夏フェスで助けた子がクラス一軍の陽キャ美少女だったんだが、趣味が同じことがわかってから様子がおかしい
うだるような暑さの中、夏フェスの小さなステージではインディーズのバンドが演奏を終え、曲間のチューニングに入った。まばらにいる客は皆次の音楽の波に備え、地蔵のように立っている。
俺のいるサブステージから少し離れたところにあるメインステージでは有り得ない光景だろう。あそこは有名バンドが出演しているので最前列に人が群がり、押し合いへし合いの様相を呈しているはずだ。
俺の隣ではスポーツドリンクをビールのように飲みながら、適度に人との間隔を空けて身体を好きに揺らしている人がいる。
今は曲と曲の合間なのにまだ直前の曲の余韻に浸っているのだろうか。少し変に思い、視線が持っていかれる。
ダボダボの白いシャツと赤い短パンにバケットハット、小さなサコッシュと陽キャ臭が物凄い人だ。バケットハットからは腰にまで届きそうな長い黒髪がはみ出ているので女性だろうか。
こういう人もマイナーなバンドのステージを見に来るのか、と意外に思う一方で、こういう知らない音楽との出会いがあるのもフェスの醍醐味だよなぁ、なんて考えながらステージの方を向く。
その瞬間、隣からドサリ、と音がした。もう一度隣を見ると、さっきの赤短パン陽キャ女子が倒れていた。
慌ててその人に駆け寄る。周りの人はあたふたとしているだけで近寄ってこないので連れはいないらしい。
「だっ……大丈夫ですか!?」
「うっ……」
「誰か! 熱中症かもしれません! 救護を!」
俺の叫びは曲の合間ということもあり夏フェスの会場とは思えないくらいによく通った。人がまばらなためステージからも見通しが良かったのか「救護の人、後ろです。お願いします」と演者が声をかけてくれたこともあり、すぐに救護班の人が来た。
救護班の人は女性の体調を確認しながら帽子と色付きのメガネを取る。その顔を見て俺はすぐにピンときた。
その人は同じクラスの女子、竹内日奈子だった。陽キャグループに所属していることもあり話したことはないが、可愛くて目立つので一方的に名前を知っているだけの関係だけど、それでも何万というフェス客、もとい赤の他人の中では繋がりはトップクラスに強い人だ。
「お兄さん、知り合いですか?」
俺がじっと竹内を見ていたからなのか、救護班の人が俺に聞いてくる。
「あっ……こ、高校の同級生で……」
「じゃあ一緒に来てもらえますか?」
「あっ……は、はい」
本来は陽キャ友達と来ているのだろうけど、周りにそれらしき人は見当たらないし、知らない人でもないので心配ではある。
そんなわけで俺は救護担架の横について救護テントに向かったのだった。
◆
竹内は軽度の熱中症らしく、意識もハッキリとしていたので一時間くらい休めば大丈夫との話になった。俺はついてきた手前、早々にテントを後にするのも気まずいので、竹内の横たわっている簡易ベッドの横に用意してもらったパイプ椅子に座っている。
「あの……ありがとうございました」
竹内は身体を起こして沈黙を破った。
「あ……ね、寝ててください」
「いえ、もう大丈夫ですよ。それより……クラスメイトならタメ口で良くない? 話したことなかったっけ? えぇと……」
話したことがあろうとなかろうと入学して3ヶ月も経った7月時点で名前を覚えていない程度の関係性なのだから敬語でいいんじゃない? なんて言葉をぐっと飲み込む。
「山下達央」
「あぁ! 山下君! 私は――」
同じクラスなのに、俺の名前を聞いた瞬間竹内はオーバーなリアクションで驚いた。
「竹内さん、でしょ。知ってるよ」
「ありゃ、ごめんね……私、人の名前を覚えるのが苦手なんだ……」
病み上がりの女子をシュンとさせてしまい落ち込む。責める気は無かったのだけどクラスの中心にいるような陽キャの人と話すときはどうにも緊張してしまう。
