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第一話〈Boy meets Goddess〉






『むかしむかし、あるところに、五人の卑怯者たちがいました。

 彼等は弱き民草に勇者と祀り上げられた存在でしたが、彼らもまた弱く、故に群れて誇り高き魔王の城へと押しかけ、よってたかって嬲り殺しにしたのです。

 魔王は、配下を殺され丸裸。傍仕えのか弱い色魔しか連れていなかったというのに!』

 ────改訂版『英雄の詩』第一章一節




 --------------------------------------------------


「……ん」

 少年は、真っ白な風景の中で目を覚ました。

 直前の記憶は、すっぱりと途絶えている。自分がなぜこんなところにいるのか、全く思い出せなかった。


「あ、起きた起きた。こんにちは、僕の言葉は理解できるかな?」

 頭上から降り注いだ声に、少年はぱちぱちと瞬いて目を光に慣らす。そして首を上に向けて、少年は絶句し、腰を抜かした。それを見て、また頭上からくすくすと可憐な笑い声が降り注ぐ。目の前に広がる光景を、少年は1分ほど経ってやっと理解した。


 少年の目の前には、亜麻色の髪で片目を覆い、同色の猫の耳を携えた巨大な美しい少女がしゃがみこみ、地面の蟻でも観察するように少年を見下ろしていた。彼女の背からは少年の視界いっぱいに輝くような白い翼が複数枚伸び、神聖な光を放っている。どう見ても、常の人間ではなかった。


「ひっ……あ、え、ゆ、夢……ッ?」

 当然、少年は目の前の存在と現在の状況に激しく恐怖し、困惑した。無理もない、彼はついさっきまで片田舎のセメント工場の工員だった。高校を中退し、朝早くから夜遅くまで立ち働く、真面目な労働者だった。このような異形の存在など、目にする機会に恵まれる筈もない。


「夢じゃないよ、間樹炉(まずろ)(しん)くん。

 僕はマリシエル。この世界の主……きみたち人間が『神』と呼ぶもの。

 僕は君の魂をここに召喚し、呼びかけているんだ。」

 頬杖をつき、にっこりと微笑むマリシエルの美しさに、真は巨大で得体のしれないものに対する恐怖に駆られながらも、思わず頬を染める。

 無理もない、工場の中で石材や機械のみと向き合ってきた真にとって、この異類の少女の美しさはもはや毒でさえあった。そんな様子を見かねてか、マリシエルはうーんと少し唸って首を傾げた。


「あ、このままだとちょっとお話しづらいね。ちょっと待ってて」

 そう言うなり、マリシエルの巨体はぐにゃぐにゃと歪み、眩い光に包まれる。少女の姿は崩れ、巨大なオパール塊のようになる。

 次の瞬間、瞼を閉じ、開けた真の前に立っていたのは、真よりも頭一つ分ほど小さく縮んだマリシエルだった。神々しく可憐な姿はそのままに、愛らしく華奢な少女の姿となって彼女は真に微笑みかけていた。それによって真の恐怖心は薄れ、真の胸には美しさに対する好意や陶酔だけが残された。


「え、ええっと……その『神様』が俺に何か用ですか?俺、何かしたかな……」

 顔を直視できないまま、もじもじとしながら真はそうマリシエルに聞いた。

真には、神に呼び出される謂れなど自分には無いように思えた。とんでもない悪行も、とんでもない善行も、真はした覚えがなかった。神様なんていうものが、いったい平凡な自分に何の用だろうと、小鳥のように首を傾げる。マリシエルが次に何を言うのか、真には全く想像がつかなかった。


 マリシエルは微笑み、口を開く。

「うん、君に頼みごとをしたくってさ。

突然だけど、きみには『()()』になって欲しいんだ」

 そして、本当に突拍子もないことを言った。


 真の表情も、思わず石のように固まった。

「え、は、ま、待ってください。英雄……?急にそんなこと言われたって……ゲームや漫画じゃあるまいし、そうじゃなくたって現代日本で『英雄』だなんて、何をさせるつもりなんですか?」

