表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/90

No.87 偽物でも、君の隣で


 

 向き合って壊して、やっと内側を見せ合えた領主館での出来事。その日のうちに、二人は婚約誓約書を書いた。


 “ヴィント・スノライン”

 “カノラ・スプリング”


 隣に並んだ、二つの名前。

 晴れて、公認の婚約者となる。


 父ロスカの腹も決まったようで、国王や王弟への根回しも父息子で協力することに。二人が手を取り合って”交渉”を進める姿は鳥肌もの。将来の嫁として、カノラは若干引いた。さすが切れ者一家だ。


 その最中で知って、気絶しそうになったことだが、母ルミアは臣籍降嫁をしているのに、特別勅令によりヴィントにも王位継承権が与えられていたらしい。


 逆に、これを交渉材料にして、継承権を永久放棄する形を取ったため、子爵位との婚約でもごたつくことはなかったそうだ。将来的にヴィントとカノラの子が生まれたとしても継承権はなし。一石二鳥の作戦にカノラは拍手。

 ちなみに学園内ランキングは二位だったけど、継承権は十二位。もっと早く教えてほしい。スノラインって本当に怖い。

 

 一方、ルミアはヴィントの血を分け与えられた日を境に、憑き物が取れたかのように変化があったが、それに重ねて、ヴィントに『愛している』と何度も言葉にして伝えてくれた。

 二人が並んでいると、やっぱり神々しいな~と思って拝んでしまうカノラだった。



 そうして、婚約者になった翌月。

 カノラは王都にあるスノライン家に訪れていた。


「ヴィンくん、セイルド様から手紙が来たよ。婚約おめでとう、だって」

「は? ……なんでカノの方に送るかなぁ……」


 あからさまに不機嫌になるヴィント。目が怖くて可愛い。


「ふふっ、ルーナさん宛ての手紙が同封されてたから。セイルド様とも親戚になるんだから、邪険にしないでね?」


 カノラが困ったように眉を下げると、ヴィントは彼女の憂いを取り除くように微笑んでくれる。

 

「もちろん。仲良くするつもりだよ」

「よかった! お義姉(ルーナ)さんのお兄さんって、なんて呼ぶのかな? お義兄様?」

「”赤の他人”って呼ぶらしいよ」


 微笑みながらそういうことを言う。相変わらず、カノラの男関係に厳しい。


「やましいことは一つもないですよ?」

「それは知ってる。実質、カノは俺の女神だから失いたくないだけ。女神ってなんて呼ぶのかな? ミューズ?」

「すこぶる返事をしにくいですね」


 冗談ばかり言いながら、彼はカノラを膝に乗せてキスを落とす。


 手、額、目蓋とキスを降らせて、唇までたどり着く頃には――甘い空気が書斎を満たす。お堅い書類を前にして、とても緩い侯爵様。


「……ヴィンくん、ダメだよ。お仕事、ね?」

「んー。もう少しだけ――だめ?」


 スカートの裾を抑えて訴えるも、彼は心の隙間に入り込むのも上手。少しずつ進んでいく関係と、彼の指先。アイスブルーの瞳に見つめられると、その熱で溶かされそう。


「……っ。それは本当にダメ、です」

「はいはい。じゃあ今日はここまでね」


 ”ここまで”の部分をずーっと触られる。カノラが引いた線を越えないように、彼はひたすら甘やかす。すると不思議なことに、越えてほしいという気持ちが身体中に広がっていく。本当に悪くてずるい。


 少しずつ曖昧になっていく境界線。

 指一本分だろうか、彼がそれを越えたところでピタリと手が止まった。


「……これ危ないな」


 もう何度目かわからない、彼の”危ない”発言だ。


「あー……このままだと最後まで突っ走りそう。カノちゃんも俺を止めようよ」

「止めても止まらないのがヴィンくんだと思います」

「言うようになったね」


 彼は口の端を上げて、否定も肯定もしない。そういうところだ。


「あー、早く結婚したい。一分一秒でも早くカノが欲しい。……卒業まであと半年。地獄か」


 うなだれるようにして、カノラの胸元に顔をうずめる。愛がオープンストレートすぎて、ちょっと居たたまれないカノラ。半年後を想像すると……想像してはいけないやつだこれ。


「お互いにやることはたくさんあるし、半年なんてすぐデスヨ! ネ!」

「たしかに。やるためには、やるべきことをやらなきゃいけないってことだよね」


 最低な早口言葉だ。

 カノラは聞かなかったことにした。


「カノも練習しないとだよね。最後の音楽科コンクールかぁ……感慨深い。絶対に聴きにいく。今年はなにをご褒美でもらうつもり?」


 優勝が決まっているかのような口ぶりに、カノラは笑ってしまう。でも、それだけたくさん弾いてきた。楽しい時も、笑っちゃう時も、彼の近くで三年間弾き続けてきた集大成だ。