「あ……ごめん、変な意味じゃなくて……」
「分かってるよ。あ、私は一人で大丈夫だから。折角の夏フェスなんだし好きなところ行かないとだよ!」
「良いよ。ここエアコンが効いてて涼しいし。他にそんな場所ないからさ」
「そうなの? 山下君ってツンデレ?」
ニヤニヤしながら竹内が俺に尋ねる。
「なっ……なんだよ! 急に!」
「あははっ! ねぇねぇ、今日ってどんな人見てたの? 私はねぇ……こんな感じ!」
ツンデレいじりはすぐに飽きたようで、竹内は首から提げていた小さなポーチから今日のタイムテーブルを取り出す。
ステージ毎に出演アーティストが書かれていて、自分の見たいものを忘れないように丸をつけていたようだ。
竹内の書き込んだ丸を見て驚いたことは2つ。一つは一つもメインステージのアーティストを見るつもりがなかったこと。陽キャなんて皆ミーハーなんだろうという固定観念が脆くも崩れ去った瞬間だ。
もう一つは俺の回る予定と丸被りしていたことだ。流行りのバンドは避けて、出始めの尖った人やこれから売れるだろうという人を見て回っていた。
「これ……竹内さん……」
「ん? どうしたの?」
「すっごく良い趣味してるね」
「あははっ! ありがと!」
「実はさ、俺もこの順番で見るつもりだったんだ」
「あ、そうなの!? すっごい良い趣味してるじゃーん! 若いのにすごいねぇ」
「若いって同い年じゃん……」
そうは言うが、お互いに高一がするはずもない渋めのチョイスなので竹内がそう言うのも頷ける。
「あはは……じゃあさ、外に出られるようになったら一緒に回らない?」
「いいけど……友達と来てるんじゃないの? 大丈夫?」
「うん。いいよいいよ。私、前の方でモッシュとかしたくないし」
「あぁ……」
普段、竹内がつるんでいる人達ならそうしていそうだという偏見を持ってしまうが、事実らしいのでこれで偏見ではなくなった。
エアコンの効いた空間で竹内とお喋りをしていると、一時間はあっという間に過ぎていったのだった。
◆
フェスはテスト明けの週末に開催されていた。その週明けはクラスの殆どの人がテスト勉強の鬱憤を晴らすように近くの公園で開催されていた大型フェスに参加していたように一様に日焼けをしている。
テスト返却でサクサクと授業が終わっていき、あっという間に昼休み。誰とつるむでもなく、ワイヤレスイヤホンを耳につけて机に突っ伏していると、急に片耳からイヤホンが引き抜かれた。
驚いて顔を上げると、そこには竹内が立っていた。校則ギリギリの太ももまで折り上げたスカート、緩く巻いたロングの髪の毛、意外と着ている人のいないか似合っているベストと、いかにもクラスの一軍といった風貌だ。
俺はせいぜい三軍。クラスメイトとは趣味の話が合わないのでこうやって一人でいるのに、竹内は教室のど真ん中でtoktok用のダンス動画を撮っている友人を放置して俺の方へ来たようだ。
「なっ……何?」
「お昼、食べようよ」
「えっ……いいよ。なんで俺なんかと……」
「その『いいよ』はオッケーの意味? その後の言葉を聞くにそうじゃなさそうだけどさ、一応の確認ね」
「分かってるなら聞かないでよ」
「ふふーん。じゃ、行こっか」
「行くって言ってないよね!?」
「まぁいいじゃんかぁ。折角趣味が合いそうな人を見つけたんだから話してみたいじゃん?」
竹内はウィンクをして俺にそう投げかけてくる。踊っている陽キャは怖いけど竹内はそういう人とは違いそうだし、少し強引とはいえ話しやすいようにも思えてきた。
「まぁ……だ、大丈夫なの?」
俺はスマートフォンのカメラの前で踊っている竹内の友人の方を見ながら小声で尋ねる。
「OK牧場だよ。私、踊るの好きじゃないからさ」
お……OK牧場?
