表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/84

No.65 最低な夜に灯れば


 スノライン侯爵家の夜会まで、あと少し。


 夜遅く、ダンテはスプリング家のダイニングで一枚の紙を見ていた。


 夜会に呼べないという、ヴィントからの手紙だ。爵位披露のレセプションなんてどうでもいいが。


「ったく、なにやってんだか」


 ダンテにとって、ヴィントの色恋沙汰は道しるべだ。彼と出会って、丸三年。なんだかんだ――いや、めちゃくちゃ世話になっているし、どうにか幸せになってもらいたい。


 ルーナ・ノルドとの婚約も、正直に言うと、初めは度肝を抜かれた。それでもヴィント本人が受容しているなら、激烈応援スタイルを貫く予定だった。


 ところが、婚約は白紙――。

 本当に怖い。


「わけわかんねーよ」


 スプリング家のダイニングテーブルに突っ伏して、ダダをこねるようにバタバタしてみる。


 ヴィントはカノラにベタ惚れだったはずだ。あんなに分かりにくいのに分かりやすい男、なかなかいない。ダンテから見ればデレデレだった。


 ところが、あれよあれよという間に形勢逆転。今ではカノラが必死に追いかける立場だ。


 ヴィントがカノラを避けている理由なんて、ダンテは知らない。興味もない。だが、避けているならそれが答えだ。


 毎日、妹の頑張りを見せられているが、それでも胸は痛まない。招待客から除外されたことに文句一つ言わないのは――ヴィントの味方だからだ。


「最低だなぁ、相棒」


 ダンテは手紙を指で弾いた。


 時計の針がくるりと一周したところで、そろそろ寝るかと立ち上がる。

 ところが、もう寝静まっている時間帯だというのに窓の外にぽつりと灯りが揺れているのに気付く。


 暗闇に浮かぶ、丸い光。画廊の灯りだ。


「消し忘れかよ。ったく、めんどくせぇなぁ」


 もし火事にでもなったら……たしか、今はアノニマスの作品を飾っているはずだ。旬と客を見極め、父親が都度画廊の絵画を選んでいる。


 ダンテは舌打ちを百回ほどしながら屋敷を出た。ちっちっち。



「って、起きてんじゃねーか」

「ダンテ様!? どうなさいました?」


 手持ちの鍵で画廊の扉を開けると、そこにはルーナがいた。寝着のまま、なにやら書き物をしている。


「灯り。付けっぱかと思った。こんな時間になにやってんだよ」

「わたくしの心配をしてくださったんですか?」

「火事の心配だバーカ」


 彼女はふふっと笑う。

 そこでルーナは自分が寝間着姿であることを思い出したようで、羽織っていたガウンの合わせを深く重ねる。


 おまえの寝着に興味ねぇよ、と言おうとしたが、彼女の書いていた文面が目に入って言葉をのみこむ。


「は? 『お慕いしております』? なんだこれ」

「お手紙です。困ったことに、文面が定まらなくて」


 そこまで言って、彼女はぱっと顔を明るくする。


「ぜひ、ご意見をお聞かせ願えますか? 男性の気持ちを惹きつけるような文言、ダンテ様なら思いつきますでしょう?」


 彼女は少し俯いて、華奢な指を頬に当てる。たった一つしか灯っていないろうそくの火が、それを照らした。

 

 床に落とされた一人分の影を見て、ふと気付く。

 夜の画廊を訪れるのは初めてだ。もう十九年間、ここで暮らしているのに。いつも客で賑わう画廊ならではの、寂寞とした空気。


 飾られているアノニマスの作品に視線を向けると、今に限って、人物画ではなく風景画ばかりだ。


「あーもー! めんどくせーな。添削してやるから見せてみろ」


 偉そうにふんぞり返って隣に座る。ろうそくに照らされた影が二つに増えて、少し揺れた。

 

