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15話

 一か月後。私とハイルド様、騎士五名は王宮へと訪れていた。

 今日はパーティーがあり、その後、告訴状についての審議がある。

 普通ならばパーティーのあとにやるようなことではないが、どうせならばたくさんの貴族が集まる場所で一度に終わらせたほうがいいだろう、とハイルド様と国王が考えたようだった。


「シェリル、きれいだ」

「あ、りがとうございます」


 馬車から降り、パーティー会場へと向かう。

 今日のドレスは白から青へと変わるグラデーションのドレス。金糸で刺繍が施されている。

 銀色の髪はまとめても流しても美しい、と、今日は半分だけ編み込んだハーフアップになっていた。


「ハイルド様も、とても素敵です」

「シェリルにそう言われると、うれしい」


 私の言葉にハイルド様が微笑む。それだけで胸がぎゅうとして、くらくらとしてしまった。

 いつもの制服よりも装飾が多いのは、礼装用だかららしい。

 黒地にポイントとして入れられた臙脂色。さらに金の飾り紐やボタンなどもとても美しい。

 先ほどからすれ違う人がぽーっと見惚れているように見えるのは、きっとハイルド様が素敵すぎるからだろう。


「なんて美しい……。あれがナイン辺境伯に輿入れしたエバーランド伯爵家の……」

「ああ、だがこれまで見たことがない」

「エバーランド伯爵家は一人娘ではなかったのか……」

「あんなに美しければ、隠しておきたくなるのも無理はない」


 ホールに入って聞こえてきたのは、貴族たちの視線と、感嘆の声。ハイルド様はそれに当然のように頷いている。

 ずっと家にいた私は、こうして社交の場へ出るのは初めてだ。

 マナーの本を読み、想像し、一人、部屋で練習はしていた。そして、最近ではハイルド様が隣の領に依頼し、マナーの教師もつけてくれた。

 だから、大丈夫……。そう思うけれど、やはり心は竦む。

 そんな自分を奮い立たせ、背筋を伸ばし、前を向く。

 私はハイルド様の隣に立っていたい。それにはここで、王命を違えていないと証明しなければならない。


 ハイルド様と関係のある人たちと挨拶を交わすと、そろそろダンスが開始するようだ。

 私たちはまだ、国王に挨拶をしていない。

 ダンスのあとにしたほうが効果がある、と。ハイルド様はそう言ったのだけど……。

 そうして、曲が流れ出し、ダンスが始まる。

 ハイルド様の一歩一歩は大きいから、とても豪快なダンスになる。

 それについていくのは大変だが、自分の力で立ち、ハイルド様に支えてもらうと、しっかりと踊ることができるのだ。

 一人の部屋で想像していたダンス。マナーの教師と練習したダンス。

 それが全部、ここに繋がって……。だから、今日、だれよりも大きく動ける。


 ああ……今日は……きらきらが多い。

 シャンデリアもみんなの服装も。全部が輝いている。


「シェリル」

「ハイルド様」


 ハイルド様の合図で、私の体は空中へと持ち上がった。

 私はきれいな姿勢を保てるよう、体の中心に力を入れ、そのまま回る。

 これはハイルド様が喜んだときにやるクセみたいなもの。

 それをダンスに取り入れるなんて、思わなかったけれど、マナーの教師も、騎士たちもとても褒めてくれたから、やることにしたのだ。

 その瞬間、「おお……!」と周囲から声が漏れたのがわかった。

 嫌な声ではない。

 そして、気づけば、私たち以外はダンスをやめていた。

 人々はほぅと息を漏らしながら見惚れているようだ。

 そして、私たち二人のためだけに流れていた曲が止まる。


 ハイルド様は笑顔で……。

 私も笑顔だ。


 右手だけ繋ぎ、すこし離れて、お互いに礼をする。

 その瞬間――


「素晴らしい!!」

「なんて素敵なんでしょう……!」

「『宝石姫』だ!」

「ええ、さすが『宝石姫』ですわ」


 ――歓声と拍手。


 ハイルド様は満足そうに頷くと、そのまま私をエスコートして、歩いていく。

 向かう先は……国王のいる会場の奥。

 国王は私たちが近づくと、玉座から立ち上がり私たちを迎えた。


「来たぞ」

「一言目がそれか」


 ハイルド様がそう言うと、国王は「ははっ」と笑った。


「お前の勝手な思惑に迷惑をしたが、シェリルと出会わせたことには感謝する」

「おお、珍しい。お前から感謝とは……」


 国王はそう言うと、つっと私へと視線を移した。


「さて、そちらがエバーランド伯爵家の?」

「妻のシェリルだ」

「シェリル・ナインです。陛下においてはご機嫌麗しゅう」

「ああ、うむうむ」


 ドレスの裾をつまみ、礼をする。

 国王はそれに二度、頷いた。


「まさに――『宝石姫』だな」

「ああ」


 国王はそう言って、にやりと笑った。ハイルド様も頷く。

 これで……。あの勅書は違えていないということになるのだろうか。

 私は『エバーランド伯爵家の宝石姫』と国王に認められたのだ。


「私が書いた『エバーランド伯爵家の宝石姫を送る』というのは、たしかに果たされている」


 国王がホールにいる全員に響くよう、大きな声で宣言をする。

 これで……終わればいい。

 でも、きっと……。


「お待ちください!」


 ――ここでは終わらない。

 

