No.73 僕だけのお姫様でいて
部屋に置かれた調度品に朝日が反射する。その光で、カノラは目覚めた。
「なんか、昨日のことが夢みたい……」
昨夜、今までのすれ違いを埋めるように何度もキスをしていた二人だったが、いよいよ深くなってきてしまい、ヴィントの手の位置が危うくなり、このままでは深みのある夜になってしまいそうだったので、その手前で離れがたくも元の客室に戻った。
そのときすでに夜中の零時を回っていたので、昨夜は大人しくスノライン侯爵家に泊まらせてもらうことに。
夢のような一夜を過ごし、ベッドから起き上がると、そのタイミングで侍女から朝食の時間を告げられる。
またも流されるように身支度を整えられ、やたら可愛らしいワンピースでダイニングへと向かう。
その途中、迎えにきてくれたヴィントと鉢合わせ。目が合うと、彼は頬を緩める。ゆるんゆるんの顔で、愛おしそうにカノラを見つめてくる。
現実の彼が、昨夜の出来事は夢ではないと教えてくれる。きっと、夢なんてもう二度と見させてもらえないのだろう。彼の見せる現実の方が、ずっと甘い。
「おはよう、カノ」
「ヴィンくん、おは……んんっ!?」
ヴィントの後ろには侍従ランタ、カノラの後ろには数人の侍女たち。オーディエンスの目の前にもかかわらず、ヴィントはおはようのキスをかましてくる。朝にしては割と長めだ。秘密を抱えすぎた反動か、逆にフルオープン。
さすがに恥ずかしくて文句を言おうと思ったが、彼の耳が赤くて……なにも言えなくなってしまった。赤って、こんなに可愛い色だったかな。
侯爵坊ちゃまの御乱心に、侍女たちは真顔で静かに大騒ぎ。ランタなんて真っ青を通り越して緑色になっている。
「朝食をとったら、スプリング家に送っていくね」
ヴィントはそこまで言って、そうだ、と振り返る。
「ランタ、午前中の予定を夜に変更できる? ダンと少し話したいから」
「できます! が、しかし! その前に私と話しましょう! いろいろと確認したいことができてしまいました。今、この瞬間に!」
「今更? 薄々気付いてて、俺で遊んでたくせに~?」
ヴィントは、あははと笑って取り合わなかった。なんか良い朝だな、とカノラも笑ってしまった。
「よお、外泊デビューおめ!」
スプリング家に到着すると、ダンテが意気揚々と絡んでくる。今まで外泊常習者は自分だけだったせいか、味方が増えたことで嬉々としているのだろう。
「もう、お兄ちゃんったら。お父さんとお母さんは?」
「朝早くにでかけた。品評会のことで、やることが盛りだくさんらしーぜ」
「外泊のこと、なにか言ってた……?」
恐る恐る尋ねてみると、ダンテは渋い顔をする。
「カノラはずりーよなぁ。ヴィンからちょっと連絡が入っただけで、親父もおふくろも何もいわねーんだもん。『ヴィント君と一緒にいるなら安心だな』『そうね、あなた』で終わり。オレのときと大違い。ずるすぎるーー!」
「普段の行いが悪すぎるのよ」
そんな談笑をしながら、三人はダンテの部屋に移動し、きっちりと扉を閉めた。
「そう言えば、ルーナ嬢はいないんだっけ?」
座ってすぐにヴィントが尋ねると、ダンテは「あー……」と言って、斜め上を見る。
「セイルドがこっちにいる間は、同じホテルに泊まるってさ」
「ちょうどよかった。シンスおじさんは【幻の五番】の鑑定状況について、なにか言ってた?」
「いんや」ダンテは首を振る。
「さりげなく聞いてみたけど、なんも。ただ、今日は美術館の展示スペースを相談するっつー話をしてたから、ヴィンかフークリンか、どっちかの絵が五番として飾られるっぽい」
明後日、絵画品評会の最終審査日を迎え、勝敗が決する。
「ルーナ嬢――『ルナちゃん』のところにフークリンから手紙は来てる?」
ダンテは頷いて立ち上がり、鍵付きの引き出しから何かを取り出した。
「予定通り、明日にはセントステイト王国に入国するってさ。ほれ、一昨日きた手紙」
ダンテは開封済みの手紙をテーブルの上にぽいっと投げる。なんかしわくちゃになっている。証拠の一つになるかもしれないのだから、もっと丁重に扱いなさいよ、とカノラは眉を寄せる。
しわくちゃに慣れてるのか、ヴィントは気にも留めずに手紙を読み進める。
「うわぁ……ベタ惚れだね」
「オレのおかげ。ちょろいもんよ」
「ダンはちょろい男の気持ちがわかるもんね。よーし、ハーベス伯爵にフークリンの動向を伝えておくね」
ハーベス伯爵。その単語でカノラの頭にぽんと浮かぶ、黒髪の男。
「あ、フォル様の父親――いえ、なんでもないです」
ヴィントの眉がぴくりと動いたので、カノラは口を閉ざした。禁句だった。愛が重い。
「そうだよ」ヴィントは少し口先を尖らせる。
「ハーベス伯爵は芸術品関連の犯罪を一手に担う騎士団隊長だからね。フォルくんに紹介してもらって、協力要請をしたんだ」
俺の贋作については内緒だけどね、と彼は斜め上を見る。
「今のところ証拠はないけれど、要注意人物として注視してもらえることになったよ。持つべきものは便利なクマノミだよね」
あらら、悪~い笑顔。権力の使用方法を知り尽くしている。
「フークリンが入国した段階で、騎士に張り付いてもらう。絶対に逃がさない」
いつからフォル・ハーベスの父親を使おうと決めていたのか。きっとフークリンと契約書を交わすときには、その腹積もりがあったのだろう。
「あ、もうこんな時間か。このあと予定があるから行かないと」
ヴィントは時計を見て立ち上がった。ランチは一緒にできないらしい。
「お務めですか?」
「これから王城で陛下に拝謁して、次に王弟一家との昼餐……」
「へ~、いいですね。昔、おじい様が王城のエビ料理に感動したって言ってましたよ。エビが出るといいね」
「憎らしいほどにのん気だね」
ヴィントは嬉しそうにカノラの髪を撫でる。ただの茶髪なのに、まるではちみつをかけられているかのように甘い瞳を向けられる。
「王城の海老料理、カノもそのうち食べられるよ」
彼に手を取られ、そこに口づけを落とされる。僕だけのお姫様でいてね、と伝えるように。
「明後日は空けてあるから、一緒に美術館にいこう」
「うん、待ってる」
カノラが微笑むと、そこでやはりヴィントの顔が近付いてくる。手では飽き足りず、今度は唇に軽くキスをかまされる。隣には兄がいる。
「って、ちょっと待てーい! なんだその甘い感じは! 急すぎて受け入れらんねーぞ!」
ダンテは二人を交互に見る。
「まじか? おまえら、まじ? これ、まじのやつ?」
「マジのやつ。末永くよろしくね」
「……まじかよ義弟」
受け入れるのが早い。
ダンテの前でも何のその。もう一度いってきますのキスをして、ヴィントは少し赤い耳のまま侯爵業に戻っていった。甘い。