 手紙を見ると、そこには甘い言葉がデレデレと垂れ流されている。


「おまえ、好きな男いたのかよ?」

「え!?」


 顔を赤らめてもじもじとするルーナ。以前の彼女には見られなかった反応だ。どうやら自由恋愛を嗜むようになったらしい。誠にめでたい。


 ダンテは、ふーっと息を吐いてから手紙を読み進めていく。読めば読むほど吐きそうだ。


「っかー! 無理! 甘すぎて無理!」

「そうですか? ですが、これくらいでなければ、フークリンをつなぎ止めることは難しいかと」

「は? ふーくりん?」


 彼女はキリッとした目で頷く。仕事人の目だ。


「ええ。高頻度でフークリンと愛の言葉を囁き合う仲にまで発展しているのです」

「まじか。まだ続いてたのかよ」


 彼女は嬉々として、これまでの手紙のやり取りを見せてくる。フークリンは愛を囁きまくっていた。チャラい。


「チャラい。それでヤツはどんな感じ?」

「少し前の手紙では、まだしばらくノーザランド内に留まる予定だと書かれていました。ですが、お兄様の調査では所在不明。――それから、もう一つ重要な証言があります」


 ルーナは違う手紙を開いて見せる。


 そこには小さな挿し絵が入っていて、二羽の可愛らしい鳥がくちばしをくっつけている様子が描かれている。絵が上手くて引く。


 ダンテはそれを指先でつまんで読んだ。


『近々、セントステイト王国で大きな仕事が入ってるから、ルナちゃんのために稼いでくるね。いっぱいご馳走するし、たくさんプレゼントも買ってあげるね!』


「気持ち悪ぃやつだな」

「大きな仕事とは、絵画品評会のことだと思われます。我がノルド家から支払われる【橋の絵】の代金で、わたくしに贈り物をするつもりのようです」

「はっ! 勝つ気満々じゃねぇか」


 橋の絵の代金をルナちゃんが回収するわけだ。経済循環ってすごい。


「お兄様のお話ですと、今回は異例中の異例。出品者(ノルド)にも品評会の状況は報告されず、結果は公の場――最終審査日に美術館で発表されるそうです。前日まで議論がされる見込みだと。ダンテ様は何かご存知でしょうか?」


 最終審査日は、スノライン侯爵家で開かれる夜会の三日後だ。


 ダンテは窓の外に浮かぶ月の満ち欠けを見て、もうすぐだなと言った。


「親父から聞いた話だと、品評会はめっちゃ混戦してるらしい。先月の時点でノーザランドの役員はお手上げ状態。二枚の幻の五番はセントステイト王国に送られて、こっちの先鋭で鑑定中」


 さすがは芸術大国だ。

 最終審査日、セントステイト王立美術館に展示されているかどうか。それで結果がわかる、ということだ。


 審査日に合わせて、フークリンもこちらに来るつもりなのだろう。しかし、ルーナは、本当に来ればいいのですが、と弱々しく言った。


「わたくし、不安ですの。ヴィント様は三枚のアゼイを守り神だとおっしゃってくださいましたが……」


 そこで、書きかけの手紙をぐしゃりと掴む。


「わたくしが書く手紙の一枚、選んだ言葉の一つ一つ、それらに効力がなくなったら……捕まえる手立てを失いかねない。想像すると、怖いのです……」


「なんだその根拠のねぇ想像は。ネガティブかよ」


 優しくない男。少しくらい慰めてくれてもいいでしょうに。そう言いたげに、ルーナは頬を膨らませる。


「フークリンは自分が勝つと思ってるんだから、逃げるわけねぇじゃん」

「根拠に乏しいですわね」

「ぁあ? ほんっとーに可愛くねーな」

「生まれて初めて言われました。まだ伸びしろがございますのね。ご指摘に感謝申し上げます」

「っかー! マジで腹立つー!」


 ダンテは赤髪をぐしゃぐしゃと乱し、彼女を睨みつける。


「逃がさないことばっか考えてるから不安になるんだろーが。別に逃げられたっていーじゃねーか!