独特な言語センスについていけない気もしつつも、俺は竹内に引っ張られるまま学食へと連行された。
◆
竹内は焼き魚定食と渋めのチョイスをして、トレーを持ってやってきた。
「あれ? 山下君、何も食べないの?」
「昼はあまり。午後に眠くなっちゃうから炭水化物は抜くんだ」
「へぇ……若いのに意識高いねぇ……」
「だから同い年でしょ!」
竹内はたまにすっとぼけて変な角度からジョークをぶっ込んでくるタイプらしい。陽キャ集団ではこれがウケるのだろうか。
「あはは……でさぁ、この前はありがとうね」
「あぁ、フェスの時のこと? 何事もなくて良かったね」
「そうそう! いやぁ……はしゃぎすぎちゃってさぁ、ヤバイって思って水を飲んだときには手遅れだったのよ」
「だいぶギリギリだったんだね……」
「あはは……面目ない……あ! そういえばあの時の写メある? 送ってよぉ」
「しゃっ……写メ? 写真は撮ったけど……それでいい?」
「へっ!? あー……う、うん! 写真! 写真だよお!」
「いいけど……連絡先知らないからそこからかな」
「おっ、そうなのかい? ならメルアド交換しようか」
「めっ……メルアド?」
「あっ……えぇと……ら、ライン、だよねぇ!?」
「むしろラインやってるんだ……インスタでやり取りシてるイメージだったけど」
「めっ……メインはフェイスブックメッセンジャーかなぁ!?」
「渋すぎない!?」
陽キャに見えて中身はIT音痴のおじさんだったりするのだろうか。知らない用語や親が使っていそうなツールがバンバンと出てくるので驚かされる。
やはり竹内は普段はラインを使わない派のようで、四苦八苦しながら友達登録を完了。フェスで回っている時に何枚か俺と二人で撮っていた写真を送ると竹内は楽しそうに笑った。
「うんうん。いやぁ……いいよねえ、こういうの」
「友達と撮ったんじゃないの?」
「あぁ……ま、最初と最後だけね」
案外陽キャ集団とは距離をおいているのだろうか。竹内は苦笑いしながら話をブツッと切った。
竹内はしばらく時間をかけて魚の小骨をより分けきると俺の方を向く。
「でさぁ、山下君って普段どんなの聞くわけ?」
「どんなの……見たほうが早いかも」
そう言って俺はスマートフォンでサブスクの音楽アプリのお気に入りアーティスト一覧を出して竹内に見せる。
竹内はそれを何度も上下にスクロールしながら「ほうほう」と感心した声を出す。途中、竹内は驚いたように目を見開いた。
「あれ!? このアルバムってサブスクで配信されてるの!?」
「ん? あぁ……それはCDで音源を取り込んでアップロードしてるんだ」
「へぇ……そんなことできるんだぁ……山下君はすごいねぇ。今なんてさ、何でも安かろう悪かろうでロハで使えるものしかみんな使わないじゃん?」
「ろっ……ロハ?」
「あっ……た、タダね。無料! フリィイイイ! だよ」
「へっ……へぇ……」
ググると確かにある言葉らしいけど、ビジネスおじさん用語らしい。どういう人と普段つるんでいるのだろう。ただの陽キャ以上に裏の顔がある気がしてならない。
「た……竹内さんって普段何してるの? ゴルフとか……してたりする?」
「ゴルフ? やらないよぉ! あははっ、何それ! ウケる!」
竹内は手を叩いて笑う。何かおじさん趣味があるんだろうと思っていたけどそういうわけじゃないらしい。
「じゃあ……つ、釣りとか、登山とか?」
「やらないよぉ。私、インドアだから」
「あ、そうなんだ……好きなご飯とかある?」
「んー……イタ飯かなぁ」
「いっ……イタ飯? 痛車的な?」
「あっ……い、イタリア料理だよぉ! ぎゃっ! 醤油がチョッキについたぁ……」
「ちょ……チョッキ!?」
防弾性のないベストをチョッキなんて呼ぶ人いる!?
