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No.48 いい雰囲気で舌を出す


 翌日、日曜の夜。

 雪の降る中、酒臭い赤髪男はノルド侯爵家の前に立っていた。いや、立たされていた。めっちゃ寒い。


 そこで珍しい赤い髪を覚えていた侍女が通りかかり、どうにか取り次いでもらう。赤髪は不便で便利だ。


「あら、本当にダンテ様でしたのね」


 客間に通されてから九分。ダンテのイライラがピークに達したとき、ルーナが入室してくる。彼女は驚いたように頬に手を当てていた。


「おせーよ。なんでオレが待たされなきゃなんねぇんだよ。納得いかねー」

「どうなさいました? お兄様はヴィント様と視察に行っているので不在ですが……」

「知ってる。そうじゃなきゃ、ルーペを呼び出すわけねーだろ。まじで感謝しろ」


 ちらりと周囲を見ると、廊下に護衛みたいな男共が並んでいる。

 だが、ダンテは立ち上がり、お構いなしに彼女に近付く。まるでキスをするかのように、耳元でささやいた。


「――フークリンを見つけた」


 彼女は驚いて、すぐに距離を取る。耳を庇うように手で覆い隠し、下唇をきゅっと噛んでいる。


 それがダンテの目にはとびきり悔しそうな表情に見えてしまい、ここにきて優越感がむくむくと芽吹く。"すました顔してわけわかんねぇ長文発言ばっかして、ほれ見たことか"と、指をさす。


「はっはー! 悔しいだろ? 予知より勘。オレの方が先に見つけてやったぜバーカ」

「……コホン。酔ってらっしゃいますのね。詳しく教えてくださいませ。どうやって見つけたのでしょうか?」


 ルーナは侍女たちに退室を命じて、ダンテの話に耳を傾ける。


「いや、フツーに? 酒を飲もうと思って。勘で入った酒場にいた」


 耳を傾けるほど長い話ではなかった。

 ルーナは口を真一文字にして、目を丸くする。観察眼のなせる技だの奇跡的に感性が似てるだの、何かをぶつぶつ言っている。


「にわかには信じられませんが……どちらの酒場ですの?」

「紫色のランプの酒場。なんかの花っぽい形のやつ」 

「……? なんというお店ですか?」

「店の名前なんておぼえてねーだろ、ふつう」

「一般的には覚えているものです」

「場所は覚えてっし! たぶん中央通りのどっかだ」

「とてもシンプルな情報ですわね」


 美しい金髪に手を当て、頭を抱え出すルーナ。はーあ、と深いため息すら放出している。


「……なんかおまえ、態度悪くなってね?」

「気のせいですわ」


 気のせいだろうか。


「では、直接案内していただけませんか? 屋敷の裏手に馬車を用意しておきますので、待ち合わせいたしましょう」

「今からかよ。っつーか、侯爵令嬢が夜に抜け出せんの?」


 ルーナはにこりと笑って、何も答えなかった。ため息をつかれる方がまだマシだな、と思った。



 侯爵令嬢という生き物は、抜け出すときも優雅らしい。裏手にあった馬車は静かに出発し、二人は酒場の前に降り立った。

 美味しそうなぶどう色のランプの店。ルーナはそれを睨むように見上げ、ここにいるのですね、と言った。

 彼女の肩に、はらはらと白銀の雪が舞い落ちる。なんとなく手で払いのけてあげると、彼女は不思議そうにした。


「……勘違いすんなよ、おまえのためじゃない。ヴィンはすげぇ頼りになるやつだけど――オレも全力でやる」

「ふふっ。ヴィント様を信頼している、ということですわね」

「ウルセーバーカ」

 

 二人はフードをしっかり被り、裏口から入る。ダンテの指示で、トイレ付近の席に座った。

 フークリンのテーブルには空になった三本の酒瓶、そしてまあまあ可愛らしい女性が一名。親密そうな距離で、かなり盛り上がっている様子だ。


「あれがフークリンですのね。早速、行って参ります」

「待て待て待て。イイ雰囲気の男と女の中に突っ込んでいってどーすんだよ」

「イイ雰囲気?」


 ルーナはフードの隙間からフークリンを凝視して、首を傾げる。こりゃダメそうだな、とダンテは思った。


「ったく、しかたねーな。自由恋愛のひとつやふたつ、経験しとけよなぁ。決められた相手を好きになるとか、人生つまんねーじゃん」

「まあ! 斬新な考え方。決められているからこそ、余裕を持って人生を楽しめるのだと思っておりました」


 ルーナはふむふむと耳を傾けてくる。興味深そうにまばたきをする姿は、まあ……悪くはない。


「いいか? 恋はタイミングだ」


 ダンテは脚を組み、グラスを持つ。


「フークリンの隣にいるねーちゃん。あの子が席を立ったタイミングで、オレが引っかけてゲットする。その隙にルーペはフークリンの近くに座り直せ。あいつなら秒で声をかけてくる」


 タイミングとは合うものではなく作り上げるもの、というのがダンテ流だ。


「あの女性をゲットなさるというのは……どのように?」

「そりゃあ、キレイだとかカワイイとか言いまくって仲良くなって、あわよくば付き合うって流れだろ。ナンパだよ、ナンパ」

「軟派!?」


 ルーナは目を見開く。そんなに驚くことか?


