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No.57 この甘さは砂糖のせいだ


「これは……暴力的な甘さですね。セイルド様、美味しすぎます」

「ははっ、そうでしょう? こちらのケーキもお勧めだよ」


 カノラたちのデート先は、ティーサロンだった。


 大きめの個室に所狭しと並べられたスイーツたち。

 ここで一口でも食べたらノルド侯爵家へのバージンロードが確約されてしまいそうで、大きく遠慮していたカノラだが、ぐいぐいと皿に盛られた結果、もぐもぐと食べてしまっている。

 これは砂糖のせいだし、圧倒的に生クリームが悪い。


「セイルド様はスイーツがお好きなんですか?」

「嫌いではないかな。……”元気がないときは甘いものを食べると良い”と、ルーナがいつも言っているから、参考にしてみたんだ」

「え? もしかして幻の五番のことで悩んでらっしゃる……?」


 彼はふわりと笑い、小さく首を振る。


「悩んでいるのは、貴女だよ。ヴィントを慕っているのだろう?」

「……っ!?」


 アクシデント発生。シラを切るにはカノラの瞬発力は足りないし、誤魔化そうにも口に頬張ったチョコクリームが邪魔だった。


「見ていればわかる。留学してきたときの貴女は、以前の貴女とは違った。ヴィントを見る目が明らかに変わっている。……それを、ルーナが気付いているかはわからないが」


 カノラはごくりと飲み込み、恐々と尋ねてみる。


「そんなに違いますか?」

「それだけ僕もあなたを見ている、ということだよ」

「お、恐れ入ります」


 食べかけのケーキをフォークで突っついて、どうにか気まずい空気を逃がしてみる。小姑よろしく、きっと釘を刺すために連れ出されたのだろう。


「あの……わたしはルーナさんのお邪魔をしようとは思ってません。だれかを不幸にしたいとも思えません」


 カノラは膝の上で手をぎゅっと握る。セイルドは殊更優しい声で「違うよ」と言った。


「僕はあなたの味方です。ヴィントを諦めてほしいなんて言わない。誰にも打ち明けられない感情を抱えるのは、ひどく心を傷つける。……話を聞くよ」


 セイルドはゆっくりとヴィントのことを聞き出してくる。いつから好きだったのか、どういうところが好きなのか。

 口に出せば、楽になるのかもしれない。でも、どうしてだかケーキを頬張ってごまかしてしまった。


「お気持ちはうれしいです。でも、セイルド様に話すほどのことではなくて……」

「僕では頼りない? 相談にも乗るし、ヴィントと上手くいくように協力も惜しまないつもりだ。彼にも恩を感じているしね」


 協力。その言葉で、ここに至るまでの道のりを思い出す。

 悲しいこともうれしいことも、すべて彼に聞いてもらってきた日々を。雪のように静かに降り積もった感情を。


 あの得難い時間を塗り替えるように、他の男性に同じことができるのだろうか。ひとかけらも、零したくなかった。心の宝箱にそっと入れたいくらいに。


 ―― きっと、おじい様はこういう気持ちだったのね


「一番好きなものは、描かない」


 カノラはぽつりと呟いた。


「カノラ嬢? どうしました?」

「ごめんなさい、セイルド様。たぶん今のわたしには協力も相談も必要ないんです。癒されたり、解決したいわけじゃない」


 そりゃあもう苦しい。ベッドに入れば彼のことを考えてしまうし、目が腫れないように泣くのが上手くなっちゃうくらい、とっても苦しいけれど。


「苦しいままでもいいんです。悲しいことも、苦しいことも、わたしが話をしたい人は――ヴィンくんだったから」


 諦めることも蓋をすることもできないから、全部含めてそのままの自分でいるしかない。彼を想い続ける苦しみと、それを消そうともがく苦しみは、きっと同じくらい辛いから。


「わたし、このままでいいんです」


 真っ直ぐに、前を向く。そこには大きな窓があって、カノラの視線の先で美しい雪が降り注いでいた。


 彼は目を見開く。口に手をやって、参ったな、と呟いた。


「アゼイの系譜はここにあり――貴女はとてもしなやかな強さを持っている。そう言われてしまっては、僕がやってあげられることはなにもないな」


 そして、苦笑いをして、大きく伸びをする。目の前にあった大きなクッキーをポイと口に投げ入れて、背筋を歪めて頬杖をついた……と思ったら、紅茶の一気飲み。正直、お行儀が悪い。


