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No.22 対蹠点にいる君を



「と、ところで~、リエータさんは最近どう? お金の……あ、おうちの方とか~?」

「下手くそすぎるでしょ。フォル・ハーベスの差し金? 本当、あの人も飽きないわよね」


 不器用を炸裂させるカノラ。さり気なく尋ねたかったのだが。

 

 うざったいとでも言うように、リエータは美しい髪を払いのける。ランチタイムのカフェテリアに、彼女のローズブロンドが跳ねた。


「たしかに、うちは火の車よ。でも授業料は大丈夫なの」

「そうなの? てっきり貧乏で元気がないのかと思ってたよ」

「貧乏で元気いっぱいよ」


 隅っこの席とはいえ、リエータは声をひそめる。


「アルコールで消された菜の花の絵。ヴィント様が買い取ってくれたでしょ? そこに慰謝料も上乗せされたの。来期の授業料とピッタリ同額」


 これにはカノラも声をあげてしまう。そんなやり取りがあったなんて。世の中、知らないことだらけだ。


 よく考えればそうだなとは思う。詐欺は詐欺として、模写は模写だ。ヴィントは絵を消した代償を支払っただけ(元凶は兄ダンテなのだから、支払いもそうあるべきだとは思うけれど)


 でも、赤の他人にぽーんと支払える額だろうか。フォルの言葉が脳裏をかすめる。


「もしかして、ヴィンくんって……」

「『リエータさんのこと好きなのかな?』とか、的外れなこと考えないでよ? それだけ金持ちってこと。あぁ、本当に結婚したい」


 先手を打たれ、カノラは口を閉ざす。リエータは仕方なさそうに笑って、眉を下げた。


「……カノラさんは、もう少し周りに目を向けた方がいいわね」

「視力はいい方だけどね」

「洞察力が壊滅的。だって――でも……よく分からないのよね。ヴィント・スノライン」


 そう前置きをして、ヴィントとのやり取りを話してくれた。『男爵の詐欺をうやむやにする代わりに、フォルからの好意を断り続ける』という交換条件を出されたらしい。


「え!? そんな約束してたの?」

「あ、言っちゃいけないんだったかしらー?」


 リエータはふふんと鼻で笑う。『約束を破ることよりも、言うべきことを黙っている方が悪いでしょ?』と、筋の通った美しい鼻が鳴っていた。


「言っておくけど、あたしにその気がないから話に乗ったのよ?」


 こうしている間にも、フォルはプロポーズをしようと意気込んでいることだろう。哀れなピエロだ。


「もう、ヴィンくんったら。ごめんなさい、反故にしてもらっていいからね」

「謝る必要もなければ、反故にもしないわ。恋は弱肉強食よ。ヴィント様のやり方は嫌いじゃない。本当に、フォル・ハーベスだけはナシなのよ」


 あの魅力だらけのフォルをナシの二文字で片付けてしまうなんて。胸に(もや)がかかる。


「フォル様のどこがダメなの?」

「致命的なほど、ガッツが足りないところよ。汚れる覚悟もなしに、綺麗に勝とうなんて甘い!」


 リエータは人差し指を立てる。なんか前にもこんなことがあったような……と思いながら、釣られて寄り目になってしまうカノラ。


「悪巧み上等! 顔、身体、金、血筋、持てるすべてをぶん回して、あの手この手で攻めてこそ本気だと言える。カノラさんも、果たして本気で攻めてると言える?」


 二本目の指が立つかと思いきや、今度は拳が握られる。


一位セイルドからは求婚、二位(ヴィント)には特別扱い、五位(ダンテ)とは一つ屋根の下。チャンスが到来しまくっているのに攻めない女。あぁ妬ましいうらやましい」

「本当によくしゃべるね」


 と言っても、一位は祖父のオタクだし、二位には恋愛対象として見られていない。五位にいたってはただの兄だ。チャンスが到来したら親が泣く。


 リエータは拳を解いて、いつになく真面目な顔をする。


「要はね、本気だったらなりふり構っていられない。……ヴィント・スノラインはそうなれるくらい、カノラさんを大切に思ってるんじゃないの?」


 でも、わからないのよねぇ、と彼女は続ける。


「二人をくっつけて、ヴィント様に何の得があるっていうのよ?」


 リエータはずっとこの疑問を抱えているようだった。彼女なりに、ヴィントのことを考えているのだろう。

 口外しても良いだろうか。カノラは頬に手を当てる。


「……実はね、協力してもらうかわりに、ヴィンくんに絵をあげるって約束してるの」

「絵? あのヴィント様が、それだけでここまで動いてるってこと? まさか!」


 彼のお気に入りの絵だと説明を重ねる。リエータはしばらく熟慮して、やがて腑に落ちたように笑った。


「よーく分かったわ。あたしには、ヴィント様のことはよくわからないんでしょうね。たぶん、ずっと」

「ふふっ、でも、そこがヴィンくんらしいところだよね」


 カノラがそう言うと、リエータは目を丸くする。「そういうところでしょうね」と呟いて肩をすくめた。


 その呟きの真意はわからないが、よくよく考えてみるとリエータのこともわからない部分が多い。

 授業料が支払えるなら、一体なにを悩んでいるのか。話を戻すねと言って、カノラはフォルの胸中を伝える。


