表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

No.17 嘘を添えて



「おいヴィン! すげぇな、見ろよ!」


 上擦った声でリエータを指差す親友。また始まった、とヴィントは苦笑いで答える。


「逆に猛々しさを感じるのはなぜだろう」

「相変わらずエロ気に強ぇやつだな。さては尻派か?」

「指派かな」

 

 ダンテは「むっつり野郎め」と称えてくれた。


「なぁ、リエータちゃんにマジになってもいい? めっちゃタイプなんだけど」

「今はフークリンに集中。終わったらダンの好きにしていいから」

「へーへー。協力しろよ?」

「……はいはい」


 敏腕キューピッドのヴィントは、トリプルブッキング達成だ。


 同席していた女性たちを追っ払い、画家フークリンを注視する。リエータの隣に座り、何か会話をしているようだ。

 気がかりな点は、カノラだ。フークリンがリエータに触るたびに、払いのけたり遮ったり。ド真面目が大爆発している様子に、ヴィントは小さく笑って立ち上がる。


「ダン、行くよ」

「がってんしょうち!」


 胸だの指だのくだらない会話を交わしながら出入口に近づく。さも、今気付きました~という表情で、彼女たちに声をかけるのだ。


「あれ? カノ?」

「え!? ヴィンくん……!」

「偶然だね。久しぶり」

「う、うん。ヒサシブリ~!」


 先ほどぶりだ。


「あら、二人はもう帰るところ? せっかくだし、少しくらい話しましょうよ」リエータは手招きをする。


 そこでヴィントはフークリンに遠慮がちな視線を向けた。 

 女の子を口説いてるときに別の男が現れる。苛立つのか、無視するのか。観察していると、しかし、フークリンはグラスを掲げた。


「一緒に飲もうぜ、兄弟! リエカノちゃんを独り占めしてたら店中の男に睨まれちゃうしね」


 入店からたった三十分、リエカノという謎の名前がつけられている。なるほど、ダンテと酒場で出会ったというのも頷ける。気が合うわけだ。


 リエータ、フークリン、ダンテ、ヴィント、カノラ。この順にぐるりと円卓を囲む。

 乾杯を済ませると、フークリンは首を傾げてダンテをまじまじと見た。


「その夕焼け色みたいな赤髪……覚えがある。前に飲んだことあるよね? ほら、五軒先にあるデラウェ(ぶどう)ア色のランプの店。個室の酒場。覚えてない?」

「あのときの画家の兄ちゃんか!」

「それそれ! そっかぁ、会うのは二回目か」


 フークリンは少し眉を下げて、リエータを見る。だが、すぐにパッと顔を明るくして、話題は絵画【菜の花】へと移る。


「あれは、本当にいい絵だった! いやー、その節はありがとう。結構稼げたよ」


 稼いだというフークリンの言葉に、リエータの眉が僅かに歪んだ。ヴィントは彼女に細かい事情を伝えていなかった。だが、ここでも傍観を選ぶ。


 酒場の円卓を囲む五人。最も恐れるべきは、あの菜の花の絵画が、実はアゼイ・スプリングのものだとフークリンにばれることだ。リエータに知られたところで、絵は消去済みなのだから後の祭り。


 円卓で交わされる視線など知らずに、フークリンは陽気に話を続ける。


「あまりにキレイな絵だったから、その場で簡単に模写させてもらったんだ。完成品の()()を売ったら、高値でウハウハ!」

「ちょーい待て。オレは許可してねーんだけど? 大体、模写する時間なんてなかっただろ」


 フークリンは悪い悪いと謝りながらも笑う。


「きみがうたた寝してる隙に、ササッと構図だけ頂戴し(パクっ)たんだよ。色彩は見たら覚えられるし」

「寝てたっけ?」

「五分くらいね」

「短っ!」ダンテはあんぐりと口を開ける。


「ははは! 模写は大得意なんだ」


 彼はチキンステーキを美しく切り分けながら、自慢げに話をする。


「前に事件を目撃したときなんか、ドンピシャの似顔絵を描いて騎士団に表彰されたこともあるよ」フォークをくるりと回し、チキンをぱくり。

「模写を悪用したわけじゃないし、セーフってことでいいかな、赤髪くん? ははは!」


「セーフじゃねーわ! 笑いごとじゃねぇからまじで!」


 奔放な男共の言い合いを聞きながら、ヴィントはフークリンの所作を見ていた。視線、瞳孔、呼吸の仕方。嘘はなさそうだ。

 一つだけ感じた矛盾は、ナイフの使い方が妙に洗練されている点。器用なだけだろうか。


 ―― だからって、短時間で色彩をトレースできるか?