「もう決めてあるの。優勝してからのお楽しみね。お互いにがんばろうね」


「そうだね。まあ……本当に頑張らないと聴きにいけなくなりそうだしね……」


 ヴィントの前には仕事の山。

 その傍らに、ノーザランド南部収容所に関する書類が置いてある。


 先週。ヴィントとカノラ、両親、そして侍従ランタを交えて改めて話をする機会を設けた。


 ヴィントが領主館に捨てられた日の出来事を、それぞれの気持ちと共に、穏やかに語り合った。


 十四歳当時の彼が調べたり推測した内容とほぼ一致していたが、いくつか知らないこともあった。


 例えば、ヴィントの本当の母親のこと。

 彼女は病気にかかり、治癒の見込みはないことを悟り、生まれたてのヴィントを抱えて領主館を訪れたそうだ。


 偶然、当時十五歳だったランタが領主館の門のところで彼女に声をかけられ、赤子を育ててほしいと手渡された。


 とりあえず玄関に招き入れ、ロスカに事情を伝えようと赤子を抱えたまま扉を叩いたところで、部屋の中の状況が一変し――死産の場に居合わせてしまった。


 放っておくこともできず、そのまま色々と手伝わされ、気づいたときにはロスカが赤子を抱きしめて離さなくなってしまっていたので世話を任せ、大急ぎで玄関に戻った。だが、時間が経っていたこともあり、すでに母親の姿はなかったそうだ。


 ここからはロスカの推測になってしまうが、孤児院ではなく領主館を選んだ理由は、やはり銀髪碧眼の赤子だったからだろう。


 売り飛ばされたり、何か良くないことに巻き込まれるのではないかと不安に思った母親が、同じ色を持つルミアを頼る形を取ったとしても不思議ではなかった。

 彼の銀髪を見ながら想像してみると、たぶんカノラでも同じようにするかも、と思った。

 

 ルミア付きの侍女や医師を含め、居合わせた数人だけで死産した子を静かに庭に埋葬し、四阿を建て、国王から授けられていた”ヴィント”という名をそのまま銀髪碧眼の赤子――ヴィントに与えたという。


 本当の母親は青い瞳をした優しそうな美人だったと、ランタは教えてくれた。

 ランタのことだから誇張しているかもしれないけれど……嘘だったとしても、それはそれで、とヴィントは笑っていた。



 収容所にいる本当の父親については、やはりロスカが手を回した結果だそうだ。不祥事だ。


 今後、ヴィントが真実を知って会いたがったとき、刑を執行したら取り返しがつかないことになる。

 かと言って、スノライン領の収容所に置いておけば、それに気付いた誰かがヴィントの出自までたどり着く可能性もあった。


 書類を偽装し、嘘の事情を作り上げ、死刑執行を延期。伝手を使い、ノーザランド南部収容所に収監してもらっていたという。



 そんな話をしたのが、先週の出来事。

 今週になって、収容所から書類を取り寄せ、改めて事件の整理を行った。カノラはその一部を見ながら問いかける。


「本当の父親に会わなくて大丈夫……? ヴィンくんが会いたければ、わたしも一緒に行くよ」


 彼は首を横に振る。


「ありがとう。でも、もう大丈夫。被害者のことを思えば、すぐに処罰されるべきだ。歪んだものを正すのが――せめてもの償いだよ」


 カノラの見ている前で、ヴィントは書類にサインをした。延期されていた刑を執行するための書類だ。書き慣れた手付きで綴る。”ヴィント・スノライン”、と。



「これで、オールオーバーだね」



 彼はゆっくりとペンを置いた。


 そして、一つ息を吐いて、カノラに向き合った。

 前にも話をしたけれど、と前置きをしてから、少し先の――将来の話を始めた。


「……できればスノライン家に王家の血を返したいんだ。早ければ、二年半後。王弟の次男が臣籍降下するときに継いでもらえたらいいなと思ってる」


 王弟次男は、ヴィントの仕事を手伝いにスノライン家に来てくれている。そのまま渡せれば、スノラインは王家の血筋を持つ家系として繁栄していくはずだ。


「それはもちろん良いけど……。でも、ヴィンくんはどうなるの?」


 彼は楽しそうに笑った。それまでの間に、上手いこと侯爵当主を退けないか画策しているらしい。


 確かに、そういう事例もあるにはある。単純に病気だったり、あるいは他の才能を持つ当主が、当主継続と才能発揮のどちらが国益になるかを考えた際に、後者に専念するように王命が下されるとか。


 もし当主を退けたなら、その後は空席爵位を得て暮らすか、国外に出て『ただのヴィントとカノラ』として生きるか。


 どちらにしても、スノラインを間接的に奉還するのが、次の目標だという。


「そうすれば、もし俺たちの子どもが生まれても、スノラインの後継者争いに巻き込まれずに済む。ずっと守られることになる。人生を選ぶ自由を、カノに渡せる」


 そこまで言って、彼は何かを思い出すようにふっと笑った。


「この歪んだものに絡み取られて苦しまないように――守りたいんだよね」


 結局、父さんに似ちゃったな。そう言って、彼は恥ずかしそうに笑った。


 カノラは胸に手を当てて、奥の方からじんわりと込み上げてくる何かを掴もうとした。


 この感情に名前はあるのだろうか。

 自分のことではないのに、自分が幸せになるよりもずっと嬉しい。これを、人は愛と呼ぶのかも。


「さて、まずは目の前の仕事だね。婚約者のカノラさん、ヴァイオリンをお願いしても?」

「ふふっ、はいはい、婚約者のヴィント様」


 ヴィントがサラサラと書類仕事を進めているのを見ながら、カノラは『まったくもう』とため息をつく。

 

 カノラに自由を与えないと。

 そのために王族の血を返さないと。

 カノラの子どもを苦しめないようにしないと。


 相変わらず、カノラのことばかり。


 でもね、名もなき画家さん。

 一つ大切なことをお忘れではありませんか?


 カノラは高速で指を動かしながらも、にんまりとほくそ笑む。


 たくさん泣いたのだから、たくさん幸せにならないと。

 恋は――いや、愛は女を強引にするのだ。

 


 




明日、最終回となります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