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No.64 鏡に映る、瞳に映る


「カノラさん、違います」

「はい! 先生、こうですか?」

「リズム感は至高の領域なのですが、関節の動きが不格好です。こうですわ」

「わぁ、すごい人外ですね!」


 ルーナは真顔だった。誉めたつもりなのに、とても難しい。


 正直、彼女の課す特訓は厳しかった。高いヒールのせいで、足は傷だらけ。理想が遠くて目眩がする。


 でも――鏡に映る自分は、彼の瞳に映る自分になる。そう思ったら、足は軽くなった。


 自慢にもならない茶色の髪を宝物のように扱うことも覚えたし、ドレスを選ぶのも楽しくなった。

 迷いに迷って、お花畑みたいな春色のドレスを選んだ。以前、ヴィントが『ふわふわしたお花畑みたいなドレスの方が似合う』と言っていたのを思い出す。


 しかし、仕立てたドレスを着てみると、想像していた自分よりも味気ない。「あぁ所作だ~」とうなだれて、振り出しに戻る。特訓、特訓。


 毎日、"楽しい"と"苦しい"が、交互にやってくる。

 『大切なものを捨てないで』と、彼に啖呵を切るのだから、ヴァイオリンの練習も手を抜かなかった。身体が三つあっても足りないくらいの目まぐるしい日々。


 でも、たった数分でもいいから――彼に会えるのを楽しみにして、目の前のことを全力で頑張った。



 しかし、夜会の三週間前。

 待てど暮らせど、スプリング家宛ての招待状が届かないことに気づく。


 おほほ、焦らなくてもよろしくてよ、とカノラは微笑む。彼の唯一無二の親友を実兄に持っているのだ。生まれて初めて兄妹でよかったと思えた。


「招待状? オレのとこには来てねーけど」


 すぐに砕け散った。


「そんなわけないじゃない。セイルド様のところには招待状が届いたって」

「ええ。お兄様のパートナーとして、わたくしも出席するとお返事をしてありますわ」


 ダンテの肩を揺さぶり、思い出せと赤い頭に訴える。


「思い出すも何も……あ、思い出した。そういやヴィンから封筒が届いてたかも」

「なんとも憎らしい」


 この世で一番ヴィントからの手紙を欲しているのはカノラなのに、開封すらしない人間のところに届くだなんて。


 ダンテが手紙をあけると、ぺらりと一枚の紙が出てくる。


「これ招待状じゃねーな。えーっと、『ダン、ごめんね。諸事情により招待客から外させてもらったよ。また別でお祝いしてよね。ヴィントより』だってさ。ウケる」


「嘘でしょ!? そこまでする!?」


 諸事情とはカノラのことに違いない。ダンテごと切ったわけだ。


「あの回避魔め……」


 銀髪をふぁさぁとなびかせ、嘲笑う彼が目に浮かぶ。そんなポーズ、見たことないけど。


「負けられない。こうなったらお父さんにお願いして連れて行ってもらう」


「親父が出席できるわけねーだろ」ダンテが水を差す。

「絵画品評会の方で招集されちまって、今すんげぇ騒ぎになってるってさ。五番の鑑定だ。結果が出るのは、その夜会とやらの三日後。それまで立て込んでるからムリムリ」


「ぐうの音も出ないわね」


 絵画品評会をすんげぇ騒ぎにしてシンス・スプリングを立て込ませているのは、アゼイの幻の五番を二枚も出してしまったカノラたちのせいだ。文句は言えなかった。


「では、お兄様のパートナーとして出席するというのはいかがでしょうか? わたくしは大丈夫ですので」

「セイルド様ですか……うーん」


 これ幸いと外堀を埋めてきそうで怖い。


「他に招待状をお持ちの男性に心当たりはございませんか?」

「……なんとかなると思います」


 幸いなことに、長い春休みを終えて、この翌日からセントステイト王立学園が始まる。ここで相手を見つけられるかもしれない。

 というのも、異性の情報収集能力に長けている友達がいるからだ。



「リエータさん、お久しぶりです! フォル様もお元気そうで」


 ヴィントたちが卒業し、繰り上がりでカノラたちが三学年。最終学年として、久しぶりに友人たちと再会する。


 カノラの初恋相手であるフォル・ハーベスと、その婚約者にして金の亡者であるリエータ・サンライトだ。


「カノラ嬢、お久しぶりですね」

「カノラさんったら、少し見ない間にキレイになったんじゃない? 所作も高位令嬢っぽいし、髪もつやつやだし。どーしちゃったのよ?」


 リエータは値踏みをするように目を細める。

 ルーナの特訓のおかげだろう。恋をすると女の子は可愛くなるというけれど、なにもせずに可愛くなるわけがない。エネルギー保存の法則だ。


 カノラは少し胸を張って、隣に立つルーナを紹介する。すると、即座にリエータの目が見開かれる。


「ノルド……ノルド侯爵家!? あのセイルド・ノルド様のご令妹ということですよね!? たしかに、よく似てらっしゃるぅ……」

 