 真作と偽物の菜の花を比べると、確かに構図に違いはある。だが、色彩は完璧だった。ヴィントでもそんな芸当はできない。


 さり気なく聞いてみると、フークリンの筆名はコンクールの上位でよく見かける名前だった。

 しかし、彼は頬杖をついて不満そうにする。


「コンクールで三位になっても、オリジナルの作品は売れないんだよ~。悲しいかな、模写で食ってるってわけ」

「三位の実力ならファンもいるんじゃない? 画家アノニマスは、コンクールで注目されて売れたらしいし」


 アノニマスであるヴィントは、そう言いながらグラスに酒を注ぐ。透明な隔たりの向こう側で、パチパチと気泡が弾ける。フークリンは一瞬だけ眉をひそめた。


「それが一位と三位の差ってやつだよ」


 テーブルの中央にある赤いランタンが、彼の黒い瞳を照らした。


 嘘はついていない様子だが、本当に模写は二枚だけなのか。新しく複製は可能なのか。確かめなければならない。

 もし本当に二枚だけなら、そのうち一枚をリエータの父親が購入したことになる。もう一枚の購入者を聞き出し、ニセ菜の花を消去すれば解決だ。


 さて、どうやって聞き出すか。こちらの真意に気付かれないように、建て前を用意しなければならない。


 ヴィントはテーブルをトントンと指先で叩く。

 フークリンはそこに残る絵の具に気付いたようだった。初恋が染み込んで取れないように、爪の隙間や皮膚に染み込んだ色もなかなか取れない。


「もしかして、きみも絵を描く人?」


 ヴィントは頷いて肯定する。

 ついでに、嘘を添えて。


「実は……あの菜の花の絵、俺が描いたものなんだ」


 隣に座るカノラの口が開いていた。驚きすぎだ。

 同様に、フークリンも目を丸くする。


「きみが、あの絵を……? 画家仲間だったのか」

「無名だけどね。画家と言えるかどうか。こんなことになっちゃって……胸も張れやしない」


 ヴィントは悲しげな表情を作ってみせる。明るかった雰囲気が急に湿度を帯びはじめ、フークリンは不思議そうに首を傾げる。


「え、なにこの空気。どうした?」

「あの絵、大切な人のためだけに描いたんだ。まさか模写されていたなんて知らなくて……」


 肩を震わせ、ショックで俯いている風を装う。その並々ならぬ哀愁に、フークリンは慌てて謝罪を口にする。

 

「ご、ごめん! でも模写だし! そこまで重く考えなくても――」

「俺が死んだら棺桶に入れて、天国にいるエルビウムに見せようと思ってた」

「棺桶」


 天国にいないエルビウムも口を開けて驚いていることだろう。ちなみに、ヴィントの母親が領地で飼っている愛犬の名前だ。元気な黒毛の雄。名前の由来は、母親の好きな作曲家だそうだ。


 ヴィントは思い出を語る。息を引き取った日の悲しみだとか。庭に墓を作って毎日お祈りをしているのだとか。


「模写なんて……エルビウム、悲しむだろうな」


 その呟きが、ズドーンと落とされる。かつて賑やかだった円卓は、今ではしめやか。周囲の喧騒が遠く感じる。


 少し考えれば嘘だとわかりそうなのに、ダンテやリエカノも泣きそうになっている。ちょろすぎて心配になる。

 うっかり思いが募っちゃったらしく、ダンテはフークリンの胸ぐらを掴みながら声を荒げる。


「あの絵を持ち出したオレが悪かった。模写を買ったやつの名前を教えてくれ! そいつから買い取る! 本当に模写は二枚だけか!?」

「ああ、誓うよ」


「……でも、描こうと思えば描けるんだよね?」


 ヴィントが核心を突くと、フークリンは首を横に振った。


「いや、構図の下絵を捨てたから描けない。そもそも一枚の絵から二枚しか複製しないって決めてるし」


 決めている、とはなんだろうか。ヴィントは眉を歪ませ、続きを促した。


「あー、ごめん。わかんないよね」


 フークリンは嘲笑する。凡人には、と言いたいのだろう。

 そして、ピーナッツを一つ、二つ、と口に放り込む。三つ目は――触れようとしない。よく見ると、ローストしすぎたのか色が悪かった。

 そのまま水で流し込み、彼は頭を下げた。


「本当に申し訳なかったよ。心から謝罪する」

「きっと許してくれるよ(犬だし)」


 ヴィントは仕方なさそうに微笑んで、模写の購入者を問う。

 フークリンははっきり答えてくれた。一枚目を購入したのはサンライト男爵だった、と。


 しかし、二枚目ついては名前を聞いていないという。絵画市場で絵を並べてすぐに「売ってほしい」と声をかけられ、即金で買ってもらえたらしい。 


 フークリンは視線を左上――ちょうど窓から見える月を見ていた。


「あれは……貴族の坊ちゃんだな。オレは隣国ノーザランドの出身なんだけど、たぶん同郷。シャンパンみたいな金髪に、カラスの羽みたいな黒い瞳をしていたよ」


 瞬間、ヴィントとダンテは目を合わせる。

 ノーザランドの金髪黒瞳。栄えある一位を思い浮かべていた。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