 彼女はため息とも嘲笑とも取れるような表情を見せて、二人そろっておひとよしよねぇ、と悪態をつく。


「ただ――考えてただけ。このまま王立学園に居座るよりも、商売を興すか、金持ちを引っ掛けて結婚するか。どのみち学園を辞めようかなって」

「辞める!?」

「だって、在学中は結婚できない決まりだし。……退学したって、カノラさんとはいつでも会えるでしょ? なにも問題ないわ」


 問題大ありだ。途中入学はあれど、途中退学は貴族失格の烙印。兄ダンテでさえ、文句を言わずに毎日ちゃんと通っている。


 それだけ彼女は苦しい状況にあるのだろう。授業料を支払えたところで借金は残ったままだ。


 ……もし、ここでフォルの求婚を受けるように諭したら、この片恋連鎖はどうなるのだろうか。


 胸の(もや)が広がっていく。フォルかカノラか。どちらかの恋が実れば、どちらかの恋はオールオーバー(完全な終わり)だ。



 その日の放課後、カノラは廊下に立っていた。

 このまま帰宅するべきか。それとも、美術準備室に寄り道してもいいものか。東校舎と西校舎の分かれ目で迷っていた。


 すると、目の前の窓ガラスからトントントンと音がする。もうすぐ夕焼け色に染まりそうな空。それを背負って、ヴィントが窓の外に立っていた。


 カノラはすぐさま錠をひねって窓を開ける。


「ヴィンくん!」

「廊下でなにしてるの。先生に怒られて立たされてるのかな? カノちゃんは悪い子だね」

「ちがいます」


 せっかく良いタイミングで現れたと思ったら、開口一番でこれだ。


「美術準備室にいくか迷ってたです。そしたらヴィンくんがいたから――」


 カノラはなんとなく悔しくて、そこで言葉を止めた。

 

「俺になにか用事? あ、せっかくだしフォルくんを誘って三人で帰ろうか。うちの馬車でいい?」

「だ、だめです」

「じゃあカノの馬車ね。ここだけの話、フォルくん家の馬車に乗ると脚が筋肉痛になるんだよ。あの馬車、サスペンションが死んでない?」

「死んでるのは筋肉ですね」

「カノラはゴリラだもんね」


 ゴリラって。


「~~っもう! 韻を踏んでる場合じゃないの!」


 カノラは窓に一歩近づいて、彼をじっと見る。


「今日は二人きりがいいんです」

「……あぁ、そう」彼は視線をそらす。

「フォルくんなら中庭にいたよ。じゃあ、俺は先に帰るから。筋肉痛に気をつけてね」


 早々に立ち去ろうとするヴィント。あわてて窓から身を乗り出し、彼のジャケットの裾をぎゅっと掴んだ。


「そうじゃなくて! ヴィンくんと二人がいいの!」


 真っ赤な夕日が彼の銀髪を染める。通り抜けた風が窓を揺らし、カタカタと小さく音が鳴った。

 その音に合わせて、ヴィントは後ろ向きのまま窓際まで戻ってきた。


 不自然な沈黙。しばらくの間を置いてから振り返り、カノラの顔を覗き込んでくる。彼は眉を下げて、優しく頷いた。


「……そっか。聞いちゃったか」



 結局、帰りはスノライン家の馬車で送ってもらうことになった。いつ乗っても心地が良い。

 ヴィントはカノラの話を聞きながらスケッチブックに絵を描いている。


 その絵をぼんやりと眺め、ふわふわと揺られながらカノラは気持ちを吐露する。


「フォル様からも、リエータさんからも、いろいろと聞きました」

「二人にはコンクールが終わるまで言わないように、ってお願いしたんだけどな」

「これくらいじゃ、へこたれませんよ」

「カノの実力は疑ってないよ」


 彼は鉛筆を止めて、少し笑った。


「ただ――カノのヴァイオリンが聴けるのも最後かもしれないから、ちゃんとしたくて」


 来年はもう卒業している。音楽科コンクールは最後でも、毎週末のようにスプリング家で聴けるのに。

 ヴィントの気づかいは少し腑に落ちないが、彼に促されて続きを話す。


「フォル様はリエータさんだけを想ってるし、リエータさんは助けを必要としているんです」

「それでカノは諦めようとしてるわけだ。俺はまだ可能性があると思ってる。脈無しだなんて判断してない。それなのに、初恋の大切な人を、さぁどうぞと譲るんだ?」


 彼は早口でまくし立てる。


「それどころか、二人の仲を取り持とうって? ……馬鹿な子だなぁ」


 でも、それは怒りという温度ではなかった。泣きそうになるくらい、優しい声。


「でも……わたしは――」

「カノ、ダメだよ。きっと後悔する」


 鉛筆で簡単に描かれた絵。何もない小さな星に、二人の人間が立っている。他には誰もいない。でも、その二人は星の対蹠(たいせき)点――真反対にいるから、お互いの姿は見えない。

 No.74【ひとりぼっちの二人きり】と書いて、彼はスケッチブックを閉じた。


「きっと……頑張れば頑張るほど苦しくなる。辛くてたまらなくなる。カノがどれだけフォルくんのことを好きか……俺は知ってるよ。全部、知ってるから――」


 諦めないでがんばって。幸せになってみせてよ。ヴィントはそう言って、アイスブルーの瞳をやわらかく細めた。

 





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