怪しい。怪しいぞこの人。音楽の趣味もそうだし、明らかに中身がおじさんだ。ただの陽キャじゃない。
ポケットから取り出したハンカチも紳士服の店で売っていそうなデザインだ。
「ゴツいハンカチだね……」
「これ? 木綿のハンカチーフだよ」
竹内はニヤリと笑い、明らかにシルクっぽい材質のハンカチをひらりとはためかせる。
もうやってることがおじさんじゃん!!!
竹内は一人で往年の名曲である『木綿のハンカチーフ』を熱唱し始める。
「歌うの!? いい曲だけどさぁ……」
「あははっ。楽しくてさ。多分山下君なら伝わるんだろうなって思って」
「ギリギリだからね……写メとかチョッキとか死語でしょ」
「しっ……そうなのかぁ……通りで皆に通じないと思ったよ……」
竹内は腕を組んで真剣な表情で悩み始める。
死語が絶対に伝わらなさそうな陽キャの竹内が死語を使っているというギャップも相まって笑ってしまったのだが、俺が笑うと竹内は頬を膨らませて可愛く睨みつけて来た。
「ごめんって」
「むぅ……でも通じた時もあったもん!」
「そうなの?」
「うん! ラッツアンドスターは通じたもん!」
「それ、toktokでバズったからでしょ……どうせ『め』の曲しか知らなかったんでしょ?」
「うーん……ご名答! やっぱラッツアンドスターと言えば……『ランナウェイ』!」
竹内がそう言う。
「『星空のサーカス』かな」
俺は別の曲名を答える。
同時におすすめの曲名を言ってみたが一致しなかった。それだけ名曲が多すぎるという事だろう。
「えぇ!? 山下君、詳しいんだねぇ!」
「別に……作曲の人が好きなだけだから。それにランナウェイはシャネルズの時でしょ」
「うわっ! こまかっ! そういうんじゃないんだってばぁ」
口ではぶーぶーと言いながらも竹内はニコニコとしている。俺も多分口元は緩んでいるんだろう。
だって、こんな話が出来る人はこれまでクラスにいなかった。親とたまに話すけれど、こうやって対等な目線で話せる人は竹内が初めてだ。
「あ! じゃあさぁプレイリスト作って交換しようよ。山下君、大瀧詠一が好きなんでしょ? それでさ、10曲くらいおすすめを、ちょちょいーっとさ。どう?」
「竹内さんも作ってくれるの?」
「当たり前田のクラッカーだよ!」
「だから古いんだって……」
「あははっ! じゃあそういう事で! 私はまた踊ってこないといけないからさ」
竹内は憂鬱そうに肩を落とすと貴重な昼休みを踊りに費やすため、先に教室へ戻って行ったのだった。
◆
学校から家に帰宅すると早速竹内からメッセージが来ていた。
『エイヤで、プレイリストの叩きを、作ってみました(*^^*)❗良かったら、聞いて、感想、聞かせてください(^^)❗気に入らない曲は、よしなに、抜いてくださいね(;^ω^)❗』
なんでこんなにおじさん構文全開のメッセージなんだ。
どこまでがネタで、どこまでが本気なのかまだ分からないけれど、見た目よりも陽キャ一色というわけじゃないらしい。
不思議な人だなぁと思いながらも『ありがとう。聞いてみます』と書いた返事に既読が早くつかないかと、5分おきにラインを開いてしまうのだった。
◆
夏休みが本格的に近づいてきた。昼前に学校が終わった日に限って当番を引く運の悪さだが、雑用を済ませた俺は解放感に包まれながらカバンを取りに教室へ向かっていた。
その道すがら、廊下に面している給湯室からすすり泣く声がした。