「ダンテ様はああいった雰囲気の女性がお好きなのでしょうか……?」

「んー、どんぴしゃじゃないけど、まあまあお好きだ」


 テキトーに答えると、彼女の黒い瞳が不機嫌に揺れた。


「では、結婚も視野に入れてらっしゃる、と?」

「らっしゃらねーわ。おいおい、頭かてーな。よく知りもしないのに、結婚まで視野に入れてたら逆にこえーだろ。ぶっちゃけ、ふられる可能性も無限大だ」


 彼女はじろりと睨んでくる。

 な、なんだよ……と、ダンテは少しタジタジ。なぜ睨まれてるのか。


「……彼女が本気で貴方を愛してしまったら、どうなさるおつもりですか? とても不誠実だと思いますが」


 ダンテは「そう?」と言って、酒を煽った。


「出会いは作戦上のナンパだって、うまくいったら『馴れ初め』になるだけだろ。人を好きになるのに確約が必要なのかよ。はっ、そこまで甘くねーよ」


 彼女は頬に手を当て、考え込んでしまった。生粋のご令嬢には程遠い世界なのだろう。


 なにせ彼女の婚約者――予定だから仮婚約者か。あれは性欲や恋愛から一線引いた男だ。

 きっとこのまま恋人の甘いモダモダを味わうこともないのだと思うと、少しもったいない気がしてしまう。


「……わかりました。ダンテ様はそこまでのご覚悟をお持ちなのですね」

「突然どーした? オレ、覚悟とか持ったことねーけど。重そうだし」

「まあまあ好ましい程度の女性と、人生を添い遂げる可能性を秘めた恋愛をする。これは人並外れた冒険心があってこそですわ」

「考えなしのバカって言われてる気がする」

「考えずとも正答を選び取れる感性――アゼイの系譜はここにあり。わたくしも考えてばかりではいけません。フークリンをナンパして『ゲット』いたします」


 小さく握られた手を二つ、胸の前で掲げる。


「へー、意外と度胸あるじゃん」


 ダンテは素直に誉めてしまった。苛つく心の隣に、少しの好奇心が根を生やす。


「度胸だけで言えば、一般的なご令嬢よりは幾分経験がございますもの。例えば――誘拐に遭って、アゼイの予知で助けられたことも」

「出た、予知派だ。ぞわぞわするー」


 ダンテは手でバッテンを作って拒否!


「それよりナンパだ、ナンパ」


 根ほり葉ほり聞くには時間もないし、興味もない。女性の誘いを浴びるように受けてきたダンテは、ナンパ術を実演してみせる。言葉で説明できないタイプの人間だった。


「たとえばー、こういう感じで女の子から触られるとうれしい」

「顔が近いですわね。それに、ひざと腕が……え、いきなり手も? つ、繋ぐのですか?」

「幼児だって手繋ぐだろーが。あとは、愛称で呼んでくれたりすると、めっちゃかわいーって思う」

「スプリングですから『スプ様』でいかがでしょうか」

「センス悪くね?」


 練習はままならなかった。

 しかし、不幸なことに、そのタイミングでフークリンの隣に座っていた女性が席を立ってしまう。トイレに行くのだろう。こちらに向かってくる。


「よっしゃ来た。ぶっつけ本番でやるしかねぇ。っつーか、その『ございます~』とかいうご令嬢っぽいやつは封印しろよ?」


 彼女は慌てて口を覆う。


「かしこ……いえ、わかりまし……うん、やってみるネ! あたし、がんばる!」

「違和感すげぇな。まあいーや、はやく席あけろ。おまえがいたら、あの子を引っかけられねーだろ。邪魔だ」


 しっしっと手で払うと、ルーナはわざとらしく頬を膨らませた。


「なによ、失礼しちゃう。じゃあね、ダン」


 彼女は小さくあっかんべーと舌を出して、すぐさま席を立った。


 上品なリップの隙間からのぞいた真っ赤な舌。

 違和感がありすぎて――少し、目を奪われた。





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