 真は、隠しもせずに狼狽する。そんな反応予想通りだと言うように、マリシエルはからからと笑っていた。


「あは、そうなるよね。でも君が行くのは元いた『レアリテ』の日本じゃない。『イリュシオン』の東方、険しい山に囲まれた新興国『ロンティ』だ。まずはそこで───」

「待って、ちょっと待ってください」

 訳の分からない単語を一斉に出されて、真は目を回しながらマリシエルを制止した。並べられた横文字が何を意味するのかも分からない。マリシエルは少し首を傾げ、ああ!というようにぽんと手を叩いた。

「そっか、ヒトはこの世界の全容を知らないんだった。そうだよね~そっからだよね~説明してあげよう、僕やさしいなあ」

 困惑したままの真をよそに、マリシエルはひとりでうんうんと頷き指をぱちんと鳴らした。

 その途端、無に突如として真もよく見慣れたホワイトボードが出現する。あっけにとられる真をよそに、マリシエルはきゅぽんと黒マーカーの蓋を抜く。


「この世界ってね、実は二つの世界がひとつにくっついて出来てるんだ。お母様……“はじまりの神”が付けた名称は『トゥルマ』。確か団体とか、集団って意味だったかな?」

 マリシエルはふたつ丸を書き、それを大きな円でぐるっと囲む。その上に「トゥルマ」と読める文字を書いた。

「まあ、それはさておき……

今まで君が生きていたのは、『トゥルマ・()()()()』。あらゆる神秘が実存を許されない、別の……なんて言ったかな、確か『チキュウ』って世界をモデルケースにした世界だ。もうひとつは『トゥルマ・イリュシオン』。『トゥルマ』とは反対に、あらゆる神秘あらゆる幻想に満ち溢れている。君たち流に言えば、ファンタジーの世界ってやつだね。君がそれから行くのは、そこだ。」

 マリシエルは左の丸に「レアリテ」、右の丸に「トゥルマ」と書く。左から右へ、ぐいんと伸びる矢印も。


「……??? すみません、ちょっと理解が……」

「まあこの辺は覚えなくてもいいよ。今回の話に別にそんな関係ないからね。

 とりあえず『今から異世界に跳んで、そこで世界を脅かす怪物を倒して英雄になる』ってことだけ君は理解すればいいんだ。簡単だよね!……あれ?まだ分からない?まあいいや」

 マリシエルはどんどん話を先に進めてしまう。真だって、極端に頭が悪いわけではない。文字にすれば31文字程度のことくらい、すぐ理解できた。……できたけれども、受け入れられるかは、また別だった。


「え、だって俺……妹も弟もいるんです、それなのに急に異世界だなんて……そ、それに俺、ただのセメント工場の作業員ですよ?異世界の怪物なんて、ひとくちで食われちゃいますって。無理無理無理無理……」

 真は手と首を同時にぶんぶんと振って無理もないことだった。

 それはそうだ、間樹炉真はまだ17歳。蒸発した両親の代わりにセメント工場で働き、幼い妹や弟を養わねばならないただの少年なのだ。自分が異世界などに行ってしまえば、彼らは飢え死にするしかない。それに自分自身だって、特に頭が回る訳でも力が強いわけでも無い。丸裸で異世界に放り出されればその『怪物』にあっという間に殺されてしまうのは火を見るよりも明らかだった。どこを探しても、はいやりますと頷ける理由などない。けれどマリシエルは考える素振りすら見せず、ただ朗らかに笑っていた。


「ああ、その辺りも大丈夫!心配しないでおくれよ。まず戦闘能力の問題だけど……君には『ゴッドギフト』をあげる。文字通り神からの贈り物……所謂『チート能力』ってやつだね!これでかよわいレアリテの人間でも安心して物騒になりつつあるイリュシオンを歩けるってわけ!それから、家族のことだけど、こっちも心配しないでね」

 真は眉を顰める。心配しないでと言ったって、何をしてくれるって言うんだろう。神様直々に世話をしてくれるわけないし、まさか弟や妹も異世界にギフト付で送るなんて言い出すのだろうか?そんなことをされたら、彼らまで戦わされることに……?そんな真の懸念をよそに、マリシエルは口を開いて、言葉をつづけた。


「君、()()()()()()からさ。死人は現世に何の影響も及ぼせない。そうだろ?」

 さらり、とマリシエルは何でもないことのようにそれを告げた。

「……は?」

 真の唇から、汗で湿ったような息が漏れる。マリシエルの話は彼にとって到底受け入れられないことのオンパレードだったが、いよいよ嘘か本当か考えるのもアホらしくなってきた。

