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No.49 たくさんの愛を用意して



「ダンくん、うけるぅ。それ本気で言ってるのー?」

「うん、まじまじ。超かわいい子だなぁってずっと見てた。帰る前の一杯だけでいいから話そ?」


 先ほどまでフークリンとイイ雰囲気だった彼女は、すんなりとダンテの横に座ってくれた。よし、勝った! と、小さくガッツポーズをする。


 特別に美形というわけではないが、ナンパの成功率はとても高いダンテ。人懐っこい顔に圧倒的コミュ力、そして案外赤髪は女性の受けが良かったりする。


 酒を注文しつつ、ちらりとルーナの位置を確認する。あいにくフークリンの近くの席は先客に取られてしまったようだ。どうしましょう、という視線がダンテに送られてきた。


 ―― ったく、しかたねぇな


 店は大繁盛でごった返しているし、すぐに視界は遮られてしまう。その隙間を縫って、ダンテはコートを脱ぐように指示を出した。


 やっぱり美人ってすごい。彼女がフードを外してコートを脱いだ瞬間、その周囲が一瞬だけ静まり返ったように見えた。

 だけど……どう考えても、美しすぎる。誰も彼もが彼女を見ているのに、誰も彼女に声をかけようとしない。悲劇だ。


 ―― おいおい、ヘタレ男ばっかだな


 あそこにダンテがいれば、三秒とあけずに声をかける。一生に一度、巡り合えたら神様に感謝してしまうほどの美しい娘だ。もし彼女が金髪ではないただの町娘であれば、そうして恋に落ちていたかもしれないのに。


 ダンテがそうなのであれば、フークリンだってそうなるはずだ。黒髪の長身男が動き出したのが、見えた。


 ―― お、ゲット完了? やるじゃん


 ダンテの位置からは、ルーナの頭しか見えなかった。当然フークリンとの会話は聞こえないし、上手いこと酒を断れているのか、手を繋げているのか、それもわからない。

 

 でも、きっと彼女のことだ。慣れないながらも冷静にフークリンを引っかけて、恋人だか何だかわからんが、イイ雰囲気を体感していることだろう。

 そうして、次のデートの約束を取り付ければ彼女の目的は達成される。デートは、ヴィントやセイルドにバトンタッチ。


 だから、ここでダンテがいなくなっても問題はない。もう金髪の端っこしか見えないし。商売繁盛のせいで、先ほどまで半月くらいの大きさだったそれは、今では三日月くらいの細さになってしまった。


 そちらばかりに気を取られていたせいか、隣の席にいる彼女が、ねぇ、と甘い声を出してくる。


「ダンくん。この後、うちで飲み直さない?」

「なにその楽しそうなお誘い。なんかの罠?」

「けっこう本気。ダンくんタイプだし。いーじゃん。ね?」


 そーだそーだ。いいじゃん、いいじゃん。もう月は見えないし、誰にも見られていない。でも――


「……んー、今日はやめとく」

「なんで? いこーよ」

「不誠実って思われるのも、やっぱちょっとイヤじゃん?」

「意外とマジメ!」

「オレだって真面目なときもある。人生で二回くらい。ちなみに、これが記念すべき一回目」


 ダンテは真面目に酒を飲んだ。女の子と楽しく会話をして、たくさん笑わせて、全額おごって「またね」で解散。

 それでも帰らずにしばらく一人で飲んでいると、ぱらぱらと客も少なくなっていく。その頃、二人はようやく店を出ていった。


 裏手から出てぐるりと回ると、店先に辻馬車が停まっている。二人はぶどう色の可愛らしいランプの前でなにやら話を続けていた。

 とても寒かったが、とりあえず隠れて聞き耳を立ててみる。


「ルナちゃんみたいなかわいい子に出会えるなんて、ノーザランドに帰ってきてラッキーだったなぁ」

「ふふっ。こちらこそ奢ってくれてありがとうね、フークリンさん」

 

 愛称で呼べてねーじゃん、とダンテはガクリと肩を落とした。『ルナちゃん』も愛称と言うよりは偽名だろう。二人の距離はあまり近付いているようには見えない。きっとダンテの方がフークリンと仲良しだ。


 しかし、彼の声はとても楽しそうに弾んでいた。


「しばらくノーザランドにいる予定だから、またデートしよ?」

「えっと……それが仕事が忙しくて、なかなかお休みがもらえないの。どれくらい滞在する予定かしら?」

「ルナちゃんと会えるまで、ずっといるよ。王城で働いてるんだっけ。大変だね」

「お休みがもらえたら、さっき教えてもらった私書箱に手紙を送るね。あたしのこと忘れないで待っててくれる?」


 この一時間半の間に、ルーナは上目遣いで小首を傾げるという技を身に着けたらしい。フークリンはデレデレと頷いていた。


 ところが、それがまずかった。


 フークリンはルーナの耳元で何かを囁き、彼女の手を引く。どういうわけか、そのまま二人は辻馬車に乗り込んでしまった。


「……いや、まさかだよな?」


 ただ送るだけかもしれない。ダンテは少し迷ったが、フークリンのだらしない顔を思い浮かべ、行きに乗ってきた馬車に乗り込む。お嬢様を心配する御者に、二人を追いかけてもらった。

