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No.53 弱点


 フークリンを帰したあと、カノラたちはノルド侯爵家に戻った。ルーナに説明するためだ。


 だが、部屋に入ってすぐ、男性陣は別の話があるからと、ルーナへの説明をカノラに任せて別室に行ってしまう。

 カノラはできるだけ事細かに伝え、喋りすぎて渇いた喉を紅茶で潤す。飲みきって、息を吐いた。


「……やっぱり止めれば良かった」

「カノラさん?」

「ヴィンくんにとって、絵は大切なもので……大切だから――」


 あ、と思って、カノラはそこで言葉を止めた。ルーナは不思議そうに首を傾げている。


「ご、ごめんなさい。なんでもないんです。ヴィンくんたち、なに話してるのかなーって」

「……そうですわね。皆様、疲れてらっしゃるかと思い、美味しいお菓子をご用意しておいたのですが……お先にいただいちゃいましょう?」


 ルーナは少しいたずらに笑った。

 朝から張り込んで、もう夜だ。そりゃあもうヘトヘト。やっちゃいますか、と目を合わせ、ルーナと二人できゃっきゃとお菓子の品評会。


 盛り上がってきたところで、男性陣が戻ってきた。


「なんか……やけに盛り上がってるね」


 ヴィントは二人を見て、ははは……と笑う。


「あ、お疲れさまでした。終わりました?」

「もちろん。道筋は整ったから、ここからが正念場だね」


 カノラはため息をつきそうになったが、それを引っ込めて、じとりと目を向ける。


「でも、名もなき画家のことまでバラしちゃうなんて……」

「背に腹。使わない手はないよ」


 カノラの心配など、彼は意に返さない。

 きっと、強い憎悪が込められた二枚目の贋作【菜の花】を見たときから、ヴィントはフークリンの弱点が”名もなき画家"だとわかっていたのだろう。弱点は、同時に餌にもなる。


 そこで、セイルドが着席しながら話を切り出す。彼にとっては本題だ。


「画家アノニマスのことにも驚いたが、しかし……ヴィントが見つけた幻の五番はどこにあるんだ? ダンテも知らないのだろう?」


 幻の五番はスプリングの管轄だ。セイルドはダンテに向かって話をしていたが、彼はなにも言わずに顎でヴィントを指す。『説明すんのめんどくせーからヴィンと話せ』ということだ。


「幻の五番なら大丈夫だよ。もう少し雪が溶けたら、こっちに送ってもらうから」

「それならいいが。なぜ黙っていた? 橋の絵を見る前に言えば良かっただろう」


 ちゃんと判明したのが昨日だったから、とヴィントは言った。

 

「昨日!? ということは……ヴィントもまだ現物を見ていないのか?」セイルドは少し目を細める。

「そうなるね~」


 軽い。このふわふわな感じがヴィントらしさだが、セイルドは激烈に表情を暗くしていた。金髪がしんなりしている。


「スノライン伯爵家と画家アノニマスの両方がかかっているというのに、大丈夫なのか……?」

「セイルドは真面目だなぁ」


 セイルドの髪を指差し、からかうヴィント。もう、こんなときにー!と怒りたくなる気持ちもあるけれど、カノラもついつい笑いそうになってしまう。


 もし賭けに負けても、ノルド家の立場は守られる。贋作者に対価を支払うのは屈辱的だし、三枚のアゼイのこともあるけれど、結果的にヴィントに守られる形となったが故に、ヴィント自身のことが心配なのだろう。

 だが、ヴィントはそれも返さない。にこっと笑って()なすだけ。


「大丈夫だよ。これくらいでヴィント・スノラインがダメになるわけないから」彼は声色を低くして続ける。

「セイルドの方こそ、さっきの契約のことよろしくね」

「ああ、約束は必ず守る――未来永劫な」


 契約とはなんだろう。先ほどフークリンを交えた契約とは、また違う話のようだった。


「あとのことは大丈夫だから、任せてよ」


 ノルド兄妹は美しい眉を少しだけひそめていたが、追及しても無意味だと悟ったのか、それ以上はなにも言わなかった。




 しかし、ノルド兄妹とは違い、カノラは強く追及しておきたかった。寮に帰ってすぐ、兄ズを引っ張って部屋まで連れて行き、勢いよく問いただす。


「ねぇ、いつ幻の五番を見つけたの? 全然気づかなかった。言ってくれても良かったじゃない。お兄ちゃんにも隠してたの?」


 ダンテはぶふっと吹き出して、ケタケタ笑い出す。


「バーカ。騙されてやんの」

「え? なにが?」


 兄と会話を続けたところで、どうせからかわれるだけだ。ヴィントに向き直ってみると、彼は眉を下げていた。


「ごめんね、カノラ。幻の五番を見つけたなんて嘘だよ」

「うそ? え、うそなの?」

「むしろよく信じたね。四六時中一緒にいて、そんな素振りもなかったと思うけど」

「いやもう本当にそうなんですよ。とてもじゃないけど信じられないと思ってたのに、今の今まで信じていたことにびっくりしてます」


 人間の不思議だ。


「じゃあ、お兄ちゃんはなんで驚いてたのよ?」

「ヴィンに肘で小突かれたら、オレはすげぇ驚くっていうシステムだから」

「謎のシステムね」


 カノラはソファにへたりこむ。感情が波打って、上手く立っていられない。


「はぁ……まさか嘘だったなんて。事態は思わぬ方向に行くものね。でも――じゃあ、五番はどうするの? あ、春までに見つける気ね?」


 ヴィントは意地悪に口角をあげた。


 どうしてだか、彼が見せるこの表情を見ると胸がざわつく。リーン、リーンと耳の奥で鈴が鳴り響く。言葉にはできない、彼にだけ引き出される感情。


「ヴィンくん……一体、なにをするつもり?」


 でも、その問いに、彼の笑顔は消えた。


「無いものは作るんだよ。


 ――俺が【幻の五番】を描く」


 




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