驚きと恐怖が半分ずつだが、恐る恐る給湯室を覗き込む。
そこには一人の女子がうずくまっていた。
「あの……大丈夫?」
俺が声をかけるとその女子は振り返って顔を上げた。
その女子は竹内だった。目にぎゅっと力を入れて泣かないようにしているのが女の子っぽくない仕草に見えたが、それだけ泣くのを我慢していたのだろう。
「うぅ……」
俺だと認識するとほっとしたような顔をして竹内はボロボロと泣き始めた。
慌てて駆け寄って竹内の前でしゃがみこむ。
「ど、どうしたの!?」
竹内はうつむいたまま首を横に振る。
「言いたくない?」
「……うん」
「なら……いいよ。泣き止むまでここにいるから。友達は待ってるの?」
「……うん」
そのまましばらく待ってみるも、竹内は一向に泣き止まない。
どうしたものかと思い、恐る恐る頭を撫でる。
「えっ……」
竹内は顔を上げて俺と目を合わせてきた。ずっと泣いていたからなのか、瞼はパンパンに腫れている。チャームポイントの大きな涙袋に負けないくらいだ。
「あ……ごめ――」
さすがに頭とはいえ触れるのはやりすぎたか、と思って謝罪を口にしようとした瞬間、竹内は俺に抱き着いてきた。出所は不明だが、フワっと柑橘系のいい匂いがした。
「山下君……私もう……踊りたくないよぉ……」
「お、踊る?」
そう言った直後に彼女が何を言わんとしていたのか察する。
toktokに投稿する動画用の踊りが嫌だと前々から言っていた。遂にそれに耐えきれなくなったのだろう。
俺は竹内の背中に手を回して優しくさする。
「竹内さん、踊らなくていいよ。教室から鞄取って来るから、一緒に帰ろっか」
「……マイスウィートホーム?」
「そのhomeじゃないから……」
竹内は涙を拭って真っ赤な目を隠すように「あははっ!」と笑う。
「じゃ、ここで待ってるね。良いの?」
「うん。いいよ」
「じゃ、よろしくぅ!」
竹内はニっと笑って俺を給湯室から見送ってくれたのだった。
◆
一学期最後の日。教室に入ると、朝から竹内はいつものように陽キャ集団と一緒に居た。
いつもは俺と目が合うとニっと笑って手を振ってくれたのだが、今日は顔を赤くして逸らされるだけ。
何か変だ。昨日も普通にお昼を一緒に食べて、放課後も一緒に帰ったりしていたのに、急にどうしたのだろう。
俺は竹内に向かって無言で変顔をしてみる。
すると、竹内は俺からさっと目を逸らすと、陽キャ集団の女友達を連れて廊下へ逃げて行ってしまった。
え? 俺、何か嫌われることした?
この日は事態は好転する事はなく、一言も話せないし、連絡も返ってこなかった。
結局、何の約束も取り付けられずに夏休みに突入してしまったのだった。
◆
夏休みに入って二週間。最初は一日に数時間だったが、盆前のこの頃になると竹内の事が頭から離れなくなってしまっていた。
思い切ってデートに誘ってみるべきだろうか。
夏休みに入る前から途端に動かなくなってしまったラインの履歴を眺め、そんな事が出来る訳ないと溜息をつく。
どうせ今日も陽キャ友達とキャンプか、プールか、海か、バーベキューか、それら全部に興じているのだろう。
スマートフォンを脇に置いてベッドで横になると、急にスマートフォンから通知音が聞こえた。
どうせ暇つぶしに入れたゲームのスタミナが回復した旨の通知だろうと思いながらも、渋々スマートフォンを持ち上げる。
表示されていたのは、竹内からのメッセージだった。
