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神聖トラスフィッシュ帝国のお話

地味目令嬢は断罪さえされない

作者: スダチ


「フロマニー公爵令嬢、今日こそお前と決別させてもらう! お前と神の前で誓うことはない! 婚約破棄だ!」


「なっ! 何ですって! 皇子、それがどういうことか分かっていってますの?」



 神聖なるトラスフィッシュの下、帝国の皇子とその婚約者、フロマニー令嬢が立ちあっていた。

 まだ今夜のパーティーは始まったばかりである。


 神聖トラスフィッシュ帝国。


 その巨大な帝国が、新たな属国の国に威勢を見せつけるための、示威のためのパーティだ。

 何も知らない、初めて参加してきた属国領の領主達が突然始まった騒ぎに驚いている。


「神の骨に誓い、お前を断罪する! お前は同じ神の骨に誓う学友をいじめ倒し、仲間外れにしたと言うではないか。お互いに愛を持って接せよと言う神の言葉に違う行い! お前のような反逆の徒と婚約することはできない!」


 何のこっちゃ。


 ダボっとした礼服のパーティ客が、私の横で呆気に取られてつぶやいた。

ピッタリスリムなシルエットが流行りの今季の帝都である。叛逆的なファッションで殴り込んでくるこの野暮天。新たに帝国傘下に加わった蛮族、もとい田舎領主に違いない。私は親切に言った。


「気にしないで。皇子はパーティーのたびに、ああやってパートナーを変えてるのよ」


 田舎領主はビクッとした。


「いつの間にそこに!」


「私は最初からいたわよ。あんたが後からきたのよ」


 田舎領主が不可解な顔をした。

 田舎もんは知らないだろう。自慢じゃないが私は名のある伯爵令嬢である。

 ミンバス伯爵家といえば、初代皇帝が国を起こした黎明期から、その陣営に加わっている、由緒正しい家系だ。

 しかしその末たる一人っ子令嬢の私、メアリー・ミンバス伯爵令嬢の実際の顔を知るものは少ない。

メアリー・ミンバス伯爵令嬢。人はこう言う。地味すぎて存在感がない令嬢。

 地味すぎてパーティーに来た時気づいてもらえず、案内の下役人にも無視されたし、会場に入る時に名前を読み上げてすらもらえなかった。


「かわいそうですね……」


「うるさいわよ。気にしてないわよ。気にしてないけど、田舎もんにまで同情されると堪えるわ」


 しっしと追い払っていると、皇子とその婚約者と、新たな恋人の醜い言い争いは佳境に入っていた。

お互いにいかに相手が教義に反する行いをしたかというのを、居合わせた大司教に訴えあっている。 


 神聖トラスボーンは三角に長い横棒をぶっ刺し、そこにさらに3本の短い縦棒をチョンチョンチョンとしたマークのこと。

魚の骨を模した教義の象徴。帝国は宗教国家だ。逆らうと追放される。ようは村八分だ。


 神聖なる神に誓った結婚だ。

 離婚、再婚、婚約破棄を認められるには、相手がいかに教義に反する不届きものであるか主張し、大司教に異端者として破門させるしかない。そして破門者は帝国領から永遠に追放される。まさにデスゲームなのである。


「何でそんな、自分も危険な事を皇子はするんです?」


「決まってるじゃない。新しい女が好きなのよ。男ってみんなそうよ」


「いやーみんなは言い過ぎでしょ。そこまで色恋に自分の全部かけられる人間少ないですよ」


「いいえ、違うわ。お二人さん。皇子は野心家よ」


 男のくせに男のことがわかってないわねえ、と私が田舎もんを馬鹿にしていると、隣から年配の侯爵夫人が参戦してきた。

 こう言っちゃなんだが、我々のような、何の価値もない地味軍団に声をかけてくるものはまず変なやつである。

 普通の人間は、こちらが話しかければ、グラスの底に残ったワインカスでも見るような目を返してくるのが一般的な反応なのだ。

 例外がおばちゃんだ。

 おばちゃんは話し相手を差別しない。私が教義を立ち上げるなら、おばちゃん教を作りたい。皆でおばちゃんのフランクさを称え敬うのだ……。おばちゃんフォーエバー。

 おばちゃん侯爵夫人は言った。


「皇子は野心家よ。あれは色恋沙汰と見せかけた、政敵排除なのよ。皇子はフロマニー公爵を破門させ、その領地を帝国領に接収する気なのよ」


 おばちゃんは鼻息を荒くしていった。おばちゃんは戦闘民族でもあるので、身内争いの騒ぎが大好きなのだ。全く愛おしいオババである。おばちゃんがくれた飴ちゃんを貪りながら、我々は話に耳を傾けた。


「ブリア、カロン、リディック家、それにこのフロマニー家を破綻させれば、帝国の穀倉地帯、金銀鉱山、海産航運の権利を完全に手中に入れられる。そう。もはや時代は帝国皇帝一強、完全なる支配! みんな言ってるんだわよ」


