No.79 君が向ける笑顔を比べて
絵画品評会の最終審査日の二週間後。
カノラたち一行は、スノライン侯爵家の柵門を通り抜けた。
以前訪れたときは、突き刺してきそうな鋭利な柵に威圧感を覚えていたが、今日はただの棒に見える。
一番前を歩くのはダンテだ。勝手知ったるスノライン家、すたすたと進む。
「ヴィンの家に来るの、めっちゃ久しぶりじゃね? 半年ぶりくらいか?」
セイルドはダンテの肩を叩く。
「そう言えば、ダンテは叙爵奉告の夜会は不在だったな。カノラ嬢の素晴らしい演奏も聴けなかったなんて、もったいないことをしたな」
「お兄様、ヴィント様が招待客から除外したそうですわよ」
「ほう、仲違いか」
セイルドからの視線を受け取り、ヴィントはあははと笑う。
「まあそんな感じかな。あのときはごめんね、ダン」
「まじ疎外感」
スノライン家の談話室で、五人は再び集まった。
明日、セイルドは帰国する。今後はなかなか会えなくなるだろう。無事に審査を乗り越えたお祝い会として、今日を選んだ。
審査日の緊張感や、美術館に飾られていた五番を見たときの安堵と興奮。各々、結果に満足している様子だった。
きっと不満に思っているのは、大陸中を探したところで一人だけだろう。
「そういえば、贋作者フークリンってどうなったんですか?」
カノラが問いかけると、ヴィントとセイルドが目を合わせる。
「美術館で捕縛された後、出身地のノーザランドに送還されたらしいよ」
「ああ、そのまま我が国で裁かれることになるだろう。はじめは黙秘していたが、やつの贋作を見た女性ファンから届いた称賛の手紙を見せたところ、鼻高々で贋作自慢をはじめたらしい」
自慢というか、普通に自供だ。
フークリンに手紙を送ったのは、ヴィントだった。筆跡を変え、三名の女性を演じて手紙を書き分けたという。収容所の中でも幸せそうでなによりだ。
ヴィントは困ったように腕を組む。
「そしたら、なんとフークリンの贋作が各国の美術館に飾られている疑惑が出てきちゃって。今、絵画品評会は大荒れだってさ。ダンはなにか聞いてる?」
「聞いてるどころか手伝わされてる」
ダンテは不機嫌そうにする。父親に連れられて少しだけ手伝ってみたところ、絵画品評会のおじさんたちに気に入られてしまったらしい。
「じいちゃんの絵は関係ねぇのに、鑑定士の数が足りねーんだってさ。くっそー、鑑定士の資格なんて取るんじゃなかった。まじめんどくせぇ」
その横で、ルーナが「まあ!」と嬉しそうに手を叩く。
「ここ数日はおでかけなさってると聞いておりましたが、ダンテ様の年齢で品評会にお呼ばれするだなんて名誉なことですわ」
「おまえ……今うちで寝泊りしてねーのに、なんでオレが家を空けてることを知ってんだよ。ストーカーかよ」
ルーナは、キッと目を細める。
「荷物を取りに伺ったときに、少し耳に挟んだだけですわ」
「っつーか、セイルドと帰国しねーのかよ。いつまでいんの?」
彼女は薄桃色の頬を膨らませて、つんと顎をあげる。
「明日から卒業まで、またスプリング家の皆様にお世話になる予定です」
「うげーまじかよ」
「失礼ですわね」
バチバチと交わる視線。
「わたくしは、まだ――ここにいたいと思っておりますので」
「……あっそ」
相変わらず言い合いをしている二人。
スノライン家の夜会の前に、二人の間になにかがあったようだが、ルーナは何事もなかったかのように振る舞っていた。放っておいていいのだろうか。
カノラが思わず口を開きかけたとき、そこでヴィントから合図がくる。よし、と気合を入れる。
「あの、セイルド様。帰国前にお話がしたいんです。ちょっと別室に来ていただけますか? ヴィンくん、空いてる部屋はある?」
セイルドは微笑んで了承してくれた。
ヴィントが部屋を案内してくれて、無事に脱出成功。三つも隣の部屋に移動したのだから、ここなら内緒話もできるはず。
「それで、カノラ嬢の話とは――おい、ヴィントは退室すべきだろう」
カノラの隣を陣取り居座るヴィント。セイルドは睨みながら、扉を指差す。
「二人にするわけないじゃん。俺が誘ったら警戒すると思って、カノに誘ってもらっただけだし」
「……そうか。折衝としては正しいな」
セイルドは足を組んでソファに背を預ける。急に横柄だ。
「あの、セイルド様は、ルーナさんが婚約を白紙にした理由を知ってますか?」
「いや、理由を聞いても教えてくれないんだ」
彼は兄の顔になって、心配そうに眉を下げる。
「しばらく婚約はしないとばかり言って、父上も困っていたよ。……良い機会だ。帰国前に聞いておきたかった。ヴィント、おまえはルーナに何をしたんだ?」
セイルドの黒い瞳が光る。
カノラは二人の顔を交互に見る。おやおや、これは思っていた展開と違うぞ。キャッキャウフフの楽しい恋バナになる予定だったのに。嫡男勢がそろうとすぐこうなる。