 リエータは金持ちオーラにやられた。ぎらりと光る彼女の瞳。


「リエータ嬢、悪い癖が出ていますよ。まったく油断も隙もないな」フォルは呆れ顔だ。


「あら、あたしはまだ玉の輿を諦めてないからね。結局ダンテ様とはデート止まりで終わっちゃったし、ヴィント様は見向きもしてくれなかったし。あれだけ頑張っても収穫ゼロなんて最悪よ」


 ダンテの名前が出たところで、ルーナが一瞬だけ真顔になる。リエータとダンテの間に何かあったわけではないが、なにもなかったわけでもない。

 

 話がこじれる前に、カノラはカフェテラスに場所を移動した。そこでヴィントとの状況をやんわりと話すと、リエータから軽く小突かれてしまった。


「は~、やっぱりね。だから言ったのよ、ヴィント様となにかあるんじゃないのって。圧倒的に仲良かったしね」


 自覚はなかったんだけどなぁ、とカノラは苦笑い。

 

「それで、カノラ嬢は夜会に出席したい、と。たしか三週間後ですよね?」


 フォルは壁にかけられたカレンダーに目をやる。


「もしかして、フォル様も招待されているんですか?」

「ええ。先日、ヴィント先輩にお会いする機会があって。僕の父親に頼み事があるから顔繋ぎをしてほしいと言われたんです」


「フォル様のお父様……? あ、騎士団の!」


 フォルの父親といえば、芸術品に関する詐欺犯罪を管轄している騎士団の隊長だ。ヴィントの頼み事とは、フークリン絡みのことかもしれない。


「僕は退室させられていたので詳しくはわかりませんが、そのときハーベス伯爵家宛てに招待状をいただいたんです。当主代理としてリエータ嬢と出席することになったので、当日の協力は惜しみませんよ」


「ありがとうございます!」


 どんどん味方が増えていく。一見するとカノラの味方に思えるが、彼らはヴィントの味方でもある。彼をひとりぼっちにさせてなるものかと、カノラは手をぎゅっと握りしめた。


 その手をリエータは見ていたのだろう。彼女は突拍子もないことを言い出す。


「……ねえ、思ったんだけど、フォル・ハーベスと一緒にいけばいいんじゃない?」


 三拍ほど間を置いて、フォルが「は?」と間の抜けた声を出す。


「リエータ嬢、なにを言っているんですか。婚約者がいながら、公式の場で他の女性をエスコートするなんてできません。僕はあなたと――」

「フォルは黙ってて」

「……(黙)」


 リエータは腰に手を当てる。


「だって、あと三週間しかないのよ? まだパートナーが決まっていない男なんて数えられるほどしかいない。しかも、他の男に惚れてる女を連れていくお人好し男? いるわけないじゃない」


 リエータの目がぎょろりと開かれる。


「いい? 急いでいるときは、新しい男を探すよりも既存の男で見繕う。それが人生のセオリーよ」

「すごいこと言うね」


 そんなセオリーは聞いたことがない。カノラは引いた。


「でも、さすがに申し訳ないから遠慮します……」

「カノラさん、あなた舐めてるわね? 申し訳ないからって身を引く程度のガッツで、玉の輿が掴めるわけないでしょーが!」


 掴みたいのはヴィントの心であって、玉の輿ではない。リエータは目的を見失っていた。

 しかし、そこで冷静沈着なルーナが謎にカットイン。


「それは名案かもしれません」


 ルーナの目もぎらりと光る。二人とも眼力がすごい。


「ダンテ様には招待状を出さなかったのに、カノラさんのご友人であるにもかかわらず、ハーベス伯爵家には招待状を出した。ヴィント様は『二人が一緒にくることは絶対にない』と判断しているのでしょう。その油断を利用しない手はありませんわね」

「突然、頭脳戦になってません?」


 これは戦争だろうか。でも――恋は戦争だ。


 カノラはヴィントに守られたいわけじゃない。

 彼が仕掛けてきた賭け――"夜会突破"。これくらい勝てなくてどうする。余裕たっぷりで彼の前に姿を現し、悔しいと思わせたいじゃないか。


 彼がすべてを一人で抱えて生きようとするのなら、逆にカノラは周囲を巻き込んでやる。使えるものを全て使って、ひとりぼっちの彼に勝ってみせる。


「そうよね……わたし、本気だもの。やってやりましょう! フォル様、ありがとうございます!」

「よっしゃー! それでこそ五位の妹! 目指せ二位の嫁!」

「カノラさん、素敵ですわ。さすがアゼイの系譜!」


 やいのやいのと盛り上がる女性陣。

 ほとんど発言しないうちにパートナーが交代することになってしまったフォル。彼だけが置いてけぼりだった。ぽつーん。

 



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