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2話 風狼との戦い

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 影は一つだけではなく六つ。素早い動きで散開し、僕たちの乗る馬車を取り囲むようにその姿を現す。暗い銀の毛並みを風でなびかせ、牙をむいてこちらを威嚇するその獣は、かつて王都で兵役をこなしていた際にも、隊を組んで討伐した魔物だ。


 僕は思わず顔を顰めた。


「風狼……!」


 馬車を引く馬が、突如目前に現れた魔物を前に、たたらを踏んでいななく。すでに四方を囲まれており、そうでなくても馬車を引く馬の速度では、名前に風を冠する子の魔物からは逃げきれないだろう。


 おじさんはひどく取り乱した表情で、固まって動かなくなった馬を必死に御そうとする。


「ほらっ、行けっ、早く! や、やられちまう!」


「ダメだよおじさん! 馬が言うことを聞いたって、風狼の速さにはとても敵わない。そもそもこの囲いを突破することも……」


「く、くそ。なら、どうしたらいいってんだ!」


 おじさんは焦った表情で叫ぶ。きっとこれまで、こんな危機に陥ったことはなかったのだろう。


 街と街をつなぐ街道というのは、基本的に隣接する都市が手入れをしており、それは出没する魔物や盗賊の駆除も含む。街の経済を守るため、治安維持を行うのだ。きっとこれまでも護衛は雇っていただろうけど、それはあくまで保険くらいの意味合いで、六体もの魔物を相手取る用意などできていない。


「……やっぱり、これって僕の体質なのかな」


 僕の呟きが聞こえた様子もなく、おじさんは慌てながら後ろの荷台を漁りだす。包囲の輪を縮めながら、風狼たちがグルルと唸るのを聞いて、おじさんの肩がびくりと震えた。


「あった、これだ!」


 おじさんは荷台から漁ったものを手繰り寄せた。一本の長剣を鞘から抜いて、御者台の上で及び腰ながら構えをとる。


 ここにいたままだと、剣も振れないんじゃ……。


 僕は少しだけ苦笑いして、必死な顔のおじさんに言った。


「おじさんは、ここで待っててください」


「え? お、お前さん……」


 服の袖をまくりながら、僕は御者台から降りる。風狼は一斉に僕を睨みつけ、今にも飛び掛からんと体を低くする。


「ま、待てセイル! そんな短剣一本で……」


 おじさんは僕の腰にある粗末な短剣を見て静止してくるけれど、これはただの飾りだ。元兵士で、これから別の街で軍に入ろうとしているのに、武器一つ持っていないのはおかしいからわざわざ用意した数打ちの安物。


 僕は肩越しにおじさんを見て、大丈夫、と目で合図する。おじさんの乗る馬車を背に、風狼たちに対抗すべく魔力を練り上げる。右腕を源に、熱くほとばしる燃料を全身に巡らせ、体の隅々まで充溢させるイメージ。そして、絶えず循環させ、どんどん速度を上げていく。


 おじさんから見た僕はいま、全身を微かな燐光で覆い、瞳を翡翠に輝かせている。


「この剣は使いません。これで十分」


 拳を握ると、ぎちりと筋肉が軋んだ。瞳にともる魔力の灯りが一層燃え上がる。見るからに僕を警戒した風狼たちは、馬車を意識からそらし、僕一人に注意を向けている。


 おじさんを狙わないのなら、その方が都合がいい。


「行きます」


 腰を低く落とし、丹田から足先まで力を伝達させ、力強く地を蹴った。顔をたたく風が心地良い。一瞬で目の前に迫った僕を見て、風狼たちは一瞬戸惑うように揺れた。


「はっ!!」


 一体の風狼に右の掌底を見舞った。顔の右に強烈な衝撃を受けた風狼は、ぱぁん、という水っぽい音の後、微かな悲鳴と血しぶきを残し、後方の木にぶち当たるまで吹き飛んだ。


 遅れて空気を叩く衝撃が全方位に広がった。


「な、えっ……?」


 後ろでおじさんの戸惑う声が聞こえた。そして混乱が続いているのは風狼たちも同じだった。この機を逃すことなく、他の風狼たちへ打撃を加えていく。


 掌底、膝蹴り、肘打ち、払い蹴り。一瞬で風狼の間を移動し、次々に痛撃を加える僕に、反応できる者はいなかった。肉を叩く音と、キャンっという悲鳴を残し、風狼の姿が次々と消えていく。


 王都にいた頃は目立たないようにしてたし、人前でこれだけ動くのって初めてかも……。


 僕は気楽な調子で、拳や足を振るう。そして最後の一体が怯えた目で僕を見ているのに気づいて微笑んだ。


「君で最後だ」


 思わずといった様子で僕に背を向けた風狼は、一目散に僕から逃げようとして、腰に僕の肘を打ち下ろされる。痛そうな音とともに、砂埃を巻き上げながら石畳にたたきつけられた。


「ふう。準備運動にはちょうど良かったかな」


 街についた後の目的の前に、鈍った体のさび落としができたと考えよう。


 パンパンっと両手を合わせて埃を払うと、僕は後ろを振り返る。驚愕に目を見開いたままのおじさんを見て、声を潜めるように言った。


「街の人には、今のことあんまり言わないでくださいね」


 一瞬なにを言われたかわからないような顔をした後、おじさんは首が取れそうな勢いでぶんぶんと頭を振った。苦笑いしながらその様子を見て、僕は倒した風狼たちの確認に向かう。


 冒険者協会にでも持って行って、当面の生活費にしよう。しばらくは街の最下級の兵士として、余裕のない生活になるだろうから……。


 僕はこれからの果てしない道のりを思い、きっと助け出さなければいけない人を脳裏に描く。


 今は王都に囚われているけど、きっと彼女は僕の助けを待っているはず。王国の敵なんて言われている彼女が、いったいどんな扱いを受けているか……そもそも、彼女は今も生きて――――――


 ――はっとして、頭を振った。


 今、僕はなにを考えていただろうか。直前に考えていたことが、すっと思い出せない。一体、何を……。


 そう、僕の目的の話だ。僕にとって一番大切な彼女のこと。きっと王国から救い出して、また一緒に日々を過ごす。僕にしかできない、僕がやらなきゃいけないことだ。


 だから、さあ。そのための第一歩として、先へ進もう。


 ――すべてを終えた先には、きっと幸せな毎日が待っているのだから。

 


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