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No.80 一目見たときから好きだった


 五人でのお祝い会の途中なので、あまり長いこと離席はできない。ルーナとダンテに怪しまれてしまう。

 

 セイルドとの交渉を終えたカノラとヴィントは、さっさと部屋を出て廊下を歩く。夢見心地のセイルドは置いてきた。


「カノ、さっきやきもち妬いてくれてたよね?」


 彼は先ほどのやきもちクッションを抱えていた。私室に持ち帰るらしい。カノラも一つ持たされていたので、やきもち二つ分だ。いちいち愛が重くて可愛いな、とカノラは思った。


「だって……本音を言うと、ルーナさんと婚約するって聞いたときからずっと嫉妬してたもの」

「そんな前から? へー、そうなんだ」


 ヴィントはにこにこ笑いながら、こちらを見てくる。


「なんで笑うの?」

「んー? 今のカノは『俺のことを好きなカノ』なんだなーって思って、見てるだけ」


 仲が良くて甘い。


 思い返してみれば、ヴィントとは初めて会ったときからそれなりに会話が弾んでいた。逆に沈黙も珍しくないが、それを重いと思ったことはない。馬が合うというか、基本的に相性が良いのだろうと今更ながら気付く。


 それが明確に深まったのは昨年の秋頃だったが、こうして想いを通わせてみると、常に甘い空気が漂っている今の方が自然に思える。


「もっと妬かせたくなるなぁ」

「……ヴィンくんが言うと洒落にならないのでやめてもらえます?」


 あの手この手を使って妬かせてきそうで怖い。彼もそう思ったらしく、頷きながら笑う。

 まったくもう、人の気も知らないで。カノラがクッションで軽く叩くと、彼も応戦。二人はやきもちクッションでぽふんぽふんとじゃれ合いながら応接室に戻った。きゃっきゃうふふ。


 だが、その空気のまま扉を開けてみると、ダンテとルーナはまだ言い合いをしていた。甘い空気なんて微塵もない。


「早く帰国しろよ!」

「留学を取りやめるなんて無責任ですわ!」


 ぎゃいぎゃいがやがや。


 カノラとヴィントはクッション同士をぽふんとすり合わせ、視線を合わせて苦笑い。


「わたしたちと同じ四連作なのに……」

「こっちの二人は剣と槍だね」


 どうしたものかね、と。



 この原因は、ダンテの予知嫌いにある。

 カノラとヴィントはそう考えていた。


 鈍感なカノラと違ってアゼイの血の濃いダンテは、ヴィントが深雪であると直感的にわかっていたという。ルーナが満月であることにも気付いているはずだ。

 

 誰にでもフレンドリーなダンテがセイルドに妙に冷たく接していたのは、全く同一色である金髪黒瞳の彼から満月の要素を僅かに感じ取っていたからかもしれない。


 カノラは想像して笑ってしまう。兄はさそがし恐怖しただろう。『オレの相手は男なのか』と。セイルドがアゼイオタクであることを隠してダンテに近づいたせいで、余計にそう見えちゃったのかも。


 ところが、カノラへの非常識プロポーズにより、セイルドの恋愛対象が女性だと判明。ダンテは深く安堵。油断してノーザランドに来てみたら、本物の満月と出会ってしまった。こんな感じだろう。


