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No.63 恋は戦い


 

 卒業式の直後、カノラはルーナに手紙を送っていた。それが来訪のきっかけになったらしい。


 話したいことは山ほどあるので、これ幸いとスプリング家の画廊に招き入れる。だが、彼女はただ慰めに来てくれたわけではなかった。


「婚約が白紙に!?」

「はい。それをお伝えしたくて参りましたの」


「なんでそんなことに……」そこまで言って、はたと気付く。

「え、もしかしてわたしのせいですか!?」


 ルーナは首を横に振り、憂いを帯びた金髪を軽く撫でた。


「お断りをしたのは……ノルド侯爵家の方です。お父様には()()がありましたので、わたくしの我が儘を聞いていただく形で反故にしてもらいました」


 貸しというのは、ルーナが大切にしていたアゼイの絵をフークリンに勝手に渡したことだろう。世の中、貸しだの借りだの大変だ。


「ルーナさんから白紙に? もしや、そんなにヴィンくんのことを嫌ってらっしゃる……と?」


 好きな人がモテるのはイヤだが、嫌われているのもなんかちょっとイヤだ。

 でも、ヴィントが女性から嫌われる要素なんて……まあ、なくはないか。わりと性格悪いし、大切な話ははぐらかすし、素っ気ないし。カノラは白いテーブルクロスを指先で叩いて、心の中で悪態をつく。


「いえ、ヴィント様のような素敵な男性を嫌うだなんてありえませんわ。あの方に問題などございません」


 性格に問題ありますけどね、とカノラはさり気ない相づちを打つ。


「心の広い方ですもの。縁談のお断りを申し出ても、淡々と承諾していただきました。ですが――」ルーナは少し目を細める。

「思えば、わたくしからお断りするのを待っていたかのような……いつそうなっても構わない、という雰囲気があったかもしれません」


 セイルドも同じようなことを言っていたな、と思い出す。

 

「ですから、婚約白紙は――わたくしに問題があったのです」


 珍しく歯切れが悪いルーナ。これはなにかありそうだ。二人きりなのに、隅っこに固まってこそこそしてみる。彼女はぽつりと言葉を落とした。


「お慕いする方が、できてしまいました」


 恋を知りたいと願っていたご令嬢が、とうとう恋を知ったのだ。


「え! おめでとうございます。お相手に婚約の申込みはされたんですか? あ~、いいなぁ。幸せの予感!」


 そんな浮かれたことを言うと、ルーナは顔を暗くし、頬に手を当てる。金髪もしんなり……。


「婚約の申込みなど、とてもできません。わたくし、嫌われておりますので」

「え、ルーナさんが?」カノラは大きく首を傾げる。

「勘違いかもしれませんし、すぐに諦めるのはもったいないですよ。お相手に決められた婚約者がいるならまだしも……」


 決められた仮婚約者がいても諦めなかった女が物を言う。しかし、ルーナは首を振った。


「努力をしたところで無駄ですもの。勝算はゼロ。引き際は心得ております」


 たしかに勝算がないのに頑張るのはつらいものだ。フォルに恋をしていた秋の日を思い出して、深く頷いてしまう。

 もっと早く――例えば、あの秋の日に、カノラがヴィントに振り向いていれば頑張らなくても上手くいったかもしれないのに。


「あぁ……後悔。もっと勝算を感じ取りたかった……! 勝算がなければ恋を頑張らなくて済んだし、勝算があれば恋を頑張らなくても良かったはずなのに……んん?」


 なんかこんがらがってきたぞ。カノラは首を傾げるが、ルーナは大きく目を見開く。


「たしかに……勝算で是非を決めるなら、どのみち努力をすることはないのですね」


 彼女の細い肩が少し上がった。遠路はるばるスプリング家を訪れたのは、誰かに背中を押してもらいたかったのかもしれない。

 ヴィントが何度も押してくれた背中。無茶苦茶な押し方を思い出して、カノラは笑ってしまった。


「でも、ルーナさんは大丈夫だと思います! 立場も容姿も性格も、嫌われる要素が何一つないもの。ルーナさんを嫌う男性なんて――あ、うちの兄くらいかな? 他にいないですよ、ありえないです」


 カノラの発言を聞いて、ルーナはどでかいため息をつく。はーーーあ、と聞いたこともない深度だ。


「本当にありえません。毎夜、頭を抱えております。――求めてもらえない人に求められたいだなんて、非合理ですもの」


「え」


 そこで画廊の扉が開く。勢いが良すぎて、二人は肩を跳ね上げた。


「まじか。ホントにいるじゃねーか」

 

