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No.47 楽器と紙と、たった一人の女の子


 翌々日は休みの日だった。


 予定のないカノラは、肩の具合を確認するためにヴァイオリンを弾こうと、音の響きが講堂に似ている場所を探して寮のロビーに降りてきた。


「あ、ヴァイオリン弾くの?」


 そこには先客が。会いたかったような、会いたくなかったような。

 ヴィントはスケッチブックを持って、ソファに寝転びながら絵を描いている。スプリング家でよく見る光景に、カノラは懐かしさを覚えた。


「スケッチブック、持ってきてたんですね」

「そりゃあね。カノラには楽器、俺には紙。これがないと息ができない」


 鼻歌交じりに死線を彷徨うようなことを言う彼は、まるで生を確かめるように鉛筆を動かしている。

 ふと、センターテーブルを見ると、紙が何枚も乱雑に置かれていた。スケッチブックから切り離された紙が、裏側に伏せられているようだった。


「これ、どうしたんですか?」


 軽く尋ねると、彼は少し間を置いた。


「……なんか、上手く描けなくて」


 珍しいな、と思った。頭の中にあるものをそのまま絵に起こすように、いつも迷いなく筆を動かしているのに。

 手元のスケッチブックを覗いてみると、No.83とナンバリングされた絵が。描かれているのは、十字架に張り付けにされている氷の固まり。めっちゃ上手い。不思議で不穏だ。


「あれ? そういえばダンは?」

「今日は珍しく晴れてるから、きっと街で遊んでるのよ。どーせノーザランドの美人に骨抜きになってるんでしょ。だらしない顔が思い浮かびます」


 彼は笑って、頷いた。


「カノラには楽器、俺には紙。ダンには……女の子、かな」



◇◇◇



 ―― めっちゃかわいい子いんじゃん! ノーザランド、まじ天国!


 女の子は正義。ダンテ・スプリングは、ノーザランドの街を闊歩していた。翻るスカートの裾に目を奪われ、でっれでれだった。


 さて、誰から声をかけていくか。晴れているとはいえ、真冬のノーザランドは激しく寒い。風が吹くたびに、女の子たちは屋内に入ってしまう。


 ―― あ、超絶美人の気配


 ダンテの赤髪レーダーが反応する。今しがた、そこの酒場に入っていった女の子がどえらい美人さんだったような。

 いや、しかしですよ? 昼間から酒場に入り浸るなんて、さすがにちょっと……素敵なお姉さんすぎませんかね?


 ひょいひょいと残り香を追いかけ、ダンテは酒場の扉をくぐった。


 彼女はカウンターに一人で座り、店員と会話をしている。華奢な背中を誰もかれもが狙っているようだ。

 ライバルがいればいるほど燃えるダンテだ。お姉さんの背中に近付き――そして、くるりと踵を返した。よし、帰ろう。


「あら、ダンテ様!」

「なんだよルーペかよ絶望だよ……。ったく、まじ萎えるんだけど」

「よくわかりませんが、相変わらず辛辣でらっしゃいますわね、ふふっ」

「笑うんじゃねーよ」


 ダンテのあたりの強さなんてなんのその。鉄壁メンタルのルーナ・ノルドは、頬に手を当て、ダンテをじっと見る。


「ダンテ様、未成年の貴方が酒場にどのようなご用事が? 悪いことをなさるとバチがあたりますわよ」

「そっくりそのまま返してやる。オレは十八歳だかんな。酒も問題ねーんだよ」

「あら、お兄さまと同じ御年齢……失念しておりました」


 セイルドと比べるとお子様だと言われたも同然だ。ダンテはちょーっとイラっとした。


 イライラは今に始まったことではない。この女は、一目見たときからとにかく気に食わなかった。金髪と黒い瞳に嫌悪感すら走る。ぞわぞわわーっと。


「っかー! まじで無理だわ。オレは他の店にいく! かわいい女の子とデートするって決めてんだ! ルーペの相手なんて時間のムダムダ」

「あら、そういう目的でいらっしゃったのですね。殿方は狩猟がお好きですものね」

「それ女の子を獣扱いしてね?」


 ルーナは答えず、にこりと微笑んだ。会話が成り立っているようで、いまいちかみ合わない二人だ。


「ダンテ様。ここでお会いできたこと、光栄に存じます。二つ、教えていただきたいのですが、お時間をいただけませんか?」

「はあ? なんでだよ。ぜってぇヤだ」


 ダンテがそっぽを向くと、彼女は少し声色を変えた。


「では、こういうのはいかがですか? この付近に、とびきりかわいい女の子が集まる場所がございます。いわゆる出会いのスポットというものですわね。ダンテ様はご存じないでしょう?」