「あのぉ、今は恋バナを――」
「いやだなぁ、セイルド」
カノラの発言に被せるように、ヴィントが挑発する。楽しそうで何よりだ。
「まさか、俺がルーナ嬢に嫌がらせでもしたっていうの?」
「男性との触れ合いを練習するだのと言って、ルーナと二人で出掛けた日があっただろう。振り返ってみれば、帰宅したときのルーナは何か様子がおかしかった」
そのデート後、カノラも彼女と話をした。確かにルーナは何かを思い悩んでいたようだった。まさか……ヴィントに何かされたのだろうか。これはいよいよ犯人説が濃厚になってきたぞ。
カノラは想像する。ちゃんとエスコートをせずに放置したり、胡散臭い笑顔を浮かべて上の空の返事を繰り返したり。やりそうだ。敬意も愛情もないヴィントの姿がありありと浮かんできてしまう。
しかし、彼は否定する。
「人聞きが悪い。全部、ルーナ嬢の希望に沿ったよ。美味しいカフェに連れて行ったし、エスコートだってばっちりした。手も繋いだし、会話も弾んだよ」
へー、ふーん、そうなんだー。カノラは右側に置いてあったクッションを左側に移動させる。ヴィントとの間にクッションの壁がそびえ立つ。
ヴィントはそのクッションをさらに右側に移動させて壁を崩しながら、話を続ける。クッションのばけつリレーみたいだ。
「ただ――その間、ずっと他の男と比較させた。俺がやったのはそれだけ」
「比較? どういう意味だ」
あの日、ヴィントはルーナにひたすら問いかけた。
『ダンと酒場で飲んだものより、このカフェで飲む紅茶の方が美味しいでしょ?』
『ダンはエスコートなんてしないから大変だったんじゃない? どんな感じだった?』
『ダンと手を繋いだとき、違和感はなかった?』
ずーーっと、ダンテを引き合いに出していたという。そして、彼女は悩んでしまった。
「って、悩ませたのはヴィンくんじゃない!」
「安心して。クズ男の自覚はある」
安心できない。とてもクズい。
ただ、言い分として正しい面もあった。
「人は悪いことが起きたときにしか理由を考えないんだよ。俺との結婚が決まって後悔する前に、ルーナ嬢は悩んで良かったと思うよ。実際、婚約話を反故にすると決めたのは彼女だ」
セイルドは大きなため息をついて頭を抱えた。整えられた金色の髪がぐしゃりと乱れる。
「ルーナは、ダンテのことを好いているのか……」
その仕草でカノラも理解した。子爵程度の家格ではダメということだろう。
特に、嫁ぐ側であるルーナはセイルドの立場とは異なり、第二夫人という選択肢がない。愛人であればダンテを置くことはできるが、ルーナはそれを望まないだろう。
スプリング家は領地も持たない商売貴族だ。今でこそアゼイのおかげで裕福な暮らしができているが、その前は貧乏だったと聞く。
侯爵位の彼らにとって、カノラたちは無価値なのかもしれない。クッションを抱きしめる手が固くなる。
セイルドは首を横に振った。
「可哀想だが、僕は反対せざるを得ない。父上が許さない」
「セイルドは、本当にそれでいいの?」
「ノルドの人間として当然の決断だ」
「浅い」
ヴィントはスッと立ち上がり、クッションを一つ抱えながらセイルドの隣に座った。
「思考はもっと深く潜らせるものだよ。想像してみてよ。ルーナ嬢とダンテが結婚する。しばらくすると、きっと子供が生まれる」
クッションを赤子に見立てて、ヴィントはたかいたか~いと抱き上げる。
「その子は、セイルドの甥姪だよ。そして、アゼイの曾孫という――」
「甥姪が曾孫……っ!?」
被せ気味に食いつく。セイルドの顎は外れていた。
ヴィントはにこりと笑って続けた。
「アゼイの愛した赤髪を持つ女の子かな。それともアゼイと同じ青い瞳の男の子かな」
おんぎゃあ、とクッションがないた気がする。
セイルドの乱れた金髪が自然と整い、ツヤツヤになっていく。いつの間にかヴィントから渡されたクッションを抱きかかえ、覚束ない手で撫で始めた。あやしている。もうすでに、伯父の顔。
カノラはその手があったか、と別のクッションをぼふんと叩いた。セイルドのドリーム、推しと血の繋がりができちゃうやつだ。
「でも、セイルドは反対するんだもんね。ルーナ嬢には諦めてもらおうか」
「なんてひどいことを言うんだ、ヴィント。父上との交渉は僕に任せてほしい。安心しろ、絶対に説得してみせる。妹の幸せのために!」
「うん、がんばってね。あ、ちなみになんだけど――」
ヴィントは交渉のコツや、ノルド侯爵の弱点などをセイルドに耳打ちしていた。
カノラは思った。嫡男勢がそろうと話が早くていいな、と。
悩んでしまったルーナ回はこちら↓
https://ncode.syosetu.com/n4481iv/59