 ノックもなく入ってきた赤髪男は、ルーナの存在を確認するなりノー挨拶で目をつり上げる。

 それに相反して、彼女の黒い瞳が輝き出した。金髪は月明かりのように上品に艶めく。


「あ、あの……お久しぶりです。ダンテ様」

「なにしに来たんだよ」

「それは、カノラさんの応援のために――」


 そこでルーナは言葉をのみ込んだ。なにかを吸い上げるように、ダンテをじっと見つめる。


「な、なんだよ。なんか文句あんのかよ?」

「……いえ、本当は私利私欲。自分自身のためにここに来たのです」


 そして、その視線はカノラへと向けられた。にこりと笑って、肩に手を添えられる。


「ところで、カノラさんには”ノルド侯爵令嬢”が必要なのではないでしょうか?」

「え、なんでわかるんですか?」


 カノラはそのつもりだった。ここに留まって、令嬢としての立ち振る舞いなどを教えてほしい、と。


「……カノラさんからいただいたお手紙です。あなたは、まったく彼を諦めていない。それが文面から伝わり、眩しくて……うらやましかったのでしょうね」


 ルーナはふふっと笑って、口を結んだ。


「ですが、カノラさん。事態は猶予を許しません。わたくしが婚約を辞退したことで、ヴィント様は新しく婚約者を立てることになるかと」


 そういえば、侍従ランタがそんなことを言っていたような。兄ならなにか聞いているかもしれないと思って視線を向けると、口を大きく開けているダンテがいた。


「婚約辞退? そそそそれまじ?」


「――マジ、でしてよ?」


 ルーナは立ち上がり、腰に手を当てる。

 

「わたくし、スプリング家に居候させていただきたく存じます」

「居候!?」


 手をあげて飛び跳ねるカノラ。絶望して床に手を着くダンテ。反応が真っ二つだ。


「ええ、元々は一週間程度を考えておりましたが、やるからには高みをめざしましょう。セントステイト王立学園に留学し、本格的に居を移します。すでにカノラ様のご両親にも事情をお伝えしてありますので、長期滞在への変更もきっとご了承していただけるかと。早速、お手紙をしたためましょう」

「仕事が早いですね」


 さすがヴィントの元仮婚約者。

 早口になればなるほど、ルーナの黒い瞳に輝きが増す。彼女は諦めることを、諦めたのだろう。


 カノラにとっては願ったり叶ったり。ルーナにとっても、想い人の実妹と友人関係でいられるのは一縷の望みのはず。クマノミとイソギンチャクだ。


「絶対、嫌だ! オレは許可しねーから!」

「お兄ちゃんの許可なんていらないんじゃないの?」

「うちの屋敷は家族以外立ち入り禁止だろーが」

「ぇえ? お兄ちゃんだって、初めてヴィンくんを連れてきたとき――」

「まじで黙れ」


 出た。兄の棚上げだ、とカノラは睨む。


「お嬢様はしっぽ巻いて帰れよ。ぞろぞろとお手伝いさんを連れてこられても敷地内には入れられねーから」


 スプリングお抱えの使用人ですら二名に絞られているくらいだ。


「ええ、わたくしは屋敷には立ち入りません。侍女も全て帰国させます。それがアゼイに対する敬意ですもの」


 画廊には一つだけ客室が用意されている。だが、侯爵令嬢が満足できるほどのクオリティではない。侍女もいない。それでも、彼女の瞳は陰らない。


「ほかにご不満はございますかしら?」

「……ウルセーバーカ」


 やっと顔を見なくて済むようになったのに、とぶつくさ文句を垂れながら、ダンテは出て行ってしまった。


「あ、ちょっとお兄ちゃん!」バタンと扉が閉まる。

「もう、本当に口が悪いんだから。ルーナさん、大丈夫ですか?」

「ええ、いつものことですから」


 いつものことですみません……とカノラは平謝り。


「わたくし、心に決めました。スプリング家の方々にはもちろんのこと、スノライン侯爵家の皆さまにも、お父様にも、たくさん迷惑をかけたのですから。勝算がないからといって、頑張らないわけにはいきませんものね?」


 彼女は恥ずかしそうに笑った。気品とは違う魅力。どこにでもいる女の子みたいな笑顔だった。


 と、思ったのも束の間。

 この翌日から、超スパルタご令嬢特訓が始まった。


 ”そのままでいてよ”――あの日、彼はそう言っていたけれど。恋はファイトだ。


 


 

 


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