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No.19 精一杯の求婚



 カノラは強い視線を感じ取り、背中に冷たい汗が伝う。なにか無礼を働いてしまったのかも。


 しかし、セイルドはスッと立ち上がり天を仰ぎ始めた。金髪にも変な人がいるんだなと、カノラは思った。


「たった今、僕は天命を授かったよ。むしろ、どうして今まで気付かなかったのか。ダンテの妹君が、こんなにも可憐な御令嬢だったとは」

「可憐?」


 さっき侍女と勘違いして追っ払おうとしていたくせに、今さらなにを言っているのだろう。


 カノラの戸惑いを気遣う様子もなく、セイルドは金髪をふぁさ~となびかせて近寄ってくる。王子様がそうするように、カノラの前に跪いた。


「カノラ嬢、僕と結婚していただけませんか」

「え?」


 あまりに唐突なプロポーズで、照れるとかときめくとか、そういう感情は湧かない。違う意味で動悸が早くなる。


「あぁ、驚かせてしまったようだね。申し訳ない」

「はぁ、驚いてしまったようです。申し訳ありません」

「もっと早く貴女の存在を知っていたら、また違った求婚ができたかもしれません。ですが、帰国が迫っている今、一旦婚姻の約束だけでもお願いできませんか?」


 一旦も何も、一生だ。


 なぜ、わたしなのでしょうか。カノラは当然の疑問を投げかけてみる。彼はにこりと笑った。とても良い笑顔だ。


「いわゆる、一目惚れです」

「嘘だね」銀髪をなびかせ割って入るのはヴィントだ。


「カノ、騙されないように。右を見ても左を見ても、ここにあるのはアゼイ・スプリングの模写ばかり」


 嘘を見抜く、鋭い碧眼。


「好きなのは、アゼイの方だよね?」


 留学初日からやたらダンテを気に入っていたこと。スプリング家を訪問したがっていたこと。それらを繋げれば、そこに行き着くのは自明の理。


 不自然なことは他にもあった。本来なら格下であるスノライン伯爵家の方が隣国ノーザランドに留学すべきなのに、それを固辞して留学してきた。アゼイの生まれた国を堪能したかったからなのでは。ヴィントはつらつらと論を述べる。


 そう。セイルド・ノルドは、画家アゼイの熱烈なファンだった。


 彼は気まずそうに頬をかきながら「血縁の奇跡だ」と言う。

 天命を受けたとか言っていたが、究極のドリームを思いついただけだろう。孫娘であるカノラと婚姻すれば、自分の子供がアゼイの曾孫になるという奇跡。


 次期侯爵であることを加味すると、子爵家のカノラは第二夫人に置かれるはずだ。こんなに身勝手な金髪令息がいるだろうか。


 カノラが呆然としていると、そこでダンテが身を乗り出す。


「なあ、一つ聞いていい? セイルドは女が好きってこと?」

「……質問の意図はわからないが、僕は女性しか愛せない」

「マジか。謎だぁー」


 ダンテは首を傾げながら、ヴィントに視線を向けていた。珍しくアイコンタクトが通じ合わない様子で、男子二人が小首を傾げ合う。


「ダン、どうしたの?」

「んー、まあセイルドと結婚でもいっか……?」

「よくない」ヴィントはセイルドに向き直る。その瞳はひどく冷たい。


「一つ言っておくけど、カノは利益だけで結婚できるような子じゃないから。権力を振りかざしても簡単には頷かないよ」


 ヴィントの横で、カノラはうんうんと肯定する。


「そもそもアゼイ目当の求婚なんて、シンスおじさ(カノラの父)んが許さない」


 さすがのスノライン。アゼイの相続者である父親の名前を出されたら無理強いはできないはず。カノラは首を縦に振りまくった。

 

「……コホン。求婚については本気だが、まあ一旦置いておこう」


 セイルドはソファに座り直し、貴族然とした表情に戻る。


「さて、絵画市場で買った模写の話を進めようか」

「セイルドの引き際を心得てる性格、嫌いじゃないよ」

「ありがとうヴィント。話を進めよう」


 さすがは隣国の次期侯爵。欲まみれの垂れた目から、利を重んじるつり目に様変わり。


 でも、カノラはうまく立て直せなかった。もちろん気持ちはフォル・ハーベスにあるので揺らぎはしないが、人生初のプロポーズだし、できればもっと揺らぎたいくらいだ。


 とりあえず黙ってソファに座り直す。ダンテが指をさして笑ってくるので、足だけ踏んでおこう。むぎゅ。


「さて、仕切り直そう。ヴィントたちの目的は、僕が購入した模写を回収すること。そうだろう?」

「もう気付いてるだろうけど、あれはアゼイの未発表作の模写なんだよ」


 模写は二枚あり、うち一枚はすでに消去済みだ。


「なるほど。もう一枚を僕が購入したということか。では、ダンテは相当困っているわけだ」


 ヴィントは鼻で笑う。


「よくそんなこと言えるね。不確定な絵に大枚叩いてまで、スプリングを巻き込みたかった――相当困ってるのは、セイルドの方だよね?」

「……お見通しか」


 彼は立ち上がり、窓辺に立つ。北を向き、祈りを捧げるように目を瞑った。


「僕の留学中にもかかわらず、ノルド家で大きなトラブルが発生した。どうしようかと考えあぐねていたが、こうしてスプリング家と縁ができたことは――()()()()()アゼイの導きなのだろうね」