 オレが――何度だってヤツを見つけてやるよ!」


 ルーナはぽかんと口を開けていた。

 五拍ほどの沈黙のあと、彼女はぶふっと吹き出す。顔をくしゃくしゃにして、緩くなったガウンの合わせもそのまま、お腹を抱えて笑う。


 こんな風に無邪気に笑う姿を見るのは初めてで、ダンテは思わずまじまじと見てしまう。苛つくほど絵になる女だな、と思った。


「ふふっ、もうダンテ様って本当に……ふふっ、やだもう止まらない。ごめんなさい」

「笑いすぎじゃね?」


 ダンテは腕を組んで胸の当たりを押しつぶす。あぁ、嫌だ。ルーナ・ノルドと話すたびに、嫌気が差す。


 まるで――呪いみたいだなって。


「いつまでも笑ってんなよ。さっさと手紙を終わらせるぞ。『次に会うときには二人きりになりたいです』とか書いとけ。なるべくエロ気で惹きつけろ」

「ふふっ、色気ですわね」

「そー。わかりやすいし、男は期待しちゃう。中毒性もある」

「勉強になります」


 くだらない内容なのに、真面目にペンを走らせる彼女。夜は気温が低いせいか、やたら音が響いた。


「……っつーか、ここ寒くね?」

「もう春ですもの。そこまで寒さは感じませんが」

「肌感覚バグってんな」


 確かめるために、ダンテはペンを持つ彼女の手を取り上げる。指先を絡めてみると、やっぱり冷たい。


「ダンテ様……!?」

「冷たっ。明日から屋敷で寝た方がいーんじゃね? 空いてる部屋あるし」

「え? ご家族以外は立ち入り禁止なのでは……?」


 まあ、そうなのだが。


「真面目かよ。あー、ダイニングだけは絶対に入るなよ? それ以外なら別にいーから」

「ですが……」

「ウルセーバーカ」


 彼女はまた少し頬を膨らませてから、堪えきれない様子でそれを緩める。頬は桃色に染まり、艶のある唇は赤みを増していく。


 まるで月を眺めるように、ダンテは彼女を見つめる。ペンを走らせる指先から、金髪の髪の先までじっくりと。


 あぁ、やっぱりダメだ。ここまでだ。

 ダンテはため息をついて、区切りをつけた。


「……なぁ、おまえの好きな男って、オレだったりする?」


 手紙に落とされていた彼女の視線が、こちらに向けられる。黒い瞳が大きく揺れた。一瞬で耳の先まで赤くなった顔を見て、ダンテは眉をひそめる。


「え、あの……なぜそう思われたのですか?」

「なんとなく」


 彼女は視線を右に左に動かして、それからキュッと唇を結んだ。


「ダンテ様を、お慕いしております。あなたに会いたくて――ここに来ました」

「そうなんだ?」


 ダンテは立ち上がる。椅子の音が、がらんとした画廊に響いた。


 一歩一歩ゆっくりと、扉に向かって歩く。ポケットの中でカチャカチャと鳴る鍵の音に、ひどく急かされる。


 ルーナは少し震える声で「ダンテ様?」と名前を呼んだ。返事をせずに重い扉を開くと、生温い空気が吹き込んでくる。


「はっきり言っておく。おまえとはそういう関係になれない」

「え……?」

「ろうそく、ちゃんと消しとけよ?」 


 画廊の扉が閉まる直前に見えたのは、泣き出しそうな彼女の横顔だった。


「最低だよなぁ、相棒」


 そう呟いて、夜空に浮かぶ月を睨んだ。



 そうして、月は満ちていき、とうとう夜会当日を迎える。

 星の瞬く夜。麗しい侯爵閣下に祝いの言葉を捧げようと、多くの貴族が集まろうとしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