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No.13 罪には罰を



 リエータ・サンライトは、焦っていた。

 優しくも愚かな父親は、本当に詐欺を働いてしまったのだろう。正直、そのうちやらかすと思っていた。


 公表されたら終わりだ。スノライン相手にどうすればいい。

 一縷の望みはフォル・ハーベスの存在だった。なのに、話が進むにつれて彼の眼光が鋭くなっていく。


 ―― さっきまで胸ばっか見てたくせに……急に”騎士の目”になるなんて


 フォルは、ヴィントに許可を求めるような仕草をする。


「もう話していいよ。フォルくんの家系は、少し特殊な騎士なんだよね?」

「詐欺犯罪。取り分け、芸術品における詐欺を管轄に持つ隊長を担っています」


 そういうことだったのか、とリエータはヴィントを睨んだ。


 昨日の放課後。突然、ヴィントに声をかけられたのだ。彼はクマノミ三号とか言いながら、奇妙なことを言う。


 一つ。やったことを全部なかったことにしてあげる。その代わり、フォル・ハーベスの好意を断り続けるように。

 

 二つ。明日は露出の激しい服装で出迎えるように。


 一つ目を聞いた段階で、嫌な予感はしていた。何の交換条件だかわからなかったが、頷いておいて損はないと思った。どのみちお断りだし。


 二つ目は、単純にヴィントのリクエストだと思い、全力で寄せて集めて谷間を持ってきたのが今日だ。


 それがどういうことだろうか。とんだお色気ピエロじゃないか。


 しかし、ハーベス伯爵家が芸術犯罪の隊長となると、話は変わる。信頼回復の効果は、ダンテ・スプリングと同等かも。


 ―― 騎士科のくせに、なんで芸術学を取ってるのか不思議だったけど……将来を見越してだったのね。調査不足だった! この銀髪野郎……っ!


 彼らのやり取りから察するに、フォルのランキングを上げないように、ヴィントの口車で秘匿させていたのだろう。リエータは唇を噛んだ。


 フォルはよく通る声で訊ねる。


「騎士見習いとしてお伺いします。偽物だと知った上で、客に売ったのでしょうか?」


 男爵は答えない。俯くだけだ。

 ヴィントはなだめるように、フォルの肩に軽く触れる。穏やかな声で、男爵に語りかけた。


「この絵を初めて見たとき、僕はアルコールテストを行った形跡に気づいていました。ですが、それが客との商談の前なのか後なのか、確証がなかった」


 予想はできましたけどね、と言いながら、胸ポケットから紙を取り出す。

 

「先ほど『勝手に調べさせてもらった』と言いましたが、確証を得るために、あなたの客に話を聞いたんです。客は絵の欠けた部分に気づいて、取引を中止したそうですね」


 男爵は初めから偽物だと知っていた、ということだ。


 抜けだらけの犯罪を企て、何一つ上手くいかずに露見した無能な男――隣にいる父親は、情けなく俯くだけ。弁明すらしない。


 リエータは目をぎゅっと瞑った。

 もう元には戻らない。やってしまったことは、なかったことにできない。


 ―― じゃあ『やったことを全部なかったことにしてあげる』って、どういう意味……?


 交換条件のことを思い出す。パッと目を開けると、ヴィントと視線がぶつかった。その一瞬だけ、彼は口の端をあげた。


「男爵、罪を認めてください。この欠けた部分を証拠にすれば、騎士団も動くでしょう。この欠けた部分を証拠にしてね!」


 喉の奥がヒュッと鳴る。震えそうになる声を、どうにか張り上げた。


「そ、そんなちょっと待って! 他言無用だと約束したじゃない! ヴィント・スノライン、あんただって交換条件とか何とか言ってたでしょ!?」


 父親を守るように、両手でしがみつく。


「いやよ、お父様を連れて行かないで! ダメなところばっかだけど……優しい人なの。騎士団に言わないで! お父様まで奪ったら許さない! スノラインだって許さない!!」


 金とか権力とか関係ない。ローズブロンドの美しい髪を振り乱し、リエータは叫んだ。


 その激昂を止めたのは、カノラの声だった。


「ちがうよ、リエータさん」

「カノラさんは黙ってて!」

「で、でも、絵が――ほら、見て」


「え?」


 全員の視線が落とされる。なにもない。さきほどヴィントがぶちまけてゴシゴシ擦ったせいで、証拠である部分が丸ごと消えてなくなっている。なんてこった。フォルなんて目玉が飛び出てひどい顔になっている。