 彼は目を開き、手のひらを広げる。数字の五だ。


「主題は、アゼイ・スプリングの抜け番【幻の五番】についてだ」


 五番。カノラでさえ、それがいかに重要かを知っている。


 アゼイの絵画には必ずナンバーが振られている。サインやタイトルこそ定まっていないが、彼がナンバーを欠かしたことはない。


 例えば、No.001は【菜の花】だが、あれは晩年期に描かれたものだ。時系列と作品ナンバーは対応しておらず、その法則もわからない。


 アゼイおじいちゃんは気ままな性格をしており、ふらっと立ち寄った先で絵を描き、そこに置いてきてしまうという迷惑な癖を持っていた。

 アゼイの死後しばらくの間、それらは国中に散り散りになったままにされ『アゼイの抜け番』と呼ばれていた。


 カノラの父親であるシンス・スプリングがアゼイの行動歴から抜け番を探し出し、絵の管理を徹底。現在では、No.001からNo.100まで存在が確認されている。


 ただ一つ、No.005だけを除いて。


 通称【幻の五番】、これがセイルドの話の大筋だというのだ。


「君たちは知っているかい? 幻の五番がどこにあるのか」

「しらねーよ。じいちゃんの五番が見つかったっつーこと?」

「そうだ。僕の父親が購入してしまった」


 ヴィントとダンテは目を合わせた。


()()()()()()って……まさか……」

「本物かどうか怪しい」


 カノラたちは揃って、わお……と呟いてしまう。贋作を掴まされたということだ。


「と言っても、僕はまだ実物を見ていない。真作の可能性だってある。ただ……父親はアゼイのことになると考えなしになってしまうんだ。息子として非常に心配をしている」


 息子の方も考えなしに求婚しているのだから非常に心配だ。よく似てらっしゃいますね、とカノラはさり気ない相づちを打っておいた。


「親子そろってアゼイの大ファンなんだ?」

「一家そろって、だ」


 確かにノーザランドでのアゼイ人気は凄まじいと聞く。カノラに実感はないが。

 

「そこで、君たちに協力をお願いしたい」セイルドは芯のある声で言った。


「一つ目は、我が家にある幻の五番が本物かどうかを見極めてほしい。本来ならば、絵画品評会に鑑定を依頼すべきだが、もし贋作だとなれば……生き恥も良いところだ」


 大貴族ノルド侯爵が贋作を買っちゃいました~なんて、とんでもないスキャンダルだ。面子は丸つぶれ。秘密裏に処理したいのだろう。

 それよりも気になるのは『一つ目』という不穏なワードだ。カノラはおずおずと挙手をする。


「一つ目ということは、他にもあるのでしょうか?」

「もし贋作だった場合、解決に向けて助力をお願いしたいというのが二つ目だ」


 セイルドはここで話を切った。黒い瞳を瞬かせ、姿勢を正す。きっとノーザランドでは王子様のように扱われているのだろう。リエータのお買い得ランキングを振り返りながら、カノラはそう思った。


「もし無事に解決できたら、菜の花の模写を君たちに渡すと約束しよう」

「断ったら?」ヴィントは脚を組み直しながら尋ねる。


 十五秒ほどの沈黙。たっぷりと間を置いてから、セイルドは片眉をあげる。


「そうだな……あの菜の花の模写がどういう経緯で僕のところまで流れ着いたのか。好奇心旺盛な僕は調べてしまうだろう。心配症でもあるから、シンス・スプリング郷に相談してしまうかもしれない」


 菜の花の模写が他家どころか、他国にまで流れている状況。廃嫡どころか、スプリング子爵家への信頼に関わる。やるしかない。カノラとダンテは目を合わせてうなずき合う。


 しかし……ヴィントはどうだろうか。彼は無関係だ。ここでイチ抜けしたところで失うものはない。


 ―― 贋作事件を調べるなんて……ヴィンくんがいないと無理よね。でも、やってもらうには事が重い


 当のヴィントは何を考えているのか、窓の外を眺めているようだ。ちゃんと話を聞いていたのだろうか。


 興味がなさそうな彼を見て、ここはもう一枚カードを切るべきかと考える。小狡さを覚えつつあるカノラは、ちょいちょいと彼の脇腹をつついて小声で伝える。


「【深雪】を追加します」


 どうせにんまり顔をするのだろう。そう思って身構えるが、しかし彼は気の抜けたような表情を向けてくる。

 まるで四連作よりも気になるものがあって、それが頭の中を占有していたかのような―無防備な表情だ。珍しい。


「ヴィンくん?」

「あぁ……うん、そうだね。追加してもらおうかな」


 すぐに笑みを浮かべ、ピースサインをくるくると回す。権利書と契約書を交換しようね、というハンドサインだ。


 三人は手を取り合い、セイルドに協力すると約束したのだった。


 

 


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