 真は一切の理解を放棄し、もうただへらっと笑ってごまかした。


「あーっ、その顔は信じてないな。まあ仕方がないか、実際見ないと実感湧かないよね」

 マリシエルは呆れ顔を浮かべたまま、ぱちんと指を鳴らした。

 瞬間、真とマリシエルの足元にどこかの映像が表示された。

 いや、真にとっては『どこか』などではない。良く見慣れた、なじみ深い光景。


「これって……俺が働いてる工場……?」

 マリシエルが映し出したのは、真の働くセメント工場だった。

 皆一様に青ざめて沈黙し、中には嘔吐している人もいる。

彼らの前には、わずかに赤みを帯びたセメント。


「あ」

 そこで、真は唐突に思い出した。赤く染まったセメントが、ぼやけた脳を刺激した。

「君は毎日毎日勤勉に、破砕機に石を入れる仕事をしていたねえ。朝昼晩とお仕事、帰ってきたら妹と弟のお世話。君には休む暇なんて無かったんだ。それで、今日、足を滑らせて落ちたんだ。疲れていたんだね。かわいそうに」

 マリシエルは憐れむような、それでいてどこか嘲るような調子で言葉をつづけた。

「君の肉も骨も、セメントになったよ。あのセメントは、どこへ使われてゆくだろうねえ。遺された妹や弟も、まあきっと工場のひとが何とかしてくれるよね。何はともあれ、死んだ君はどのみちな~んにもできない。だからね、安心して……」


「ふざけるなッ!!!」

 真はマリシエルの胸倉をつかみ、吠え猛った。

「安心だって?千代子も武も……妹も弟もまだ小さいんだ、俺無しでやっていけるわけがないッ!工場の……工場の奴らだって、みんな生活が苦しいから、あんなところでずっと一日中働いてるんだ……よそのガキなんて、わざわざ面倒見るもんか。……なあ、お願いだ。異世界だとか英雄だとか悪い冗談はやめて、俺を……」

 俺を、元の世界に帰してくれ。神様なんだったら、蘇らせてくれ。そう掠れた声で、真は懇願する。けれどマリシエルはただただ微笑んで、胸倉を掴まれたまま言葉を続けるだけだった。

「分かった分かった、じゃあ時間を少し巻き戻して、君が赤いセメントにならなくて済むようにしよう。なに、僕はなったばっかりとはいえ世界の主たる神だからね。そのくらい朝飯前さ」

 ばッと希望に輝いた目でマリシエルの顔を見上げる真に、ただし!と彼女は付け加える。

「ただし、それは僕の『お願い』を聞いて貰った報酬として、だ。そんなホイホイ時間を戻して生き返らしてたらいつまで経っても人類史が進まないんだからね」

 真はまるで小さな子供の様に頷いた。最初の態度とは打って変わって、真はもうマリシエルの『お願い』を聞く気満々でいた。異世界にも英雄にも興味はなかった、けれど、かわいい妹と弟を残して逝くわけにはいかなかった。この世で唯一の自分の家族、なによりも大事なふたりを守るためなら、真はどんな脅威にだって立ち向かえる気がした。


「よろしい、その意気だ」

 そんな真を見てマリシエルはにんまりと笑い、そして満足そうに頷いた。

「さっきちょろっと言った通り、僕はまだ主神の座について日が浅くてね。世界の管理……特に、幻想という不確定要素が渦巻いている分複雑なイリュシオンの方の管理に手を焼いているんだ。それでこの前……まあ当地の人間からしたら500年くらい前かなぁ。イリュシオンに『()()』が出現した」

「魔王ってあの……ゲームとかでよくある?」

 真は大きな角を生やし、マントを羽織った大柄な男を想像した。

「そうそう。放っとくと世界を壊しちゃう、ウィルスみたいなものだね。

 世界を運営していると必ず出てくるものだから、アクみたいなものとも言えるんだけど」

「あ、分かりました。その『魔王』を倒してこいって言うんですね?」

 随分定番のやつだなあと首を傾げる真に、マリシエルは首を振った。

「ううん、『魔王』自体はさっき……50年くらい前に討伐されたよ。冒険者パーティ『茨の冠』によってね。次の魔王が出てくるのは、ざっと1000年後くらいかなあ。まだちょっと余裕があるね」