「ヴヴヴィント先輩!? 証拠が! 消えてますけど!?」

「あちゃー、うっかりうっかり」

「ちょ、なにやってるんですか!?」

「全力でおっちょこちょいをやってる。うーん、覆水盆に返らず。かけたアルコール、瓶に戻らず。一度、心を落ち着けよう」


 ヴィントはスッと立ち上がり、みんなに背を向けて外を眺め出す。とっても心が落ち着いている。


 曇りなきアイスブルーの瞳。その視線の先には、黄色の蝶が舞っていた。それを目で追いかけながら、彼は口を開く。


「知ってる? 蝶は二週間しか生きられないんだ」


 知らねーわ、とリエータは思った。


「短い命だ。……だからこそ、人はありもしない奇跡を欲する」ヴィントは振り向く。


「君も、そうだったんだろう? それが男爵の動機だ」

「……なにそれ、どういうこと?」


「君の母親の病気は、治る見込みがなかった。延命措置に近い莫大な治療費を用意するか、放っておくかの二択。前者を選んだ男爵が、二年前から借金を重ねていたことも調べてあります」


 ヴィントは続ける。

 元平民のリエータのために、王立学園を無事に卒業させてあげたかった。だが、借金の利子で授業料の支払いが厳しい。そこで出来の良い絵画に稼がせて、どうにか御破算にしようと賭けに出た。

 借金の理由をリエータに知られたくなくて、男爵はごまかし続けたのではないか――と。


 男爵は、ようやく頷いた。そこまで調べてらっしゃるのですね、と初めて罪を認めた。


「すべて……おっしゃる通りです。この絵を売ってくれたのは、偶然出会った画家の男性です」


 ただの模写だと聞いていたが、あまりに出来がよく、真作なのではないかと期待してしまった。アルコールで確認したときに、手が震えて擦りすぎたらしい。


「本当に馬鹿なことをしました。ですが……こうして罪を暴かれて、やっと息が吸える。ご迷惑をおかけしました」

「お父様」

「リエータ、すまない。情けない父親で。また一人にしてしまうね。……ハーベス伯爵令息、処罰はおまかせいたします」


 リエータは母親のことが大好きだった。母の余命を知ったとき、自分の全てを失う気がして……到底、受け入れられなかった。

 

 余命は数か月のはずだった。それが二年も生きてくれた。こうして今、リエータが立っていられるのも、母の死を受け入れるための時間を神様が用意してくれたからだと思っていた。――父親のおかげだったなんて。


「フォルくん、正義が常に正しいとは限らない。男爵の罪は、彼を牢屋に縛りつけるほどの業だろうか」


 いやいや、元々はあんたが暴いた罪だろうが。口の悪いリエータは内心でそう思った。

 ところが、フォルは下唇を噛んで震えている。眼鏡の奥にある瞳がぶれぶれだ。


「思い出してほしい」ヴィントは顔をゆがめる。

「男爵は、証拠の絵を捨てなかったんだ」


 そうだ、あの絵を寝室に飾り続けていた。毎夜、夢に見るまで後悔し、もう二度と同じ過ちを犯さないと、何度も誓っていた。


「誰も彼を責められない。被害者である客にも事情を伝えたが、すべて理解してくれたよ。涙ながらにね。実害もないし、騎士団に証言などできないと言っているんだ」


 さらりと被害者の口封じまでしている様子。リエータの開いた口が塞がらない。


 全員を敵とみなして攻め入り、救いのヒーローのように振る舞う。


 この男、本当は誰の味方なのか。


「ちょ、ちょっと……あんたねぇ――」

「君は娘として、父親の罪をどう思う? ()()()()()()()考えてみるといい」


 ヴィントは手のひらを胸に当てていた。そして、口の端をあげてからのウインク。


 ――ん? これ、なんかのサインよね


 損得勘定の覇者。聡い彼女は気付いた。昨日、ヴィントが言っていた二つ目の条件は、ここで発揮されるのかと!


 瞬間、リエータの目の色が変わる。色目だ。


「あの、ハーベス伯爵令息……いえ、フォル様。どうか父を許してください。間違ってばかりですが、心だけは正しいのです」

「し、しかし……僕の騎士道が……正義の心が」

「そこをなんとか」


 彼の横に跪き、剣ダコだらけの手を取る。握るフリをしながら、そっと胸に手を当ててみた。ふよん。


「……っ!? そ、そうですよね! 男爵の心は正しい! 僕が保証します!」


 全部なかったことになった。リエータは思った。こいつはダメだ、やっぱり二位を狙っていこう……と。




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