16話
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私の発言のあと、周囲がざわめいたのがわかった。
そして、国王はそれに一瞬にやりと笑う。
しかし、次の瞬間には、至極まじめな顔をして、ホール全体に響き渡る声で告げた。
「それは、殺人罪と――私を謀ろうとした、ということか」
ざわめきはより一層強くなる。
それに驚いたのは父母と妹。
きっと、三人は私がずっと黙って、なにも言わずに罪を被ると思っていたのだろう。
あの日、身代わりを提案され、死を告げられたとき。三人の中ではあのときの私のままなのだ。
「なっ、違います、これはっ、あの娘が……! すべて出鱈目です! 自分の罪から逃れるため、作り話を始めたのです……!」
父が必死に言い縋る。
すると、ハイルド様はひどく冷たい眼で父を見下ろした。
「証拠はここだ」
ハイルド様がそう言うと、ジャック、マチルダとコニーが現れる。
その手にしているのは――
「これは、シェリルが輿入れをした際に持っていたいくらかの衣類、そして、勅書を含めた書類だ」
――私が持っていた小さなトランクの中身。
トランクもあり、すべてに大きな穴が空いている。
ハイルド様は勅書を国王へ渡すと、国王は「たしかに」と頷いた。
「ハイルドが言ったのは真実だな。勅書に穴が空いていて、名前が読み取れない。そしてこれは――魔物の痕ではないか」
穴の開いたものすべて。縁取るように紫色に輝いている。
「ああ。魔物によって破壊された場所、傷つけられた部位には、特有の紫色の発光する痕が残る。これを見れば、勅書が人為的な加工により穴が開けられていないことは証明できる。そして――」
ハイルド様の金色の眼がぎらっと光った。
「――シェリルが死の淵にいたことも」
ざわついていた人々もその言葉で息を呑む。
私の荷物に悉く、魔物による攻撃の痕がある。それにより、私が魔物に襲われていたことが結びついたのだろう。
「間一髪だった。俺が助けていなければ、ここにシェリルはいない。エバーランド伯爵の筋書き通り、シェリルはメリルの身代わりとして死んでいただろう」
「……っ、いえ、これは……罪から逃れるための細工です……! 陛下! よくお考えになってください。これはたしかに魔物による攻撃の痕です。しかし、だからといって、それが私の命令で行われたという証拠にはなりません!」
「ふむ。たしかに」
父の必死な訴えに、国王は納得したように頷いた。
それに勢いづき、父は饒舌になっていく。
「そう、例えば……、この荷物だけを置いておけば、同じように魔物によって攻撃された痕がつくはず。それをこうして持ってくればいいのです」
「そうだな」
「それに、そもそも、姉が勝手に行ったことです! 勅書を持ち逃げし、辺境伯領へ来たものの、うまくいきそうにないと感じ、自ら魔物の棲む森へと訪ねた。それをこうして、私の命令だと嘘をついているのです!」
国王は父の話を、頷きながら聞いている。すこし、わざとらしいぐらいに。
そして、ちらりとハイルド様を見た。「どうする?」と視線で聞いているのだ。
ハイルド様は父も国王も、どちらも冷たい目で見下ろす。
「次の証拠だ」
ハイルド様がそう言うと、ホールの扉が開く。
現れたのは、エドとゴラン。そして――
「まさか……」
思わず声が漏れる。
だって、エドとゴランが連れてきたのは……。
その人は、王宮のホールという場所に、戸惑っているようだった。慣れない場所にきょろきょろと目線を走らせ……そして……。
「お嬢様っ……!」
私を見つけた途端に走り出した。
そして、玉座の前まで走り寄ると、その場で平伏したのだ。
「申し訳ねぇ……申し訳ねぇ……儂はお嬢様がそんな大変なことを……酷いことを言われてるなんて思わなかった、……本当に申し訳ねぇ……っ。ちょっとの金に目が眩んで、お嬢様を魔物の森に置いてくるなんて……儂は……っ儂は……っ」
――現れたのは馭者だった。
伯爵家を出て一週間ほど。ともに旅をし、魔物の棲む森まで一緒に行ったあの……。
「彼はエバーランド伯爵に雇われていた馭者だ。シェリルを辺境伯領の森へ連れていくように言われ、金銭を受け取っている」
「儂はなにも知りませんでした。ただ辺境伯領の森へお嬢様を連れていくように言われた。まさか……そこが魔物の棲む森だったなんて……! きっと、儂もそこで死ぬはずだった。けれど、お嬢様は儂を助けてくださった……!」
「彼は伯爵から直接依頼を受けている。魔物については知らず、ただの森だと思ったのだろう。……魔物の森へ入るには安すぎる値段だ」
「お嬢様のためならば、いくらでも証言します。儂はエバーランド伯爵に、お嬢様を馬車で森へ連れていくように頼まれた。それはこちらの妹様のほうではない。あちらの……あの、青い目のお嬢様です」
馭者は顔を上げると、国王に必死に言葉を告げた。
その体は震えている。……怖くないはずがない。それでも、彼はここに来て、証言をしてくれたのだ。
「ふむ。なるほど。……エバーランド伯爵は、姉を辺境伯領へ輿入れさせようとした。そして、魔物の手で、姉を殺害しようとした」
国王はそう言うと、じっと父を見て――
「エバーランド伯爵。お前はよい娘を持ち、感謝すべきだろう」
――「ははっ」と笑った。
「従来のマッチの危険性は知っている。私はそれを禁止しようと思っている。ナイン辺境伯夫人が止めていなければ、無駄な資金だけをさらに費やすところだった」
父はただただ、震えていた。
父が広めようとした従来のマッチは禁止される。もはや、そこに未来はなかったのだ。
それに、さらにハイルド様が言葉を重ねた。
