スラム街にて
わざわざ、城を抜け出してきてまで勇者がスラム街に来ていることにはもちろん理由があった。まず、スラム街とは分かりやすくいうのであれば貧民街、無法地帯とも言い表すことが出来よう。国も力を入れて解決をするために様々な政策は打ち出してはいるものも中々改善の兆しは見られない。
さらに最近では人さらいが横行しているという噂がある。実際に王城が裏を取っているため、その信頼性も間違いない。レオナンドの口からの説明によれば、組織立っての犯行で他の国でも同じ手口が報告されているらしく、1週間もしないうちにトンズラすることもしばしばだと言う。
「今回、国が動かないのも相手が逃げる方が早いからだからな」
「だから、私たちのように少数で速く動ける人たちで行くわけですね」
「そういうことだから、短期決戦で行くつもりだから、あまり大きな魔法使わないでね?」
念を押すように勇者がミーシャに声をかけると、少し残念そうに一言
「………別にいい。他の魔法試す」
ミーシャは普段、大魔法をよく使う。彼女の内包する魔力も技術も世界最高峰ではあるが、その膨大な魔力は消費しないことで魔力暴走を引き起こすことがある。そのために消費魔力の大魔法をよく使う。彼女自身が大魔法を好むというのもあるが。
「着いたぞ」
向かうは敵のアジト。国の調査とミーシャの魔法によって、一番怪しい場所を見つけていた。外見は廃れたパブのようだが、複数人が出入りしている痕跡は確かにあった。
木製の扉を剣で叩き斬るようにして、勇者が突入するが中には誰もいない。それどころか荷物も設備もない。
「いないね」
ポツリと出た言葉に返したのは辺りを少し見渡していた彼女だった。
「………下」
と言いながら、端の方の床を指さす。木目調の床はパッと見る限りでは不自然なところはない。それどころかカウンターの後ろの方が怪しく見える。
「どう開けるのでしょう?」
手に持った杖でその床をつつくアイリスは不思議そうに首をかしげているが、近づいてくるミーシャに場所を譲る。そのまま、しゃがんで床を触ったと思うと数秒光ったと思うと、木だったところには何も残っておらず、階段が姿を現した。
「レオナンド、後ろは頼むね」
先頭に勇者を、後列に王子を。そのように縦列を組んだまま一行は進む。
階段に明かりは無かったが、各々が明かりになるようなものを持っている。勇者とレオナンドは剣を光らせ、アイリスとミーシャは光の玉を宙に浮かべている。この二人は何でもないようにしているが光属性に大きな適性を持っていなければできない芸当である。
勇者も出来ないわけではないが、武器に光属性を付与することで明かりとする方が魔力効率的にも、難易度的にも簡単であるが、もちろん一般人にはとても出来ない。
レオナンドもその一人だ。光属性も持っていないがその剣は確かに光を放っている。これは彼の持つ魔剣の能力によるもの。魔剣にもいろいろな能力を持つものがあるが彼がよく使うその魔剣は炎の魔剣である。炎を出さなくても、その熱を剣身に集めることで明かりを作っている。
階段はそこまで長くなかった。少し歩くと、また扉に行き当たる。木製の扉のようだが、声が聞こえる。
「兄貴、王都の割にはどこの都市とも大差なかったすね」
「そういうな。王都産というだけで、値段は上がるんだ。大した問題じゃない。それより手なんか出してないだろうな」
「そ、そんなわけないじゃですか。前の都市で馬鹿やったやつがどうなったか見てるんですし。それに毎回兄貴のおかげでいい店にも行けてるんですよ?」
「そうですよ。兄貴に逆らうやつなんていませんて」
声の正体が人さらいであることは誰の目でも明らかであった。