『ヤッホー❗山下君、元気。してる❓一緒に宿題しよう(^_-)-☆』
相変わらずのおじさん構文だが、まさか向こうから誘ってくれるとは思わなかったので胸が高鳴る。
『もちろん! どこに集まる?』
俺が返事をすると即レスで『図書館!』と返ってきた。
俺は慌てて宿題として出されている問題集を鞄に詰め込み、着替えて家を飛び出した。
◆
集合場所の図書館の入り口に行くと、竹内は先に来て待っていた。
腰の辺りでキュッとなっているレトロなチェック柄の緑のワンピースで、前にフェスで見た風呂上りのような恰好ではなかったので一安心だ。
「やっほ! 暑いところ悪いねぇ」
「あぁ……全然。何か詰まってるところあるの?」
竹内は口を横にひいて微笑み、首を横に振る。
「全然。勉強って言うのは口実だよ。山下君に会いたくなっちゃってさ」
「えっ……それは……」
まさかの発言に驚いて意図を確認しようとすると、竹内は顔を真っ赤にして逸らした。
「ほっ、ほら! 友達とは話が合わないからさぁ! 海にプールにバーベキューに……リア充は大変だよ……」
「りっ、リア充ね……」
相変わらずの古めかしさだ。
それと、物陰からチラチラとこっちを見ているおじさんがいる事に気付いた。眼鏡をかけた、白髪交じりの普通のおじさんだ。
「た、竹内さん。さっきからあの人こっちを見てるんだけど知り合い?」
「え? あっ……あ、あ、全然知らない人です」
「それは知ってる人が言う時の台詞なんだよね……」
「と、とにかく! いこ! ね!」
竹内は俺の手を握ってニッコリと笑うと、図書館の奥へとズンズンと進んでいく。
同じように宿題を友達とやっつけようとしている学生が多く、テーブルはほとんど空いていない。
やっと見つけた空きテーブルに座り、勉強道具を広げる。
竹内は俺の向かいではなく、隣に座ると、椅子を持ち上げてすぐ近くまで寄って座った。
「ちっ、近くない?」
「えー、そうかなぁ?」
俺が小声で注意すると、竹内は俺の反応を楽しむようにニヤニヤするのみ。これ、もしかして、良い感じって事なの? この二週間は何だったんだと言いたくなるくらいに竹内はデレデレしてくる。
「あー……べ、勉強しない?」
「してていいよ。私はここから見てるから」
竹内はそう言って机に頬杖をつくと俺の顔をじっと見始めた。
いやいや! 集中できないんですけど!
頑張って一問だけ数学の問題を解いてみたが、明らかに効率が悪い。
今日はダラダラするつもりだったので勉強が進まないのは構わないのだけど、竹内は俺とどうなりたいのだろう、とふと思う。
「た、竹内さん」
「何?」
「今日って……その……で――」
竹内は俺の唇に指をあて、顔を横に振る。
「今日は二人で、一緒に過ごすだけだよ? 勉強が終わったらカフェでも行く?」
「えっ……あぁ……うん」
これ、マジで竹内とワンチャンあるんじゃないか!? と俺の中の童貞心が疼き始める。
その瞬間、俺達の目の前にテーブルを挟んで誰かが座ってきた。よく見ると、さっき竹内と待ち合わせをしていた時に俺達の方をじっと見ていたおじさんだ。
「お父さん、もうやめてよ。いくら自分だからってこれは見てらんないから」
おじさんは若い女の子のような口調で竹内に話しかける。
「ひっ、日奈子。待っててくれ。父さんが……」
竹内もおじさんのような口調で応対する。え? と、父さん? 何が起こってるの?