 響いたのは……父の声。

 父は母と妹を連れ、こちらへと歩み寄ってくる。

 国王はそれを見て、玉座へと戻った。

 私とハイルド様もそれに合わせ、玉座の正面から、すこしはずれた場所へと移動する。

 父母と妹はちょうど私とハイルド様と対峙するような場所へと立った。


「どうした、エバーランド伯爵。私は伯爵家もよく働いてくれたと思っているが」

「陛下、私は告訴状を提出しております。読んでいただいたと思いますが、これは誤りなのです。『エバーランド伯爵家の宝石姫』はここにいる娘。メリルです。あれは姉のシェリル。宝石姫などではありません」


 父は国王に切々と訴える。

 私が――王命に背いている、と。


「姉は妹のメリルを羨み、このような恥ずべき行為を行ったのです。急ぎ、過ちを正さなければならない。それゆえにこうして参りました」

「なるほど。つまりそちらの娘が『宝石姫』なのか」


 国王が妹へと視線を移す。

 そして、うーんと首をひねった。


「だが、今、ハイルドの隣に立つ娘のほうが美しい。それは外見ではなく、その姿勢や所作もだ」

「なっ……」


 この言葉に、妹の顔がカッと赤く染まったのがわかった。怒ったのだ。妹はこうして、顔を赤くさせ、私の髪色を否定していた。


「し、しかし陛下っ! 陛下は伯爵家への勅書で『エバーランド伯爵家の娘、メリル・エバーランド。ハイルド・ナイン辺境伯への輿入れをせよ』と。メリル・エバーランドはたしかにこちらの娘です」

「あー…そうだったか?」

「勅書を! 勅書をご覧ください! 姉が奪って逃げたものですが、ナイン辺境伯へ見せているはずです。そこに真実が書かれている!」


 父の訴えに、国王が頷く。

 そして、視線をハイルド様に向けた。


「ハイルド、勅書は?」

「手元にある。だが、俺が手にしたときには破れていたのだ。名前は読み取ることができず『リル・エバーランド』だと思っていた」


 ハイルド様は自分の見たものを、まっすぐに伝える。

 そう。ハイルド様が手にしたとき、勅書はすでに魔物によって穴が開けられていた。

 国王が『メリル』か『シェリル』か覚えていないと言うならば、もう真実はわからないのだ。


「そんなっ……それはきっと、姉が自分が輿入れしても問題ないよう、勅書に細工をしたのです! 勅書の細工は重大な罪となるはず! どうぞ、姉に罰を!」

「ええ、あの娘に罰を与えてください!」

「お姉さま、ちゃんと罪を告白なさって……」


 それを聞き、勢いづいたのは父母と妹だった。

 私に罪があると。罰を与えろ、と。


 妹が言ったのだ。――「私の代わりに、お姉さまが行けばいいじゃない!」と。

 母が言ったのだ。――「身代わりがいればいいのよね」と。

 そして父が言った。――「お前が代わりに死ね」と。


 だから……私は……。


「陛下、発言をお許しいただけますか?」

「ああ、構わない」


 私は国王に伺いを立てて……そして、父に尋ねることにした。


「告訴状には魔塵のマッチの権利についてもありました。……エバーランド伯爵はそれを用いて、どのようなことをするおつもりでしょうか」


 従来のマッチを魔塵のマッチに変えていく。伯爵家で生産をしたい。

 私が考えていた答え。

 でも、父は私の質問を鼻で笑った。


「なにもしない。お前が考えたことなど価値はない」

「そう、ですか……」

「魔物から生まれたもので道具を作るなど、汚らしい。そんなもの、この世にはないほうがいい。だから権利は持つが、そのままなにもしない」


 ああ……。そうか……。

 父は私に価値があるから、手元に戻そうとしたのではない。

 ただ……邪魔だから。


 従来のマッチは自然発火の危険もあり、有毒ガスも発生する。安全な魔塵のマッチが出回れば、従来のマッチは勢いをなくすだろう。

 父は魔塵のマッチはこのまま、なかったものにし、従来のマッチを普及させたいのだ。建設中の工場もそのまま従来のマッチを製造する。

 この世界から、魔塵のマッチの存在を消すために……権利が欲しいのだ。


「わかりました」


 一度、目を閉じる。

 そして、ゆっくりと息を吸った。


 ……止めなければならない、父を。

 マッチ工場の有毒ガスで苦しむ労働者。自然発火で燃える家。たくさんの人が悲しむ未来。

 それを、私は看過できないから。


 目を開けて、ハイルド様を見る。

 ハイルド様は私を励ますように頷いてくれた。

 だから、私はまっすぐに陛下を見つめて――


「私は……王命を知っています。勅書には妹であるメリル・エバーランドがナイン辺境伯へと輿入れするように書かれていました」


 そこまで言うと、父母と妹が喜んだのが目の端に移った。

 

「ああ! そうだ! やっと言ったな!!」

「ああ……我が家の恥知らずは……なんていうことを……」

「お姉さま、罪を償ってくださいね……」


 私がやっと罪を認めた、とそう思っているのだろう。

 私は気にせず、言葉を続ける。

 それは、すべての告白。


「私は父母と妹に命令されました。『妹の身代わりとして辺境伯へ嫁げ』と。そして、魔物の棲む森へ行き『お前が代わりに死ね』と言われました」

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【2/10発売】【コミカライズ進行中】
「お前が代わりに死ね」と言われた私
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