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 広い作業台の前に立ち、アリアは腕を組んでいる。目の前には、薬草や聖水、ビンなど、回復薬を作るために必要な材料がずらりと並べられていた。


 回復薬を作るとは言え、何も無から有が生まれるわけではない。色々な材料を調合し、癒しの力を込めることでそれは完成させることができるため、とりあえず必要物資を集めてきたのだ。


「聖女様、すごい量ですね……」

「そうですか? 50個分でしたら、こんなものかと思いますが」


 騎士団員の一人が、目の前に置かれた材料に圧倒されて言ったが、アリアは何食わぬ顔をしている。


 なぜここに団員がいるのかと言うと、ラスに言われた後すぐに材料集めから取り掛かろうとしていたアリアに対して、それくらいは自分達でやらせてくれと懇願されてしまったからだ。


「これを今から明日までにと言うのは、さすがの聖女様でも止めた方が良いのではないでしょうか……」

「いいえ、無理ではないわ。これくらいの量なんて任務前はいつもやっていることですから」


 アリアを心配した団員がそう声をかけるが、当の本人は心配されているとも知らずはっきりと否定した。


「……そうでしたか」

「ええそうよ。それに、ラス様がおっしゃったの、無理でもやらなければいけません」

「……なるほど」


 あまりにも当然のように言ったため、団員は曖昧に返事をすることしかできなかった。


「そもそも、簡単な任務ですので、人数分も必要なのかどうか。団長も何を思われているのか」


 もちろんそれほど大量に必要ではない。そもそも既に予備も作られている。

 それならどうして、こんな難題を投げかけてきたのか。


 それは、好きな男にギリギリ達成依頼を突きつけられ、それが達成できた時の快感を、アリアが本能的に求めている事を知っているからだ。


「念には念を、という事ですよ。きっと、ラス様は団員の皆さまが大事なのです。怪我をさせたくない、全員無事で帰還したい、そんな思いがおありなのです。お優しい方ですから」

「……………………」


 そんな内情を知ってか知らずか、アリアは恍惚とした顔で語るため、とうとう団員は何も言えなくなってしまった。


「では、ここからは集中したいので。ごめんなさい、一人にして頂いてもよろしいですか?」

「はい、私はこちらで失礼致します」


 アリアにそう言われて我にかえった団員は返事をすると、敬礼しさっさと部屋の外に出て行った。


 いくら世界最強の聖女とは言え、あの量の回復薬を作って全く疲れないわけではないだろう。能力だけではない、容姿も麗しく性格も良い、彼女を幸せにしたいと思う男はいくらでもいるはずなのに。あんなクズみたいな男の毒牙に引っかかったせいで。 


 団員はそう憐れみながら、団室へと続く廊下を歩いて行った。


「さて、と。無駄なことをしている時間はないわ。さっさと作業に取り掛からないと」


 そんな憐れみの視線を向けられていたとは露知らず、アリアは袖を捲り上げて気合を入れ直す。時刻は昼前。一時間に6個のペースで作れば十分間に合うだろう。


 アリアはそう考えた後、両手を強く組んで目を閉じた。そして息を深く吸い込み、吐いて、思いを込め始めた。


「神様、どうか……ラス様をお守りください。彼と、彼の大事な人たちを、どうかお守りください……」


 聖女がこんな俗な念の込め方で良いのか。そう言われてしまいそうだが、大事なのは本人の能力だ。悲しいかな、誰よりも聖女としての才能に秀でた彼女は、それが例え個人的な思いであったとしても、出来上がる代物は一級品だ。


 癒しや加護の力は、思いが強ければ強いほど強力なものになる。アリアは、強すぎるラスへの思いもってして、自らの力を込める事で着々と回復薬を作っていった。


◇◇◇◇◇◇


「……お、終わったー!」


 作業台の上に並べられた完成品の回復薬を前に、アリアは大きく伸びをしながらほっと一息ついた。時計の針は九時を過ぎており、もう十時間近く通しで作業を進めたいたのだと気づいた。


「っ、いたた、」


 緊張の糸が切れたのか、安心した瞬間目の奥なのか頭なのかがズキンと痛んだ。咄嗟にこめかみを抑えようと手を顔の前に持ってきたが、両手がガタガタと震え全く力が入っていない。


「さすがに力、使い過ぎちゃったかな」


 そうこう考えているうちに、視界も朧げになってきた。自室に戻って横になろうかと思ったが、立っているのがやっとのこの状況で、これ以上動くことはできなさそうだった。


「ちょっとだけ、少しだけ、ソファで休ませてもらおう……」


 ほとんど、アリアが回復薬だったり栄養剤だったりを作るために使用している部屋だが、一応騎士団の持ち部屋となっている。


 そこに、用が終わったにも関わらず、長時間滞在するのは良くないとは分かっていたが、どうにも体が動きそうにない。


「いたたた……」


 ごめんなさい、少しだけなので。

 そう思いながらアリアは、ふらふらとソファに倒れ込んだ。


 寒いなとは思ったが、毛布なんてもちろん、羽織るものも見当たらない。探しに行く体力もどこにも残っていない。


 アリアは、身を守るかのように体を小さく丸め、ほとんど意識を飛ばして深い眠りに落ちていった。


 これで少しでもラス様に喜んでもらえるかな。

 眠りに落ちる前に思ったのは、ただそれだけだった。

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