俺はポカンとして二人を交互に見る。
「やっ、山下君……」
竹内が『日奈子』と呼んだおじさんは顔をポッと赤くして俺の名前を呼ぶ。おじさんに照れながら名前を呼ばれると薄気味悪いという学びを得る。
二人でふざけているだけで、目の前にいるおじさんは竹内のお父さんで間違いないだろう。
「な……だ、誰なんですか? 竹内さんのお父さん……ですか?」
「あ……おホン! 娘と仲良くしてくれているようだね。少し話があるんだが……家に来てくれないだろうか?」
竹内のお父さんは威厳を取り戻し、俺と娘を交互に見る。
竹内は唇をツンと尖らせて父親を睨んでいる。その目はまさに反抗期の娘。下着は一緒に洗うな、同じ空間にいるだけで臭い、と言い出しそうな雰囲気だ。
「あ……わ、分かりました。行きましょうか」
何故か俺が二人の間を取り持つように真ん中に入り、竹内の家に向かう事になったのだった。
◆
竹内の家は徒歩で向かった。住宅街にあるなんてことのない一軒家。駐車場には海外メーカーである事を示すエンブレムが嵌められた青い車が止まっていた。
俺がリビングに通されると、すぐに竹内、竹内の両親の三人が俺と向かい合うように座ってきた。
竹内のお父さんは弘樹、お母さんは櫻さんというらしい。
軽い自己紹介を済ませると、「えぇとね……山下君」と竹内が前置きをした。
すぐに「入れ替わってるんだ。私達」と竹内のお父さんが女子のような喋り方で言葉を継ぐ。
「え!? あ……い、入れ替わってる?」
「私は違うわよ。この二人が入れ替わってるの」
母の櫻さんの方を見ると、笑いながら娘と夫の二人を指さした。
竹内が父親と入れ替わっている? そんな事……ありえる! おじさん構文もやたらと死語やおじさんみたいな言葉を使っちゃっていたことも音楽の趣味が古臭くて話が合う事も、何もかも説明がついてしまうじゃないか。
「ほっ……本当……なんですね」
竹内と弘樹さんは同時に頷く。
「ある日の朝、トイレの前でぶつかってから不定期で入れ替わるようになっちゃったの。今は私の中にはお父さんがいる」
竹内がそう説明してくれるが中の人は父親の弘樹さんだ。つまり、弘樹さんは自分の意志で女っぽくしゃべっているという事になる。
「あの……中の人に話し方を合わせてくれていいですから」
「そうだよぉ! お父さんが私みたいな話し方をしてるとかマジキモイんだけど。無理無理。マジ無理だって」
弘樹さんの見た目だが中の人は竹内。これは中の人通りの話し方なのだろうけど、おじさんが野太い声で若い女子の話し方をしているのはどうにも受け入れられない。
「あ……えぇと……俺といた時はどっちだったんですか?」
「そうだねぇ……夏フェスの時は私、お父さんだ。食堂で焼き魚定食を食べたのもそうだし、というか夏休みに入るまでは基本私だね」
竹内の見た目の弘樹さんがそう言う。
え? あの「踊りたくない」って泣きながら抱き着いてきたのも? あれ、おっさんと抱き合ってたの?
「つまり、俺が学校で接していた竹内さんの中身はお父さんだったと」
「例外は終業式の日かな? 私の方見てきたじゃん? お父さんって学校であった事をあんまり教えてくれないからさぁ。何だろうって思って逃げちゃったんだ。ごめんね」
弘樹さんの見た目の竹内が謝ってくる。妙によそよそしかった日があったけれど、その日は外見と中身が一致していた日らしい。
ただ、それまでの関係性が無いのだから、向こうからしたらいきなりクラスの陰キャが変顔をしてきたという事になる。中々の恐怖体験だろう。
「あぁ……あの日ね。大丈夫。気にしてないから」
「良かったぁ……本当にね! あの……避けてたとかじゃなくて、どうしたらいいか分からなかっただけだから!」
おっさんが必死に訴えかけてくるので思わずのけぞってしまう。
「あ……でね。ここに来てもらった理由だけど、お父さんが好き放題やってたからさすがに止めないとなって思って。山下君と話が合うって分かってから、イツメンを放置して山下君とばかり話してるって聞いてさぁ。私も会社で忙しいからあまりフォロー出来てなかったんだけど……ね? そういう事だから。もし山下君が私の見た目の女の子にときめいていたとしても、それ中身おっさんだからね」