「えっ……?じゃあ平和なんじゃないですか」

 そうもいかなかったんだよなあ、とマリシエルは深々溜息をついた。

「その魔王を倒した冒険者パーティが、なんと全員魔人……魔物化した、強力な人型の化け物になっちゃってね。イリュシオン各地でそれはもう……大暴れしてるんだよ。現地のヒト達に任せてたけど、まぁ~解決しないまま犠牲ばっかりめちゃくちゃに出ちゃって、このままだと普通に『魔王』級の世界を滅ぼす災厄なんだよね……というわけで、丁度良く死んでた君の魂を見つけて、サルベージして(ぼく)の使い……『天使』として魔物を退治してもらおうってワケ」


 指を一本立て得意げに言うマリシエルだが、真は丁度いい死人と言われて反応に困っていた。

「はぁ……誰でも良かったんなら、あなたが自分で倒せば良かったのでは?」

「あっ適当に選んだわけじゃないんだからね。ゴッドギフトが適合するには年齢とか境遇とか容姿とか細かい条件があるんだから……あと、僕が行くわけにはいかないんだよ。何でも僕がやるとヒトは僕に頼りっきりになっちゃうからね。それじゃあいけないし、なにより僕がつまんない!自分のエッセイばっかり読んでたい作家なんていないんだからね!」

 僕が一番好きなのはヒトとヒトの紡ぐ物語だからね───とマリシエルはかわいらしくウィンクした。度重なる衝撃に麻痺した真の心には、残念ながらもう何も響かなかったが。

「で、『天使』というからには特別な力を持ってないとね。ぶっちゃけ君と言うかレアリテ人はイリュシオン人に敵わないよ。あっちの方が全体的に生物が強いからね。というわけで」


 ぱぱーん!と効果音を口で鳴らしながら、マリシエルは無から瓶をふたつ取り出した。

 無色透明で美しい細工の、硝子の瓶に見える。中に入っている液体も、真にはどちらも何の変哲もない水に見えた。

「それは……?」

ゴッドギフト(神の加護)……を体に取り込みやすいように、特別に液体にしたものさ!これを飲んだ生物は、部分的に神の力を得る。今回君に飲んでもらうのは、『看破』と『吸収・無限残機』だね。あと特別サービスで戦闘能力もちょっとだけオマケしてあげよう」

 なるほどそれは如何にも強そうだと、真は頷いた。量も多くないし、簡単に飲み下せそうだ。ゴッドギフト……神の加護とやらを、そんなに簡単に得て良いんだろうかと真は訝しむけれど、マリシエルはそんな彼に構わずに瓶の蓋を開ける。

「まずは『看破』だ。視界に影響が出るから、早めに慣れてほしいしね。ささ、ぐいっと」

 マリシエルは『看破』の瓶をずいと真の鼻先へ突き付ける。真は躊躇せずそれを受け取り、一気にそれを呷った。


「……う゛っ!?」

 途端、真の喉に激しい痛みが走る。まるで生きた巨大なカブトムシを、丸のみにするような、尖った脚がじたばたと暴れるようなひどい感覚に、真は思わず胃液を吐いた。

「あ、だめだよ吐いちゃ~。ほら頑張って頑張って。あと半分瓶に残ってるよ!」

 マリシエルはなおも、『看破』の水を真に飲ませようとする。

「ぅ゛えっ……げほっ、ごほっ……マリシエルさん、これ……」

 真は怯えた目でマリシエルを見上げるが、依然として彼女は真が取り落とした瓶を差し出した格好のままだった。

「ああ、もしかして味がキツかったかな?それは我慢してね、直接人間には余る力を体の中に流し込まれて、頭や体が粉々にはじけ飛ぶよりマシでしょ?」

 確かにそれは、そうだけど。真はのたうち回りながら、喉を抑える。熱い。痛い。神の力を経口摂取するというのは、こんなにも辛いものなんだろうか。大いなる力の代償と言うのは、こんなにも。

