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名もなき画家のオールオーバー  作者: 糸のいと
第二章 スノライン領
33/49

No.33 嘘の上塗り



 スノライン領から隣国ノーザランドへと続く一本道。馬車がじっと動かずに並んでいる。

 

 まさに検問。家族連れなど明らかに違う人々だけが通される。

 怪しい馬車は側道に避けられ、二人組の騎士が一台ずつ丁寧に話を聞いていく。一人目は制帽をやたら深くかぶっている騎士。二人目は小柄な女騎士。


 馬車の扉を開けた人々は、彼らを見て少し不安そうに眉を下げる。


「騎士殿、これは何の騒ぎですか?」

「ご協力に感謝いたします。領内で強盗事件が発生したので、少しお話を伺いたいのですが」

「それは大変ですね。かまいませんよ」


 すると、すぐに小柄な女騎士が耳打ちをしてくる。この人たちじゃない、と。


 検問開始から一時間。ヴィントとカノラはすでに数十台の馬車を見送っていた。


「また違いましたね。もう逃げちゃったのかしら」

「まだ逃げてないよ」

「なんでヴィンくんにそんなことがわかるんですか?」

「うーん、勘かなぁ」

「ぇえ? 軽く言いますね」

「軽くはないけどね」


 少し濡れた茶色の前髪に、またひとふぶきの雪が乗る。分厚い手袋に慣れない彼女は、うまくそれを払えない。代わりに払ってあげると、彼女はぱちぱちとまぶたを瞬かせ、寒さで赤くなった頬を少し膨らませる。

 悪い癖だ。必要以上に距離を詰めようとしてしまう。


 だが、白銀の世界で二人きり――なんてことはなく、背後には二人の騎士が立っている。一人はヴィントの護衛、もう一人は子爵令嬢であるカノラにつけた護衛。

 彼らは目配せで会話をしている様子。『大雪の中、オレたちは一体なにを見せられているんだ?』あぁ寒さが身に染みる。はやく来い来い、犯人よ来い。


「大丈夫、犯人は必ず来る」


 ヴィントは自信満々に笑って見せる。

 犯人は留守を確認せず、家に侵入している。今朝は珍しく晴れていたから、浮かれてしまったのだろう。

 

 きっと性格はこうだ。晴天に舞い上がってしまった、うっかり者。雪で絵が濡れるのを嫌がる心配性。ついでに、天に見放された不運な男。よりにもよって、今は大雪だ。


 ヴィントは雪を手で払った。


 ―― 焦りと恐怖の間で、葛藤しただろうな


 彼らの気持ちなら手に取るようにわかる。民家から逃げるとき、犯人は『もう来やがった』と言っていた。カノラの耳のせいで、計画よりも早く事件が発覚してしまったのだろう。


 焦燥に駆られた人間は、一刻も早くここから離れようとする。ノーザランドへの最短ルートを選ぶはずだ。


 けれど、そこが除雪されていなかったら?

 次に向かった近道も通行止めだったら?


