表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/82

No.06 勉強をみて、君を見る



 さすがというか、やはりというか。ヴィントの作戦は抜群の効果があった。


 フォルとの間にあった壁は、急激に薄くなっている。ちょっと悔しいくらいだ。


 見返りとして差し出したアゼイの四連作【海水】がよほど効いているのか、ヴィントは次から次へと機会を与えてくれる。


 数日後の放課後、学園内にあるカフェテリア。


 カノラの目の前にあるのは、剣ダコだらけの猛々しい指だ。それは教本をいったりきたり、さまよっていた。


「えっと、二百年前の画家ドワルコフが好んで描いていたテーマは……うーん……?」


「あ、フォル様。そのページの真ん中です」カノラは指を差す。

「ドワルコフが描くテーマは心の一部。要するに、彼の心情を絵の中に描き込んでいたんです」


「なるほど。でも、それが分かったのは彼の死後、ずいぶん経ってからだった。そして――最近ではドワルコフの贋作を見破る際に、彼の心情が含まれているかを見るようになった」


 カノラは指で丸を作る。正解だ。


「ははっ、ありがとうございます。一学年の頃から芸術学の講義を取り続けているのですが、実は……性に合わなくて」

「騎士様も芸術の知識が必要になるのですか?」


 フォルは黒髪をかいた。


「我が家は少し特殊で……家督を継ぐ上で必要なんです。助かりました」


 カノラは受講者を思い浮かべるが、騎士科で芸術学を選択しているのはフォルだけだ。教えてもらおうにも当てがなく、困っていたのだろう。


 実は、カノラも芸術学が得意ではない。祖父は画家だが、カノラの所属は音楽科。ヴィントに解答を叩き込まれただけだ。


 今も心臓はバクバクと鳴っているが、カノラは進歩していた。

 初デートの沈黙は重すぎた。もう同じ轍は踏まない。夜寝る前も朝起きてからも、フォルと交わせる会話を考え続けた。その努力が実り、今日は自然と談笑ができている。


 不器用で失敗も多いけれど、一生懸命に頑張ることならできる。


「そう言えば、ヴィント先輩はどこに行ってしまったんでしょうね」


 フォルは眼鏡をあげながら周囲を見回す。


 こんな風に勉強デートができているのも、『芸術学が苦手ならカノラに教えてもらえばいいんじゃない?』というヴィントのナイスアシストがあったからだ。


 初めは三人で着席したが、途中でヴィントは席を外してしまった。たぶん二人きりにしてくれたのだと思う。


「えーっと、用事が長引いてるのかしら?」

「そうですかね、うーん」


 はぐらかされるのが得意なフォルであるが、今日は半信半疑な様子。なにやらソワソワと落ち着きがないし、先ほどから課題をやりながらも視線は散らかっている。


 不思議に思って彼の視線を追いかけ、すぐに理由が分かってしまった。


 ―― 彼女を探していたの……?


 カフェテリアの入口に、ローズブロンドの美女が立っていた。勉強道具を抱え、席を探しているようだ。


 彼女の名前は、リエータ・サンライト。フォルの想い人だ。


 カノラは入口に一番近い席に座っていたため、臨戦態勢を取る暇もなければ、敵前逃亡をする時間もなかった。


 たぶんカノラよりも先に、フォルは彼女を見つけていたのだろう。あ、と思ったときには、彼は声をかけていた。


「リエータ嬢! 奇遇ですね」


 彼の声色で心が壊される。


 聞いたこともない弾む声。

 眩しいほどの笑顔。

 こんな熱、カノラに向けられたことはない。


 もしかしたら心のどこかで期待していたのかもしれない。思わず逃げ出したくなった。


「……ハーベス伯爵令息、ご機嫌麗しゅうございます」


 だが、口上を述べるリエータの声はひどく冷たく、海よりも塩気が強い。カノラは三センチほど浮いてしまった逃げ腰を正して座り直し、二人のやりとりをうかがう。


「リエータ嬢も芸術学の課題ですか? 先週から同じ講義を取っていますよね」

「ええ、まあ……」

「ご一緒にどうですか? こちらは二学年のスプリング子爵令嬢。芸術学にお詳しいんです」


「え? スプリング子爵家の……?」リエータの目が見開かれる。

「ご令妹にお会いできるとは思いませんでした。光栄です」


 彼女の声色は和らいでいた。丁寧な挨拶まで頂戴し、カノラも慌てて自己紹介を済ませる。かなり友好的だ。


 こうもあからさまだと、どんなに鈍くても確信してしまう。これ、フォルは盛大に嫌われてるな……って。


「ぜひ同席させてくださいませ。ハーベス伯爵令息とスプリング子爵令嬢のお二人は、仲の良いご友人関係でいらっしゃるのですね」


「あの、リエータ嬢」フォルは頬をかく。

「誤解のないように申し上げますが、勉強会は二人だけでなく、もう一人います。今は席を外してますが……あ、戻ってきましたね」


 フォルが手を振る方向には、ヴィントの姿があった。牛乳を三瓶も抱えているし、勉強道具なんて一つも持っていない。天才画家である彼にとって、芸術学の教科書など不要なのだろう。


 カノラは必死の形相でリエータの存在をアピールする。


 ―― 敵襲、敵襲、ヘルプです!


 アイコンタクトがド下手だが伝わってはいるらしい。ヴィントはヒラヒラと手を振り返してくるだけだったが。不安だ。


「お待たせ。どう? 課題は終わりそう?」

「先輩!」


 ヴィントを呼びながら、眼力を強くするフォル。こちらもアイコンタクトらしきものを放っている様子。ヴィントは、にこりと笑うだけ。


 普通なら板挟みと呼ぶべき状況だが、ヴィント・スノラインにとっては一石二鳥とか漁夫の利みたいな言葉に取って代わるのだろう。メンタルは無重力だ。


 ダブルブッキング上等。敏腕キューピッドのヴィントは、二人分の期待を背負う。さも、今気付きました~みたいな軽いノリでリエータに話しかけるのだ。


「こんにちは、勉強会に参加する子かな?」

「あ、あの……その、わたくし、リエータ・サンライトと申します……!」


 カノラはすぐに気づいた。先ほどまで冷淡だったリエータの瞳は潤み、頬は桃色に染まっている。こんな熱、どんなに鈍感な人間だってわかってしまうはずだ。


 ―― え……まさか、こんなことって……


 ゆっくりと視線を向ければ、真っ青な顔をしているフォルがいた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