人さらいのアジト
「行こう」
勇者が3本の指を立てる。徐々に下した指が最後の1本になったことを合図に勇者たちは部屋に押し入った。
「誰だ。お前らは」
突入後に声をかけられるが、勇者たちは知っていた。この手の輩に容赦をすることは必要ないと。だから、彼らはすぐに攻撃を開始した。
しかし、その場から攻撃も仕掛けることは出来なかった。扉を開けた瞬間に飛んできたナイフに対しての対処に追われたからである。
「今のを全てはじくか」
部屋のなかに入ったのは、勇者とレオナンドが同時に入ったので二人がナイフをはじいたが、レオナンドが後列から順番を変えていなかったら危なかったかもしれない。はじいたナイフはおおよそ10本ほどで戦闘職ではない二人からしたら不可避の一撃だっただろう。
さっきの兄貴分の声と一緒のことから目の前のナイフを投げた男がこの場で一番強いのははっきりと分かる。人さらいの集団の中でも一番立派な服を着ている。
勇者が兄貴分を受け持とうと、飛び出そうとするとそのタイミングでナイフを投げられ中々踏み込めない。
「さっさと逃げろ。俺が殿をやる」
そのまま踏めこめない状況でいると後ろの扉から数人の人さらいが出て行ってしまう。
横目で確認した兄貴分は落ち着いた声で話し始める。
「ついてないな。まぁいい。お前らの探し物はそこの隣の部屋だ」
ちらりと勇者はレオナンドを見ると、レオナンドは小さく頷いた。それをみたアイリスは隣の部屋に向かっていく。
「さて、戦力は削ったが3,いや2対1か」
彼がアイリスを通したのが戦力の分散を狙ってのことなのを気づいていて、勇者たちはアイリスを隣の部屋に送ったわけだが、2対1というのは、ミーシャの意識が兄貴分には向いていないということに気づいているということだった。
「言いたいことはありますか?」
勇者は問いかけに対して男は答えた。
「どこの誰だか知らないが、俺の仕事を妨害した罪は贖ってもらうぞ」
「そもそも罪を犯している人が何を言っているんですか」
目の前の男がさらにナイフを懐から取り出し、剣を握りなおした勇者が次の攻撃を仕掛けようとしたとき、レオナンドも魔剣に魔力を込める。その時、背後からカランと音がする。
その音にレオナンドと勇者は意識をそらされる。後ろには空き缶が一つ転がっている。
「まだまだ甘ちゃんだな」
意識を逸らしていなかったのは男だけ。正確にはミーシャもだが、彼女はそもそも気づいていないようだった。
意識と同時に視界も逸らされていた時間は数秒だったが、相手が次の行動を起こすのには十分すぎた。
「……いなくなってる」
既に男のすがたはなくなっていた。
「こちらの人たちはみんな無事でした。ケガなどの治療も済ませましたが、心理的なケアは私には
出来ないので、保護してもらってになりそうですけど」
隣の部屋からアイリスが申し訳そうに出てくる。
「いや、十分だ。こっちも一度は取り逃したが、ミーシャがいる。どうだミーシャ?」
レオナンドが先ほどからずっと何にも参加しているようには見えなかったミーシャに向かって問いかける。またも気づかないのか身動き一つしていなかったミーシャに見えたが、ようやく口を開いた。
「………大丈夫。でも、1人だけ捕まえられなかった」
「すごいなぁ。遠見の魔法と遠隔魔法の組み合わせで捕まえたってことでしょ?」
返事をするように小さく頷く彼女は続けて説明を開始する。
「今回使ったのは最近開発をした魔法の遠見の魔法なんだけど目を飛ばすようにして視界を広げる魔法だから現実の方で視力が使えないのが難点。それにその魔法を起点つまりわたしがそこにいると定義することで遠隔魔法という形で魔法を使うことが出来た。さらにその状態で簡単な魔法だけでなくて固定魔法も使うことが出来た。ちなみに固定魔法っていうのは物を固定するだけの魔法だけど固定したものは術者が解くかそれ以上の術者による解除魔法を使うしかないからあの人たちの魔法の腕じゃ無理。多分その通路を歩いていけば着くと思う。ここまでの魔法で遠見の魔法は視界を失った人でも使うことが出来ると思うから視力を補うにも使えるとは思う。幽体離脱とかが体感のイメージとしては一番近いからやったことのある人なら感覚もつかみやすいとは思う。それから」
「…毎度思うが魔法についての説明をするときだけ早口になるのは気を付けた方がいいぞ。それにお前の腕は信用しているが人さらいの頭領は中々やる男だ。俺たち二人を相手にしてのあの余裕は少し気になる」
説明を切るようにレオナンドが口をはさむと少し不機嫌そうな声色で
「………うるさい。あの男の方は多分逃げたよ」
「ミーシャでも捕まえられなさそう?」
「………無理。最初からそっちに専念してたら」
勇者の質問に対しては少し悔しそうな声で返事をする。
「それはしょうがないね。それじゃ、部下の方は捕まえようか」