 まさか一夜を明かすつもりじゃないだろうな、と貧乏ゆすりをする。化粧で二十四歳くらいのおねーさんに見えるが、実年齢十七歳の超箱入り娘だぞ。


 幸いなことに、雪深いノーザランドの馬車は全て徐行だ。ゆっくりとしたカーチェイスで到着した先は。


「って普通にホテルじゃねーか! バカかよ!」


 ルーナはフークリンに手を引かれて中に入ってしまう。覚悟を決めすぎだ。

 ダンテは舌打ちをしてフードを被り、そろりと追いかける。入ってみると、想像していたよりも良いホテル。ドアマンもいるし、場末のそれっぽさはない。


 目立たないように隅っこで様子をうかがう。フークリンは、彼女をロビーに置いたまま受付と話していた。今しかねぇな、と彼女の背後から近づき、華奢な手を引く。


「きゃっ! え、ダンテ様?」

「しー!」


 気付かれないようにホテルから連れ出し、建物の陰に隠れる。ふーっと息を吐くと、走ったせいかひどく白い吐息だった。


「おまえ……処女じゃねぇの?」

「はい?」


 ルーナの目が点になる。こういう反応もするんだなーと、ちょっと笑いそうになってしまった。


「部屋に連れ込まれたらヤられるぞ? それも覚悟してたなら、まあ邪魔して悪かったけど」

「えっと、なにをやられるのでしょうか?」


 おいおい、ひどいとんちんかん令嬢だ。ダンテはため息。仕方がないので世間の常識を教えてあげよう。耳元で回答を囁き申し上げる。

 彼女はそれを聞いて、やっぱり耳を覆って真っ赤な顔をする。


「ダダダンテ様!」

「わかってなかった、おまえが悪い」


 人差し指で、彼女の頭をつんと指す。ルーナは「それくらい、わかっています」と少し唇を噛んで、三拍ほど置いてから「……ありがとうございます」と呟いた。しおらしいところもあるようだ。


 聞けば、ルナちゃんは王城下働きで絵画が好きという設定らしい。フークリンから『宿泊中のホテルに描きかけのものが一枚だけあるから、見にこない?』と誘われて付いて来たそうだ。なんというありがちな誘い文句。だが――


「有益な情報でございましょう? ここには一枚しかない。であれば、完成した他の絵はどこに保管されているのでしょうか」

「それを探りたいっつーわけか」

「訪れる店を頻繁に変えるくらいですから、このホテルも明日には引き払っているかもしれません」


 まったく度胸があるのも危なっかしいな、と面倒に思ってしまう。


「紙とペンあるか?」


 ルーナの鞄から出されたそれをひったくるようにしてペンを構え、そこで『オレじゃダメじゃん』と気づいて彼女にペンを握らせる。


「いいか、こう書け。”一枚だけでは貴方と一晩を過ごせません。もっとたくさんの愛を用意できた頃にまた連絡します ルナより”」


 ダンテが喋るそばから、美しい文字を並べていくルーナ。さすが雪国生まれ。かじかむ指でもよく書けている。できあがった手紙をダンテはふんだくった。


「よし、ルーペは帰れ」

「なぜですか?」

「フークリンに見つかったら面倒だからだよ。さっさと去れ」


 そう言って、行きにノルド家から乗ってきた馬車にぐいっと押し込む。彼女は不満そうだったが、ダンテの合図で御者は手綱を握ってくれた。

 彼女の馬車が出発したのを見て、ホテルのドアマンに先ほどの手紙を託す。


 わずか三十秒後、手紙を持ったフークリンがホテルから出てきて、右に左に視線を向ける。ルーナを探しているのだろう。

 がっくりと肩を落とし、黒い頭をかいて――そして、やつは辻馬車に乗り込んだ。


「やっぱりな」


 狙ってた女の子を逃したんだ。ダンテだったらいつ彼女から連絡が来てもいいように、即日たくさんの愛とやらを用意する。フークリンもそうするつもりなのだろう。


 追いかけようと思ったが、もう夜も遅いため辻馬車が見当たらない。

 ダンテは凍える身体をさすりながらそこらへんにいた馬車を停めて、乗っていた貴族のおっちゃんと三秒で親友になり、フークリンを追いかけてもらった。

 前の馬車の人が財布を落としたから追いかけたいとか、適当な理由を添えて。


 暗い夜道をゆっくりと走る。王立学園の前を通り過ぎ、ノーザランド美術館を横切り、少し郊外へ。その先にあるのは貴族の屋敷だ。


 しかし、そこでフークリンの馬車を見失う。目を細めながら、屋敷をぐるりと一周してもらう。

 貴族の住まいにしては、庭が荒れている。暗がりで表札も見えない。ダンテは乗せてくれた貴族のおっちゃんに尋ねた。


「なあ、おっちゃん。ここ、貴族の家だよな?」

「あー、そうだよ。たしか……没落したデズリー男爵家だったかな」


 幻の五番を持っていた、あの没落デズリーだ。


「へー……そっかー。夜遅いから、明日にでも訪ねてみるよ! ホントありがとな、おっちゃん。恩に着る!」


 デズリー家の一室に灯った、小さな明かり。ダンテはそれに向かってあっかんべーと舌を出してやった。





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