 たらい回され、最後にやつらが辿り着くのは、この道だ。到着したときには検問が始まっている。逃げ切れない。

 ヴィントが迂回ルートを選んだ理由は、そこにあった。


「ヴィンくん? 早く次の馬車にいこう?」


 次の馬車はかなり大きい。きっと積み荷がたくさんあるはずだ。


「今度は当たりかも。カノラ、耳の準備を」

「全力ラジャーです」


 彼女に全く似合っていない騎士服。へなちょこの敬礼が、なんだか――いや、不謹慎だ。ヴィントはコホンと咳払いをしてから動いた。


 まず御者席に視線を向けるが、そこには誰もいない。かろうじて足跡は見えるが、行き先まではわからなかった。


「……御者がいない。中にいるのかな」

「待って」


 馬車をノックする寸前、カノラがそれを止める。


「後ろの方が騒がしいわ」


 カノラの耳が喧騒を捉える。たしかに、わずかに怒号が聞こえる。

 急な招集だったため、そもそも集まった騎士は少ない。犯人が痺れを切らして暴れているのかもしれない。ヴィントの護衛をそちらに向かわせ、状況を調べるように命じる。


 騎士の彼が戻ってくるまでは待機だ。

 しかし、腕組みをしたところで、目の前の扉が開けられてしまう。


「騎士殿、やっと我々の番ですかい?」


 中には商人風の男が二人。寒さのせいか貧乏ゆすりをしている男、そして胡散臭い笑顔を浮かべている男がいた。


 見た瞬間に感じ取る。奥歯をキュッと噛むような頬、視線の動き。悪事を企てる人間の仕草だ。

 しかし、絵画泥棒かまではわからない。

 ここまで何台も怪しい馬車を見てきたが、ヴィントの感覚では『悪人』である人間でも、カノラの耳は判決を下さなかった。悪いやつは意外と働き者だったりする。


 ヴィントはカノラを背中に隠し、制帽を目深に被る。


「お待たせしております」

「尋問だかなんだか知らねぇが、さっさと終わらせてくれよ」

「領内で事件が発生したため、積み荷の確認をさせていただきたいのですが」

「積み荷? ここで見せなきゃならないんですかい?」


 へらへら笑ってはいるものの、威圧的なしゃがれ声だ。彼女の耳には、その一節だけで充分だった。ヴィントの袖をちょいちょいと引っ張り『犯人です』と合図が来る。


 ―― こいつらが犯人か。まずは……カノラを避難させないと


 彼女に耳打ちで伝える。『騎士を招集し、その後は離れておくように』と。

 護衛の騎士は迷うような素振りを見せたが、彼の役割はカノラの護衛だ。ヴィントが指示を出すと、騎士は頷いて彼女に付いてくれた。


 ―― さて。隠された絵画を探しておきたいところだけど……


 ヴィントが馬車を覗き込むと、そこには平たい木箱が積み重なっていた。


「この木箱、全て中身を確認させていただきます」


 語気を強くする。馬車の中にいる男はわざとらしく吃驚する。


「これらの絵を全部ですかい? そりゃ無理な話だ」

「へー、この積み荷は絵画なんですか? 奇遇ですね、我々が探しているのも絵画なんですよ」


 とんだ()()()()野郎だ。積み荷を確認する理由を作ってくれるなんて。

 

「騎士さん、よく考えてくれよ」貧乏ゆすりの男が口をはさむ。


「木箱を空ける場所なんてないし、絵が濡れちまう。売れなくなったらどう責任とってくれるんだ?」

「ご心配は重々承知してますよ。……では、とりあえず木箱を外から見させていただいても?」

「いやいや、天気を見てくれよ。吹雪いてきやがった。もたもたしてたら移動できなくなっちまう」


 ()()()な男だ。


「手短に済ませますから」


 ヴィントは馬車に足をかけ、半身を車内に差し込んだ。

 犯人の二人は少し目を見開いていたが、声を荒げたり無理に追い出そうとはしてこない。

 その顔には『隠し場所がわかるわけない』と書いてある。犯罪者の過信は、いつかナイフになって自分に向けられるのに。


 ―― どこに隠した?


 ヴィントは扉に手をかけて車内をじっと見る。

 例えば、絵画を隠すときには、その上から別の絵を描く『嘘の上塗り』的な手法がある。隠す目的だけでなく、キャンバスを買う金のない画家の節約方法だと聞いたことがある。


 だが、悠長に絵を上塗りする時間はなかったはず。思考を深めながら、馬車の内壁を指先でトントンと叩く。


 そこで違和感を覚えた。分厚い手袋を外し、素肌で内壁に触れる。氷点下では、木のぬくもりなど無感覚に等しい。


 ―― ずいぶんと分厚い内壁だな。寒さ対策? 断熱材を入れてる? ……いや、違う


 違和感は続く。遠目から見たときは大きい馬車だと思ったが、中に入ってみると存外狭い。


 ―― なるほど、そういうことか


 ヴィントは雑談をしながら手を伸ばし、内壁に触れていく。乗客に不釣り合いな立派な馬車だ。指の腹を木がするりと滑っていく。

 しかし、先頭側と後方側でわずかに木のすべり具合が異なる。材質は同じだが、加工が荒い。


 『隠したい絵の上に、全く別の絵を描く』という手法を、そのまま馬車に応用したのだろう。本物の壁の上に偽物の壁を作り、その隙間に絵画を隠している。


 ヴィントの指先が触れている部分は、空洞だ。


 ―― 見つけた


 吹雪の音が遠のいた。


 にこりと笑って、一度馬車を出る。直接殴り合う趣味はない。応援の騎士はまだかと周囲を見渡すが、雪で視界が狭い。


 遅いな、と思った。本来ならすでに招集していてもおかしくはない。目を凝らすと、そこで吹雪の合間に紫色の騎士服をとらえる。あぁ、やっと来た。そう思って視線を向ける。


 瞬間、指先だけに感じていた寒さが全身を貫き、凍えた。


「ヴィ、ン……くん、ご、めんなさ」


 応援の騎士ではない。カノラだ。

 彼女は後ろから羽交い絞めにされ、その首筋には血液のついたナイフがあてられている。呼吸が浅いのか、白い吐息がすぐに消えていく。


 ナイフを持っていたのは、見たことのない男だった。うっかり者の男、心配性な男――そして、天に見放された不運な男。犯人は三人いたのだ。


「カノ……」


 今まで、どんな絶望だって虚無に変えて生きてきた。心に蓋をすれば恐怖は感じない。神経を麻痺させれば痛みもなくなる。


 でも、心の形を留めておけないほどの感情が、小刻みに身体を揺らした。


 ―― ……あ、ダメだ……


 あぁ、崩れていく。痛い、怖い。怖くてたまらない。彼女の首筋に当てられたナイフが……怖かった。


「カノラを、返せ」


 言葉の端が震えた。


「絵なんてどうでもいい。全部奪っていい。何もいらないから――だから……その子を返せ」


 喉を切り開くようにしてどうにか音になったのは、弱々しい懇願だけだった。





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