドに横になり、泥のように眠ってしまいたかった。でも、明日は任務だと思うと、少しでも綺麗だと、可愛いと思ってもらえるように、できることはなんでもしたかった。
「うん、良い香り」
お気に入りの香水を垂らした湯船は、むせ返るような甘い匂いで包まれていた。
この香りが肌に移って、ちょっとでも気にかけてくれないかな。
アリアはそんな無様な願望を思ってみる。自分でも、きっと無駄な努力だろうと言うことはわかっていたが、思わずにはいられなかった。
『俺は誰とも結婚するつもりはないよ、面倒だからね。誰のことも好きになるつもりもないし、思いに答えるつもりもない。それでも良いなら、勝手にしたらいいよ』
アリアは、ラスに言われた言葉を思い出す。
ひどく興味がない素振りで言われたその言葉は、アリアの中で呪いのように付き纏っていた。
「いっその事、嫌いだって言ってくれたらいいのに。迷惑だって、二度と顔を見たくないって言ってくれたら、諦められるのにな」
そんな事を願う方が勝手なのは分かっている。諦めたいなら自分の心で決めなければいけないのに、振って欲しいだなんて自分本位にも程がある。
それでも、勝手にしたらいいと言われてしまったその言葉によって、アリアはもうずっと、それこそ何年も好意を捨てられないでいた。
苦しさで息が詰まりそうになる程の好意は、真綿で自分の首を絞め続けているかのように苦しかった。
何度も諦めようと思ったが、その声を聞くたび、顔を見るたび、体に触れるたびに、無理だと自覚してしまっていた。
「なんでもう、私は、こうも上手く生きられないの……」
自分で自分が嫌になりながら、アリアは湯船に顔を埋めてぶくぶくと息を吐いた。
悶々と考え事をしていると、ふいに先ほどの出来事が思い出された。何の前触れもなく額を合わせられたあの時間は、確かに幸せでしかなかった。
「あんな、心配するふりまでしてきて。ずるい」
絶対に確信犯であることも、自分の反応を楽しまれていることも分かっていた。弄ばれていることは分かっていても、それにすらときめいてしまうのだ。
アリアはさっき触れ合っていたおでこを押さえて、ため息を吐く。こんな思いをしているなんて、今頃頭の片隅にもないだろうな。
さっきの何気ない行動のせいで、また好きになってしまったなんて、微塵も思っていないだろうな。
そのまま混沌の沼に思考が落ちていきそうになった時、はっと我に返り思い出した。
そうだ、明日も早いんだし、もう上がろう。
煩悩を振り払うかのように頭を振った後、いまだに疲労で重たい体を湯船から持ち上げて、アリアはバスルームを出て行った。