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 月明かりと、わずかなシャンデリアだけが灯る薄暗い廊下を、ラスはブーツの音を響かせながら歩いていた。


 任務の準備やら、書類のチェックやらをしていたら遅くなってしまった。らしくない事をしたと思いながら、ベルトに付けていた懐中時計をチラリと確認する。


 時計の針はもう十時を過ぎており、普段は夕方で仕事を終えるのにと少し苛立ち舌打ちをした。さっさと帰ろうと歩調を早めた時、一つの部屋から明かりが漏れていることに気づいた。


 誰だ、こんな時間まで。

 そう思い扉を開けると、そこはアリアが回復薬を作っていた作業部屋だった。


「誰かいるの?」


 そう言って一歩踏み出すが、ぱっと目のつくところには誰もいない。施錠のし忘れかと思いあたりを見渡すと、机の上には完成された回復薬がずらりと並べられていた。


 本当にあの量作ったんだ。

 ラスは少し目を見開いてそう思った。まあ無理でもいいかなと考えていた。適当に指示した数だったが、まさか本当に作るとは。


「う……ん」


 ラスが感心していると、視界の端でもぞもぞと物体が動いた。何かと思い横を見ると、ソファで小さくなり眠っているアリアの姿があった。


「あれ、アリアちゃん?」


 品行方正で、騎士団に迷惑がかかると思われる行為は決してしない彼女が、こんな所で寝るなんて珍しいなと思いながら近づく。


 眠っているからだろうか、青白い顔をしたアリアを見てラスは不愉快そうに口を曲げた。


 何故こうまでして自分に従うのか。

 ラスには全く理解できない感情を訝しく思いながら、そっとアリアの肩に触れた。


「アリアちゃん、大丈夫。部屋に戻って休んだ方がいいよ?」


 優しく肩を叩いてみるが、小さく身動ぐだけで起きる気配がない。このまま放っておこうかと思いもしたが、そのせいで明日の任務に影響が出るのは嫌だ。


 アリアが帯同してくれたら、即死レベルの怪我でなければ大抵はすぐに回復できる。そのため、任務における怪我人の数が、いるのといないのとでは圧倒的に違うのだ。


 面倒だけど仕方ないかと、ラスはため息を吐いて先程よりも強めにアリアの肩を揺すった。


「アリアちゃん、起きて。風邪ひくよ?」

「ん……うーん……」


 もう少しで覚醒しそうなのだが、まだ目は開かれない。別に構わないが、男しかいないような騎士団の建屋で、よくこんなにも無防備に寝られるものだと呆れ返った。


「アリア、起きろ」

「えっ、はい!え……?」


 苛立ちが隠しきれなくなったラスは、語尾を強めて名前を呼ぶ。その声に反応して、アリアはすぐにぱちりと目を見開き飛び起きた。


「作業終わってるなら部屋に戻ったら? こんな所で寝てたら風邪ひくよ」

「あ、ごめんなさい! 作り終わったと思ったら、その、ちょっと気が抜けてしまったみたいで……」


 そう言ったアリアの顔色は、血が通っているのか疑いたくなるほど真っ白で、明らかに体調が万全ではないことは見て取れた。


 単純に、力を使い果たして部屋に戻れなくなっていた事は自明だが、アリアは弱みは口にしない。少しでも迷惑がられることは言いたくないのだろうが、ここまで真っ直ぐに他人を思える気持ちが、ラスには全く分からなかった。


「ふうん、そうなんだ」


 そんな気持ちが態度に出たのだろう、冷たく言い放たれたその言葉に、アリアは眉を下げて俯いてしまった。


「ごめんなさい、ご迷惑をおかけしまして……すぐに戻ります、明日の任務には影響させませんので」


 夜でも明るい金色の瞳を揺らしてそう言うと、アリアは急いでソファから立ち上がった。


 失礼します、そう言ってラスの横を通り過ぎようとした時、後ろから勢いよく腕を掴まれてソファに引き戻された。


「えっ」


 アリアが驚いて声をあげると、鼻先が付く程の距離にラスの顔があった。そのままコツンと額同士をぶつけられ、軽い衝撃でしかなかったのだが、アリアの中では脳震盪が起きたくらいの衝撃が走った。


「え、えっ?」

「うーん、まあ熱はないみたいだね」


 何が起きたのかと焦っているアリアを置いて、ラスはただ確かめただけだと言わんばかりの態度だった。まあ、事実そうなのだが。


「あ、はい、えっと……その、近いです……」

「なんか顔色悪かったから、大丈夫かなと思って」


 なぜそんな近くにいるのかと聞きたかったのだが、ラスからは検討外れな返答が帰ってくる。


 そうではなくてと焦りながら顔を赤くしているアリアに、確信犯な笑みを浮かべてラスが言った。


「明日、気抜かないように、ね?」

「っはい……もちろん、です」


 さっきから変わらない近すぎる距離で、いつもよりも低い掠れた声でそう言われたアリアは、顔を真っ赤にしてコクコクと頷きながら答えた。


「うん、それならいいよ」


 そう言うとラスは、じゃあまた明日と言って、まるで何事もなかったかのようにさっさと部屋から出て行ってしまった。


 一人残されたアリアは、先ほどよりも無駄に血色の良くなった頬を押さえて、ぺたんとその場に座り込むしかできなかった。

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