「まじ? どこ?」


 ルーナは金色の頭に手を当てる。


「……あら、頭に靄がかかって今一つ思い出せませんわね。北か南か中央通りか、困りましたわ」

「はっはーん? いい性格してんじゃねーか。三分だけだかんな」


 ルーナは隣の席に座るように促し、温かい紅茶を二つ注文した。

 昼から酒を浴びるつもりだったのに……と思いつつも、とりあえずそれをズズズーと吸ってみる。熱くて飲めない。香り豊かな拷問だ。


「で、なんだよ?」

「ダンテ様は贋作者フークリンにお会いしたことがございますよね。どのような人物ですか?」

「はぁ? どんなだっけかなー。なんかいろいろ黒かったような」

「黒い瞳に黒い髪というのは存じております。趣味嗜好や主義思想などを教えていただきたいのです」

「そんなの覚えてねーよ」


 ルーナはカップを軽く持ち上げ、スッと口をつける。美味しそうに飲み込む姿を見せられ、もう一度ダンテもトライしてみたがとても熱々だった。どういう原理だろうか。


「謎すぎだろ」

「ええ、そうなのです。フークリンは謎に包まれた存在。手がかりがあればと思ったのですが、ダンテ様の記憶力では難しゅうございますものね。失礼いたしました」

「失礼すぎじゃね?」


 "手がかり"という言葉に目を細めながら、ダンテはふーふーと紅茶の水面に波を立てる。


「フークリンにちょっかいかけて、どうこうしようって腹積もりかよ?」

「ええ。これは元々、我が家の問題ですもの。わたくしがフークリンを捕まえます。狩猟が好きなのは殿方だけではございませんのよ?」

「余計なことすんなよ。ヴィンなら何かしら考えてるっしょ」


 余計なことしかしない男が物を言っている。


「ふふっ、ダンテ様はヴィント様と仲良しでらっしゃいますのね」


 ですが、と彼女は続ける。


「わたくしは盲目的に相手に頼ることを信頼だと思っていません。一手目が不発に終わっても、二手三手目を出せるよう、味方の誰かが準備しておく。そうして積み重ねたものを信頼と呼ぶのではありませんか?」

「なに言ってるかわかんねーわ。短くまとめろし」


 ルーナは少し間を置いて、コホンと咳払い。


「……ヴィント様に頼るだけでなく、わたくしも全力を出します。チームプレイです」

「短すぎてわからん」

 

 ルーナは少しムッとしたのか、口を軽く閉じていた。

 令嬢スマイルでにこにこ笑われるより、いくらか苛つかずに済みそうだ。ダンテも同じ顔をしてみる。むー。


「っつーか、考えすぎじゃね? フークリンを見つける方法ならあるだろ。リエータ作戦だ」

「例のリエータさん……具体的な方法をご存じですの!?」

「ゴゾンジデスヨー」


 茶化すように真似をすると、小さく咳払いで急かされる。なんとなく感じる優越感。ふふんと胸を反ってしまう。


「作戦はこうだ。ルーペが釣り針になって、一つの酒場に通い詰めろ。そのうちすげぇ美人がいるって噂になんだろ? あいつ、美人にはめっちゃよえーから」


 リエータはこれで釣ってみせたのだから、ルーナならもっと簡単なはずだ。ダンテは自信満々に教えてやった。


 そこで紅茶を飲んでみると、すでに飲み干せそうな温度になっている。ぐいっと二口で飲み込んで、ガシャンとソーサーに叩きつける。店員が心配そうにカップを見ていた。


「ごっそさーん。げ、十五分も経ってんじゃねーか!」


 文句を言おうと視線を向ける。すると、彼女の顔が赤いような。


「なんか顔赤くね?」

「いえ、紅茶が少し熱かったもので。もう一つ、お伺いしたいのですが」

「なんだよ?」


 ルーナは真剣な眼差しを向けてくる。なんだろうか。紅茶よりも熱い謎の眼差しだ。


「……なんだよ。早く言えよ」

「先日、学園内のレストランで飲んでいた紫色の液体、あれはなんだったのでしょうか?」

「は?」

「調べたところメニューにはありませんでした。もしかして個別オーダーで作られたものでは? シェフの方針で個別対応はしてもらえないはず。一体どのような交渉を――」

「ウルセーバーカ」


 なーんか、無性にむしゃくしゃする。ダンテは挨拶代わりの暴言を吐いて、すぐに店を出た。


 やっぱりルーナ・ノルドは気に食わない。

 もう絶対に関わり合いたくないと思いながら、ずんずんと雪道を歩いて寮に帰り、腹いっぱいにご飯を食べたり風呂に入ったりしてベッドに寝ころんで、そこで思い出した。


 かわいい女の子だらけのナンパスポット、聞くの忘れた。

 


 



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