 しかし、飲み干さなければ何も得られないのもまた事実だった。真は覚悟を決めた目できっと瓶を睨み、ひったくるようにそれを掴んだ。

「お、イイねえ覚悟が決まった目だ。僕はそういう目が大好きだよ」

 マリシエルは微笑んで、頬杖をつく。そんなマリシエルに目もくれず、真は一気に……さっきよりも少し躊躇して、それに再び口をつけた。あの酷い臭い、味、痛みが、記憶から鮮明に立ち上ってくる。真はぎゅっと目を閉じて、それを必死にどこかへ追いやった。


「……っはあっ!はあっ……げほっ、おえぇっ……」

 格闘すること十数分。真は空になった瓶を放り、地面(?)に転がった。喉がからからに乾いて、痛くて、痺れて、不快で、どうしようもなかった。何か飲み物が、欲しかった。水……いや、お茶……いいや、何か、甘い飲み物。妹が買って欲しいと泣いていた、甘いジュースのような……そういう、やさしいものが、真は欲しくてたまらなかった。


「よし、飲み干したね。えらいえらい!じゃあ次は『吸収・無限残機』だね。これも多分、さっきみたいになるけど……君は()()()()()だもんね、頑張れるよね!」

 けれどマリシエルは無慈悲に微笑んで、次の瓶の蓋を開ける。

 口の中の違和感と戦いながら、真は虚ろな目でマリシエルを見上げた。


『お兄ちゃん』。そう言われた途端、真は何かを訴える気力を失っていた。

 思えば、最初に弟が生まれた時から……両親が家にいたころから、真は『お兄ちゃんなんだから』という言葉に弱かった。このちいさくてやわらかい存在は、自分の庇護を必要としている存在なのだと思うと、胸からじんわりと温かい愛しさが湧き上がってくるのを真は感じていた。『お兄ちゃんなんだから』という言葉は、まるで不思議な薬のように真を慈悲深く、我慢強く変容させた。それは良いことだと、真は深く信じていた。


『自分はお兄ちゃんだ。だから、耐えられる』。そう自己暗示を繰り返しながら飲めば、ゴッドギフトのひどい味も苦にはならなかった。狂信的なまでの庇護心が、真の味覚を麻痺させた。空になった瓶を投げ捨てて、真は乱暴に唇を拭う。それをマリシエルは宙空から、ひどく楽しそうに眺めていた。

「いやあがんばったがんばった!えらいえらい、さすが『お兄ちゃん』だね!」

 マリシエルはぱちぱちと手を叩いて、真を称賛した。真は爛々と輝く瞳のまま、マリシエルの愛らしい顔を見上げる。そういえば、妹や弟のために我慢して、自分はなにか褒められただろうかとふと真は思った。愛人を作り離婚して出て行った父、電車に飛びこみ賠償金を振りまいて死んだ母。彼らが、我慢した自分を褒めてくれたことは。


「よし、これで君はもう神の力を得た僕の『天使』、僕の『息子』だ。」

 マリシエルのそんな声で、真はハッと我に返る。マリシエルはふわりと真の目の前に降りたち、白い手で柔らかく真の頬を包み込んだ。

「君は偉いね、きょうだいなんていう同じ血が流れているだけの他人を想い、自分の身に不自由という不幸をもたらした親を恨みもしない。君みたいな強い子なら、きっと世界を平和にできるよ」

 マリシエルは囁く。甘く、優しく、耳触りの良い声で。真の胸からは、彼女と彼女のめちゃくちゃな要求に抱いた混乱、怒り、疑いの気持ちはいつのまにかさっぱり消えていた。美しい少女に褒められるという甘美な体験に、真の心はいつしか甘くとろけていた。


「じゃあ、次は能力を使う練習をしようか。

せっかく力を得たのに使い方が分かりませんでしたじゃ、ガッカリだもんね」

 真は、マリシエルの瞳をじっと見つめた。

 青い、青い、どこまでも青い瞳が、真の顔のみを映して輝いていた。

 吸い込まれそうな、空の青。真はその色を、随分と久しぶりに見た気がした。


「大丈夫だよ、なるべく優しく教えるからね」

 マリシエルはまるでいとけない唯の少女のように、ひどく楽しそうに笑っていた。



 真の奮闘を、心から愉しむ■■のように。


 -続く-




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