弘樹さんの見た目をした竹内が一気にまくしたてる。最後の言葉が俺の心に深く突き刺さる。俺、結構ときめいてたよ? ラインが来た時嬉しかったよ? 俺、おっさんにときめいていたのか……
肩を落としていると、竹内の見た目をした弘樹さんが近寄ってきて俺の肩をさする。
「大丈夫だって。今はバ美肉って概念もあるわけだしさ。バ美肉おじさんだよ? どうどう?」
「お父さん! 変な事言わないでよぉ!」
マジでコントにしか見えなくなってくる。俺は肩をプルプルと震わせ、二人に向かって叫ぶ。
「バ美肉のバはバーチャルのバだから! 竹内はここに居るから! リアル美少女受肉だから! リ美肉だから!」
全員が硬直して俺を見てくる。
「び、美少女……らしいわよ? 良かったわねぇ、日奈子」
櫻さんはニヤリと笑って、娘の魂が入っている弘樹さんの外見に向かってそう言ったのだった。
◆
「はぁあああああああああああああああああああ!? ありえない! 無理無理! うわっ……トイレとか出来ないって……見えちゃうじゃん……」
トイレの出会いがしらに頭をぶつけてしまい、弘樹さんと日奈子が入れ替わったらしい。まさかそんな事が起こる訳がないとは思うが、弘樹さんと結婚して20年、こんな話し方をしているところは見た事がないのでどうやら本当なのだろう。
「俺だってなんで娘に……」
「マジで無理だって! で、ど、どうするの?」
「どうするっても中身に合わせて行動していたら周りから変な目で見られるだろう。俺は学校へ行くし、日奈子は会社に行くべきだ。お互いにどうしたらいいかは逐一連絡を取り合おう。幸い今日は休日。予定通りに過ごせばいいさ」
「えぇ……大丈夫? 私の友達、めっちゃ陽キャだよ? うるさいよ? ノリとかついて行ける? 踊れるの?」
「少しくらい距離を置いても構わんだろう?」
「ダメだって! ハブられちゃうじゃん! ちゃんと仲良くしてよね!」
「分かった分かった。彼氏はいるのか?」
「いないけど……山下君って人とは絶対に、ぜーったいに話さないでよね」
「何でだ?」
「何でってそれは……」
日奈子の見た目をした弘樹さんが私の方を見てにやりと笑う。
「弘樹さん、絶対に日奈子のフラグをへし折ったらダメですからね」
「分かってるよ、母さん。じゃ、日奈子、父さんはフェスに行ってくるからな。家でゆっくりしててくれ」
「いいなぁ……私も行きたいんだけど。お母さん、お金頂戴」
「仕方ないわねぇ……当日券はあるの?」
私は財布からチケット代を取り出し、弘樹さんの見た目をした日奈子にお金を渡す。
「あるある。モッシュしちゃおーっと!」
「お、おいおい! 父さんの身体は繊細なんだからな! モッシュなんてしたら千切れるぞ!」
「そんな訳ないじゃーん。大丈夫大丈夫」
「そういえば山下君っていう人は今日のフェスは一緒に行動するのか?」
「ううん。しないよ。来てるかもしれないけど……それも分かんないや」
「話したこと、ないのか?」
「う……うん」
明るくて活発な娘だけど、意外とシャイな所があるらしい。こういうところは弘樹さんに似たんだろう、なんて思うと顔がにやけてくる。
「でも本当! 絶対にやめてよね! 話しかけるとか、そういうの! 私は見てるだけで良いんだからさ!」
弘樹さんの見た目をした日奈子は見た目に似合わない可愛らしいことを言って家から出て行った。
「あらあら……」
「あの子のために一肌脱ぐのが親というものなのかな……」
隣で娘の見た目をした弘樹さんが覚悟を決めたように頷いている。
「弘樹さん、お願いだから大人しくしていてくださいね。余計話がこじれるに決まっているんですから」
「わ、分かったよ」
家のチャイムが鳴る。どうやら日奈子の友人が迎えに来たようだ。
「弘樹さん、行ってらっしゃい。気持ちは女子高生になりきるんですよ!」
「はいはい! 行ってきまーす!」
一瞬で弘樹さんは女子高生モードになると、娘と全く同じ歩き方で玄関へ向かっていったのだった。
↓にある★を押して頂けると執筆のモチベーションアップになります!皆様の応援がモチベの源泉です。何卒よろしくおねがいします。