「勅書が『メリル』であれば、お前は王命に背いたことになる。『シェリル』と認めれば、国王へ虚偽の告訴をしたことになる」
ハイルド様の鋭い金色の眼がぎらぎらと光っている。
「うぐ……う……」
「ハイルド、どちらを選んでも一緒だ。――あるのは私への叛意」
「……っ!? 叛意など……そんな……っ!」
父が必死に言い縋る。
だが、国王は冷えた目で父を見つめ、背後の騎士へ指示をした。
「罪人を捕まえろ」
「違いますっ……陛下、これは……っ違うのです……っ!!」
「伯爵位は剥奪。夫人も連れていけ。ほかになにか知らないか吐かせろ」
「そんな……私は無関係です……! 夫が勝手に……すべて! 私はなにもしていません!! なにも……!」
「伯爵夫人が伯爵家のことをなにもしていなければ、それは罪だ」
国王は冷えた目でそれを言うと、母も連行されていった。
妹は……その場にしゃがみこみ、ガタガタと震えている。
「お前はどうだ?」
「私はっ……だって……。こんなの……っ」
国王の質問に……妹は答えられなかった。
それもそうだ。妹はなにもしなくても父母から愛をもらえた。そして、そのまま成長し、自分のわがままはすべて通り、なにもしなくてもうまくいくと思っている。
もう、父母はいない。
一人で考え、一人でどうするべきか選ばなくてはならないのだ。
だが……。もしかしたら……今、国王に命を握られていることさえ、気づいていないかもしれない。
……かわいそうな妹。
口を開けて待っていただけの雛鳥は、自分で歩くことも飛ぶこともできない。
妹を見つめると、妹も私を見つめているのがわかった。
一瞬、「助けて」と。
そう言われるのではないか、と。でも、妹は――
「ずるい……ずるい! お姉さまだけ! なんでそんな目で私を見てるの……!」
――私を指差す。
「お姉さまはずっと、私の下でみじめであればいいの! 私の下にずっといればいい……、なのに、……どうして、私をそんな目で……! ずるい……!」
「……つまらん。やはり『宝石姫』はナイン辺境伯夫人だな」
「私が! 私が『宝石姫』なのに……! 私が……!」
「連れていけ。だれか引き取ればそれでよし。だれもいないなら、修道院にでも入れておけ」
そう言って、妹は連行されていった。
そして――
「陛下、私にも沙汰を。私は王命に背きました」
そう。勅書に『メリル・エバーランド』と書かれていたにも関わらず、私は身代わりになり、輿入れをした。
父母と妹が王命に背いたというのならば、それは私も同じなのだ。
しかし、国王は「はて?」と首を傾げて――
「ナイン辺境伯夫人は私の期待通りに動いてくれた。そもそも私は勅書の名が『シェリル』だったか『メリル』だったかなど覚えていない。それにだな……魔塵のマッチを非常に気に入っている」
そうして、国王が取り出したのは……紫色の側面を持つ小さなマッチ箱。
国王は一本マッチを取り出すと、それを擦った。途端に炎が立つ。
「従来のマッチの危険性がない上に、材料が魔塵。素晴らしいではないか。魔塵はどこでも取れるものではない。魔塵のマッチは、魔塵の採取ができる我が国を大きく潤してくれるだろう」
国王はそう言うと、大きく頷く。
「ハイルドとともに、これからもよく尽くしてくれ」
その言葉と同時に、ホールには貴族からの拍手が鳴り響いた。
***
こうして、私とハイルド様の結婚は、国王やほかの貴族にも認められることとなった。
父母と妹はそれぞれの罪を償い、エバーランド伯爵家の領地は今は国王直属の部下が治めている。
……父や母よりも領のことを知っているということで、話をする機会が多くなり、結果として、国王とも繋がりが太くなっているのが今だ。
ハイルド様はそれが不満なようで、国王に「シェリルを呼び出すな」と都度伝えているようだが、あまり守られてはいない。
そして、今日は、あの花の咲く丘へと遠乗りへやってきていた。
「ハイルド様……もう、花は終わってしまいましたね」
「ああ。シェリルが来たときはちょうど満開だったからな」
青い花に覆われていた丘。花はもう枯れ、今は違う種類の草が生えていた。
ハイルド様はまた来年も生えると言っていたが、やはり残念に思う。
「あの馭者は今は孫と仲良く暮らしているらしい」
「……よかった」
「シェリルの行いだと、俺は思った。馭者を軽んじることなく過ごした旅路。魔物の森から一刻も早く出られるようにと願った心。そして――馭者が給金をもらえるようにと、相手を思いやり伝えた言葉。それが、馭者に届いたと」
「はい……」
ああ……そうだといい。
愛は増えていく。愛は広がるのだ、と信じる先にある景色が……。
だれかに愛を渡す。またその人がだれかに愛を渡す。それが続いていくのなら……。
「青い花は枯れてしまったが、次の花が咲く」
「……この丘にまた、花が?」
「ああ。次は黄色の花が咲くんだ。花弁が多くて、縁が赤い」
ハイルド様の言葉に、その景色を想像してみる。
丘一面に咲く、黄色の花。そこに赤いコントラストが映える。
きっと、その景色は……。その色は……。
「シェリルと見たい」
「……はいっ」
隣に立つ大きな人。そこにそっと寄り添えば、温かく包んでくれた。
またここに来る。
そして、心に刻むのだ。その色を忘れないように。
――愛しい人とともに。
「ずっと一緒だ」
気づけば、唇が触れあっていた。
優しくて……大好き。
「はい。ずっと一緒に……」
何度でも花は咲くから。
GW中にお付き合いいただきありがとうございました。
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