No.16 その光が奏する
がやがや、ぺちゃくちゃ。カノラは騒がしい酒場に座っていた。
入口に一番近いテーブルを陣取り、リエータの話をうんうんと聞く。合間で声をかけてくる男共を蹴散らし、リエータのお喋りは止まらない。
「あたし、恩は返す主義なのよ。男を釣り上げるくらいならどうってことないし」
「うん、本当にありがとうね。十七歳とは思えないね」
「やっぱり? 成人してるって勘違いされるのよね」
「うんうん、二十五歳くらいに見えるね」
褒めたつもりだったのに、ギロリと睨まれる。とても難しい。
「それにしたって、今日で一週間よ? 毎夜、カノラさんと二人で酒場でおしゃべりタイム。普通なら退学ね」
「しー! リエータさん、声が大きいよ」
「誰も聞いてやしないって。顔だけ笑っとけばへーきへーき」リエータはにっこりと口角をあげる。
「カノラさんもヴィント・スノラインの悪口でも言ってみたら? あの人、マジで腹黒くない?」
「器用にお口が悪いね」
この店内で、最も腹が黒いのは誰だろうか。表情と言動が一致していない。とても怖い。
―― ヴィンくんは腹黒いというより、底が見えないって感じだけどなぁ……
そそのかされ、うっかりと悪口を考えてしまう。察しの良いヴィントのことだから、思考を読まれているかも。そろりと奥の席に視線を向けた。
―― あ、お兄ちゃんったら……また女の人に声をかけてる
人混みの切れ間に見える兄ズ。銀髪だと目立つからと、今日のヴィントは帽子を被っている。時折見える表情は、とんでもなく白けている。
彼が留守番をしたがった理由がよくわかる。ダンテがあっちこっちに声をかけまくり、見知らぬ女性と同席することになって一週間だ。アイスブルーの目が死んでいる。
居たたまれない。うちの兄がごめんなさいと心の中で謝罪をしていると、そこでヴィントと視線がぶつかった。
一週間、何度も交わした視線だ。目が合うたびに、彼はふわりと笑う。『カノ、だいじょうぶ?』と耳元で音のしない声が聞こえる。しらけ顔から一瞬で柔らかくなる表情に、これはこれで居たたまれないカノラ。
辛辣で冷たい彼だが、言葉という飾りを取り払うと、こんなに優しい目をしていたのかと気付かされる。このギャップ。
―― 好きになる女の子も多いんだろうなぁ……
「銀髪令息……おそろしい……」
「ちょっとカノラさん、聞いてる?」リエータはぐいっとグラスを傾ける。
「フォル・ハーベスとの恋愛はどーなってんのって話よ。そのうち貧乏がイヤになって結婚したくなっちゃうかも」
「本当に結婚観がライトだね」
口ではこう言っているが、リエータはにやにやと笑うだけ。その気はなさそうだ。
彼女は損得勘定の覇者だけど、意外と心配症で面倒見が良い。あの父親を見捨てられないのだから、推して知るべし。
こんな風に彼女に世話を焼かれるたびに、胸がふわりと軽くなる。酒場通いの初日は、『なぜフォルは彼女に恋をしたのか』と、納得のいく理由をあら探ししようとしていたのに。
もうそんな気持ちはない。本当に友達になってしまったから。
この関係はカノラにとって良い面もあった。皮肉なことに、リエータと近づくほど、フォルとの距離も急速に近づいていった。
「わたしは結婚なんてほど遠いけど……フォル様とは……えへへ」
「笑い方、きもちわる」
気持ち悪くて結構。ボディタッチの効果は絶大だった。
最近は校舎内で会えば、フォルの方から話しかけてくれる。昨日はとうとう差し入れをすることにも成功。放課後の中庭で、一緒にクッキーを食べるという恋人同士のようなイベントもやってのけた。
フォルは相変わらずリエータの話ばかりしてくるが、それをダシにして話題を広げる図太さを身につけたカノラ。恋はファイトだ。
一方、リエータも婚活を頑張っている様子だ。彼女にとって、二位だけでなく五位との繋がりもできてしまう奇跡的な展開。だが、彼女の顔は暗かった。
「はーあ、カノラさんはいいわよねぇ。こうやって近づいてみると、イヤでも気付かされる」
カノラは首を傾げて続きを促す。
「カノラさんって、ヴィント様と仲良すぎない? ……本当に何もないの?」
「なにもって?」
「恋愛よ。あの人、まったく近寄れないの。隙がない。どうやったら仲良くなれるの!? やだやだ、特別扱いされちゃってさぁ」
リエータは「憎らしい」と言って、カノラの鼻先にフォークを突きつける。
「あたしなんて『サンライトの子』としか呼ばれたことないからね。距離感はんぱない」
言われてみれば、彼はあまり女性の名前を呼ばない。だが、カノラはまた首を傾げる。
「わたしがヴィンくんに好かれてるってこと? ふふっ、まさか! そんな勘違い、させてもらえないよ。この前なんて『カノラは美人じゃない。地味で目立たなくて群衆に埋もれる』って言われたし」
「へー。真実を告げる派なのね」
「うん。リエータさんと同じ派閥だね」
鷹派だ。
「まあ……ヴィント様も、やたらカノラさんとフォル・ハーベスをくっつけようとしてるものね。どういう感情なのか、わけわかんないけど」
リエータは、のっぴきならない事情でもあるのかしらね、とつまらなそうにピーナッツを噛み砕く。
四連作の譲渡が彼の動機なのだが、カノラは口ごもってしまう。
しかし、リエータは追及してこなかった。どうしたのだろうと、飲んでいたグラスをテーブルに置く。その手を彼女に掴まれ、事態を察する。
―― フークリンが来た……!?
入口に背を向けて座っているカノラ。不自然にならないように、目だけを動かしてヴィントに視線を送る。
彼も気付いたようで、ダンテに確認を取った後、すぐにウインクが飛んできた。アイスブルーの瞳で伝わる『画家フークリンで間違いない』ということだ。
リエータは着ていた上着を脱ぎ捨て、背筋を伸ばす。ローズブロンドをかきあげれば、周りの男共が静かにどよどよし始める。美人な上にスタイルがいい。
さすが鷹派のリエータ。狩る気満々。十七歳とは思えない。きっと心は老けている。
「リ、リエータさん! 胸がこぼれ落ちそうだよ……!」
「カノラさんは黙ってて。一発で釣るわよ」
目がマジだった。カノラは邪魔にならないように身を縮める。今のカノラにできることは、グラスの位置を調整し、上手いこと照明を反射させてリエータを輝かせることくらいだ。よし、この位置だ。ピカー!
その光が功を奏する。フークリンと思わしき男は、こぼれ落ちそうなところに大注目の様子。グラスを握る手に力が入ってしまう。これだから男ってやつは!
―― こっちに来る……
その靴音は不思議なくらい際立つ。床の上を優しく滑るような、品の良い歩き方なのだろう。店は騒がしいのに、カノラの耳はそれを捉え続ける。
音が鳴り終えた瞬間、不穏な静けさを感じた。
「こんばんは。ローズブロンドのとびきり可愛い子がいるって噂を聞いたんだけど――本当に可愛いね! ここ座ってもいい?」
見上げると、そこには長身長髪の男が立っていた。