 このヴィントの見立てを聞いて、カノラも頷く。

 思えば、ノルド侯爵家で初めて二人が出会ったとき、ダンテはルーナに対してものすごく態度が悪かった。すでに異常な吸引力を感じていたのだろう。


 人は、それを一目惚れと呼ぶわけだが。


「初対面のとき、カノは俺に対して全く何も感じてなかったみたいだけどね」

「色んな意味で気まずいです」


 勘の良さに依存するものなのか、あるいはアゼイの絵画への興味に誘因されるのか。それはわからない。


 唯一言えることは、ルーナ・ノルドはその"答え"だということ。

 四連作を見る前に運命の相手本人と出会っているのは、四人の中で彼女だけ。そして、何も知らずに恋に落ちた。それが全てだ。


 そんなルーナの恋を応援し、二人をくっつける。それが、ヴィントとカノラの結婚を進める上での重要な作戦だった。ルーナの幸せに繋がるので、カノラも大賛成。


 お祝い会が終わったあと、二人はスノライン家に残って作戦会議という名のデートをする。メモ帳を広げ、そこにマルだのバツだの書きながら話を進めていく。


 第一関門であったルーナの父親の説得は、セイルドを味方につけたことで突破できるだろう。


 あとは、当人同士の問題だ。

 

「うーん。整理してみると、ルーナさんが予知を嫌いになるか、お兄ちゃんが予知嫌いを克服するかの二択しかないですよね……?」


 それは絶望的だ。もはや違う人間じゃないか。


 二人とも筋金入りの予知好きと予知嫌い。そう考えると、アゼイの予知さえなければ、二人はすんなりと結ばれていたのかも。余計なことを……と、カノラは窓の外で瞬く星を睨む。


 片や、ヴィントは予知がなければかなりズタボロになっていたことだろう。たぶん原型は留めていない。予知って難しい。


 しかし、ここからが現今を生きる人間の腕の見せ所だ。予知は、いつか訪れるかもしれない一つのゴール。そこまでの道程こそが人生。カノラは気合いを入れてこぶしを握る。


「あー……バランスだな」


 一方で、ヴィントはソファにだらりと座り、カノラのメモ帳を覗いて呟く。


 カノラが首を傾げると、彼は紙に書いて説明をしてくれる。人は心的バランスが崩れて不均衡になるとバランスを取ろうとするからとか、なんとかうんにゃら。


 これもスノラインの交渉術の断片なのだろう。ふむふむと聞いていると、なんだか嬉しくなってしまう。


「……嬉しそうにしてどうしたの?」

「なんかね、わたしって、いつも置いてけぼりだったから。こうやって作戦会議みたいなのを一緒にやるのも、なんか……いいね」


 彼は、ふっと小さく笑って「たまにはね」と言う。


「それで、そのなんちゃら理論でどうするの?」

「そうだなぁ。例えば……第三者を投入して、一度ズタズタに関係を壊すとか。正直、ダンは痛い目を見た方がいいと思ってる」

「すごい悪いこと考えるね」

「やられたら、やり返さないとね~」


 ダンテに何をやられたのだろうか。親友の二人には、カノラも知らない仲良しエピソードがたくさんあるのかも。


「ヴィンくんが怖い……」

「そんな俺を好きになったんでしょ? 深みに嵌まったきっかけは、もしかしたらルーナ嬢――恋敵の存在かもしれない」 


 ヴィントの言わんとすることがわかる。二人の間に、恋敵を放り込むつもりなのだろう。


「でも、お兄ちゃんには効かないわ。実際、ヴィンくんとルーナさんの婚約を嬉しがってたくらいだもの」

「表面上はそうだね。やるとしたら、ルーナ嬢の方がよく効くだろうね」

「……ヴィンくん?」


 じろりと睨むと、ヴィントは両手を挙げ、無抵抗をアピールしてくる。


「ルーナさんへの攻撃はだめ」

「カノ、甘いよ。痛みを伴わない恋なんて、ない。俺は三年以上だった。彼女は……まだ数か月だ」


 銀髪をなびかせ決め顔で言われる。説得力が半端ない。ごめんって思った。


 ダンテに痛い目を見させるためにはルーナの頑張りが必要だ、と彼は続けた。


「でも、安全は確保しよう。今の二人の関係を壊すのに打ってつけの人間がいるから。いや~、持つべきものはクマノミだよね」

「クマノミ一号。痛心に堪えません」


 カノラの心配を余所に、ヴィントが投入したのはクマノミ三号だったりする。






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