「しかし、するとあれですね、あの皇子の新しい恋人。男爵令嬢? 彼女はどうなるんですか、あの子も次のパーティで潰されるのですか」


 かわいそうですね……。と田舎もんは言った。新しい恋人はピンク色の髪の、見た目も子供みたいなミニマムさで、人の庇護欲をそそる。皇子と舌戦を繰り広げる、いかにもな縦ロールのフロマニー伯爵令嬢とは趣が異なるのだ。

 オババがダメねえ、とばかりに首を振った。


「あれが皇子の本命よ。男爵令嬢家は、財産と言えるものは何もないのよ。しかも見て、令嬢と皇子の距離感……。あれは、もう、できてるわよ。おばちゃんにはわかる」


「え、できてるって、まさか」


「そうよ、婚前交渉よ。ひよっこたち」


 まさか、それはやばいのでは? 

 耳年増な私と、いかにもモテたことのない田舎もんは顔を合わせた。

 婚前交渉でも教義に反するのに、まさかの婚約者以外との不貞。これがバレたら皇子こそが失脚する。


「あの男爵令嬢はすごいやり手だわ。むしろ、この皇子の綱渡りのような暴挙、あの女が裏で糸引いてる可能性すらあるわ。すごい女よ、ただもんじゃないわ」


 ペロオっ……とオババは肉厚な唇を端から端まで舐めた。ペンキのような赤い口紅が剥げるが、むしろない方が審美的にマシなので私達は指摘しない。


「もう……″終わった″、わね。フロマニーの負けよ。早晩フロマニー家は没落するわ……。一時代の、終焉ね……」


 おばちゃんになっても厨二から脱せないらしい。仰々しいセリフの背後で、フロマニー公爵令嬢が、がくりと膝を折っていた。大司教が皇子の片腕を持って頭上に上げさせている。

 帝国万歳。皆が唱和している。得意げな皇子と、その横でほくそ笑む男爵令嬢。彼女は勝ったのだ……。


「では、大司教、フロマニー令嬢と俺の婚約解消、そしてーーー」


 熱狂に顔を赤くした皇子が、おもむろに大司教に向き直った。その横に、ピンク髪の男爵令嬢が並び、ひかえめに、そっと皇子の腕に手を添える。


「新たにこの、シューベルハーツ男爵令嬢との、婚約を神に誓いたい」


「皇子、その言葉に嘘はありませんね?」


 大司教が、ペラペラと王族の戸籍表をめくりながら、しかつめらしくいった。


「ええ、今度こそ、今度こそ、命ある限り誓います」


 皇子は言った。床に額をつけるようにして慟哭するフロマニー元婚約者をなきが如くはっきりと。何と非情な世界だろう。男爵令嬢が、それを受けて花のように微笑んだ。大司教が宣告した。


「よろしい、では、皇子。神の代理人、教会の名において、ーーーあなたを破門する!」


「は? はあ? 何故?」


「何故もクソも、あなた、幼少期に別の女性と婚約してます。神の誓いを破り、あまつさえさらに他の女性と重婚。あり得ないでしょう」


「違う! そいつらは全部、教義に反する魔女、異教徒、既に破門された女たちだ、今更」


「その人たちより前です。前代の大司教たちは何故か見落としてたみたいですが、あなたはメアリー・ミンバス伯爵令嬢と、10の歳に婚約してるんですよ」


「メアリーミンバス? 誰!?」

 

 皇子が、男爵令嬢が目を白黒させて叫んだ。私の周りの人々が、ザワザワしながらあたりを見渡した。私を探しているのだ。地味で目立たない、おそらく顔も覚えられていない私の姿を。


 別に構わない。

地味なお陰で今まで助かってきた。皇子の破門騒動に巻き込まれずに済んだし、目立っていいことなんかない。

 たとえ婚約者にガン無視され、いかにイチャつかれようと、私のこころは平穏だった。

 だがしかし。

 しかしやっぱり腹は立つので、私はこっそり席を立ち、衛兵に無視されながら宮殿を出た。誰も引き止められないが、しかし教会の融通の効かない神の僕は皇子の重婚を許さないだろう。


 追放でも生涯独身でも好きな方を選ぶといい。暗い喜びにほくそ笑み、1人家に帰った。

 別に私は泣いていない。

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[良い点] 試合に勝って勝負に負けた感がハンパない。 大丈夫…きっと三度の飯よりウォー○ーを探すのが得意などこぞの変人王子か貴公子が拾ってくれる(´・ω・)
[良い点] まさかの婚約者!? [一言] これはきれいな一本取られましたわ
[良い点] 最後ッ! なんてハードバイルドなの……!!?? 背中で泣いてるわね…とおばちゃんパワー全開な伯爵夫人にならって、感動の文言を捧げるしかない…ッ!
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