「突然、人が変わってません!?」

「はは、ノルド侯爵令息らしくない?」


 猫かぶりだったのかなと思ったが、そうではなさそう。


「今の僕は、ただのセイルドだ。そんな僕から、ひとつ応援をしてみよう」

「応援?」


 彼は、にやりと笑った。


「ヴィントとルーナの話。実はね、あれはノルド側が強く求めた婚約なんだ」

「そうなんですか? ……でも、スノライン家にとっても良い話なんですよね? 侯爵位になるためには、後ろ盾が必要なのかなーと」

「いや、後ろ盾は不要だろうね」


 彼は強く確信を持っている様子で、また一つクッキーを噛み砕いた。


「ここに来る前、スノライン領に寄ったと言っていたね。ヴィントの御賢母にはお会いした?」

「え? は、はい、ルミア王女殿下ですよね。優しくて、とっても素敵な方でした。領民から神様みたいに崇められていましたよ」


 セイルドは深く頷く。


「伯爵家に降嫁するなど、通常はありえないからだよ。殿下は御身体が弱く、跡継ぎを望むのは難しいと言われていたが、ヴィントの父親が殿下に惚れ込んで降嫁なさったと聞いている。僕の祖母と少し交流があってね。ヴィントを身ごもったとき、殿下はとても安堵していたそうだ」


 唐突に始まったスノライン家の話。ヴィントの父親にも会ったことはあるけれど、そんな恋の情熱がある人には見えなかった。なんかほっこりする。


「そして、王族の血を持つ伯爵令息が生まれた。他国の貴族なら誰でも欲しがる。それをわかっているからか、ルーナとの婚約も長いこと渋られていたよ」

「え、ヴィンくん断ってたんですか!?」

「あぁ、たしか……三年前には正式に打診していたはずだ」


 あの完璧美女を前に、断る人間がいるだなんて。どんな難攻不落男よ……と、開いた口が塞がらない。


「ヴィントが断っていたのか、彼の父親の判断なのかはわからないが。僕の言いたいことがわかるかい?」

「いえ、まったく」


 正直、なんの話をされているかわからない。壮大な恋バナかな? 小難しい話ばっかしちゃってまったく。


「まだ間に合う。カノラ嬢さえ頑張れば、ヴィントを奪えるということだ」

「はい?」

「ルーナとの婚約が成立するのは、春だ。スノライン家はそれを白紙に戻したところで痛くも痒くもないのだろう。フークリンと対峙したヴィントの態度で、僕はそう確信したよ」

「そ、そんな態度でしたっけ?」


 カノラもそこにいたのに……。高位貴族ってすごい。


「……なんか、わたしがヴィンくんを奪う前提で話が進んでますよね。やめましょ。ルーナさんが悲しみますよ?」

「カノラ嬢は優しい人だね。妹のことは大丈夫だ。心配はいらないよ」


 なんか優しい。だが、優しすぎる。婚約の裏話まで垂れ流しちゃって……さては、なんらかの見返りをご所望なのではなかろうか。


「はっ! もしかして、これってクマノミとイソギンチャクですか!?」


 彼は気が抜けたような顔で瞬きをする。


「なんだいそれは? クマノミ……ああ、共生ということか。カノラ嬢は面白いことを言うね」

「ごまかされませんよ」


 カノラがキッとにらむと、彼は声を出して笑う。笑いをかみ殺した後、崩していた姿勢を元に戻した。


「ははっ、わかった。白状しよう。たしかに、初めは善意に絡めて恩を売り、見返りを得るか、あるいは恩返しをしようとも思っていた。だが……途中からは本音だった。貴女が相手だと、上手くはいかないものだね」


 非常識なことしかしないな、この人。

 でも、目の前に並べられたケーキたちが、こちらをじっと見ている気がする。”優しいよね”って。


「……別に恩なんていらないです。わたしにできることがあれば協力します」


 カノラがにこりと微笑むと、彼は目を丸くする。

 即座に顔が明るくなり、金髪がシャララーンと輝き出す。音速で身体を寄せてきて、カノラの手をぎゅっと握った。急にラブの予感だ。


「あなたにしかできないことだ」


 切なそうに、眉を下げた。


「どうかアゼイの曾孫を――いや、僕の子を生んでほしい。僕と婚姻してヴィントの愛妾になってもいいし、ヴィントと婚姻して僕の子を生んでもらっても構わない」


 ラブは散った。


「僕とヴィント、どちらと婚姻するかは貴女の自由だ」

「そうですか。お断りして良かったです」


 不自由な自由だ。なんという鬼畜発言。

 断っておいて本当に良かったし、ラブの兆しもなければデートも終わった。





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