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蒼馬の休日1~背徳の宴~(前)

外伝集といっておきながら書籍版の書下ろしだけじゃさびしいので、書き溜めていた外伝を公開します。

書いていたのが2章の頃で、このときはまだジャハーンギルの言語能力が退化しておらず、普通にしゃべっているのが、今読むとすごい違和感があります(笑)。

その点も含めて楽しんでもらえれば幸いです。

「風に聞くところによれば、破壊の御子の居城には秘密の施設があるという。そこでは日々大量の(まき)が燃やされる宴が開かれ、破壊の御子は屈強なる男どもを集めては、皆で全裸となり、(みだ)らで背徳的な享楽(きょうらく)(むさぼ)り合っているという。そのおぞましき宴には、破壊の御子の絶対なる忠臣シェムルですら『淫靡(いんび)にして背徳である』と目を背け、口汚く(ののし)らざるを得なかったという」

セネスの風聞録より抜粋


                  ◆◇◆◇◆


「最近、ソーマの様子がおかしいんだ」

 ボルニスの領主官邸において、蒼馬を除く主だった面々をひそかに集めたシェムルは、いきなりこう切り出した。

 蒼馬を「臍下の君」として誰よりも敬い従っていたシェムルが、蒼馬に内密で集まって欲しいと言い出したのだ。その時点で誰もが、これはただならぬことだとは予想はしていた。だが、事態は思った以上に深刻なものらしい。

 何しろ、ことは蒼馬に関するものである。

 この場に集まる一癖も二癖もある連中が曲がりなりにも結束しているのは、その中心に蒼馬がいるからだ。

 その蒼馬にもしものことがあれば、この結束もあっという間に瓦解してしまうのは目に見えている。

 それだけは何としてでも回避しなければならない。そのためには、まずは何が起きたのか事態の把握が大事である。

 皆を代表してガラムがシェムルを問いただした。

「《気高き牙》よ。どうおかしいのか、具体的に言ってくれ」

「うむ。それがな……」

 しかし、シェムルは即答できなかった。

 眉間にしわを寄せ、腕組みをし、首をかしげ、うなり声を洩らして考え込む。自分が感じているものを何と説明していいものか、悩んでいるようだ。それにしだいにみんなが()れ始めた頃、ようやくシェムルは口を開いた。

「最近だが、ちょっと時間が空くと、ボ~っとするんだ」

 誰もが、そんなことかと馬鹿にはしなかった。

 シェムルは蒼馬がこの世界に来てから、ほぼ付っきりで一緒にいるのだ。その彼女がおかしいと感じるのだから、そこに何かがあるのだろうと皆は思った。

 しかし、それだけでは、さすがに何もわからない。

「それだけか?」

 重ねてガラムが尋ねると、シェムルはさらに付け加える。

「あと、ため息が増えている。書類を片づけているときも、なんだか集中できていないようだ」

 その場に集った者たちは、しばし互いの顔を見合わせた。

 シェムルの言うことが正しければ、確かに蒼馬に何かが起きているようだ。しかし、それが何なのか誰もわからない。

「もしかして、病気か?」

 そう尋ねたのは、ズーグである。

 彼は、蒼馬がホルメア国の兵を撃退するのに火計を使った後、「戦士の感冒」にかかったのをガラムから聞いていたため、またそれがぶり返したのではないのかと思ったのだ。

 しかし、シェムルは首を横に振る。

「いや。食事の量も変わらないし、どこか体調が悪いというわけではなさそうだ」

「私も、ソーマ様のお顔の色が悪いようには見えません」

 そう付け加えたのは、エラディアである。

 人間の顔の判別も難しいゾアンのシェムルでは見落としてしまうような微妙な顔色の変化も、エラディアがそう言うのならば間違いないようだ。

 しかし、そうなると、ますますわけがわからなくなってしまう。

「ソーマ本人は、何と言っているのだ?」

 やはり自分のことは自分が一番よくわかっているだろう。

 ガラムがそう尋ねると、シェムルは眉根を寄せる。

「私が聞いても、何でもないとしか言わない。いや、自分でも集中できていないとわかっているみたいなんだが、特に気分が優れなかったり、身体の調子がおかしかったりというわけではないそうだ」

 ガラムたちは、困った。

 原因がわかれば対処の仕様もあるだろうが、これでは何をどうすれば良いのかもわからない。

 そのとき、たまたまこのボルニスの街に訪れていた〈目の氏族〉の巫女頭の代理であるシュヌパが控えめに声を上げた。

「もしかしたら、ソーマ様はラパンをなくされているのかも知れません」

 シュヌパが言う「ラパン」が何なのかわからなかった皆は、互いに顔を見合わせた。

 代表してガラムが尋ねる。

「ラパンをなくすとは、どういうことですかなシュヌパ様」

「ラパンとは、心の活力や勢いとでも申しましょうか……」

 シュヌパはゆっくりと言葉を選びながら説明をした。

「たとえば復讐を固く誓った戦士が何年もの間、一日たりとも休まずに仇を追い求め、腕を磨き続けていたのに、ついに本懐(ほんかい)()げた後はまるでふぬけのようになってしまうことがございます。これをラパンをなくした、もしくは使い果たしたと申します。

 もしかしたら、ソーマ様は、そのような状態になったのではないでしょうか?」

 それに、皆はなるほどと思った。

 確かに蒼馬はこの世界にいきなり落とされて以来、苦難と緊張が絶えなかった。

 まずは人間に敵対するゾアンたちの信頼を得るところから始まり、次いで〈牙の氏族〉の村を制圧しに来たホルメア国の兵士を追い払った。その後、ゾアンたちを率いて砦を落として平原を奪還すると、このボルニスの街をも制圧した。そして、街を奪還しに来たあのホルメア国最高の将軍ダリウスを撃退。

 さらには、その後も来たるべきホルメア国の反撃に備え、軍備を整え、街に新しい産業を興し、領民の安寧に心を砕いているのだ。

 こうしてその業績を列挙しただけでも、誰もがよくぞやれたものだとうならざるを得ない。

 それらに蒼馬が費やしたであろう気力は、尋常なものではないだろう。

 しかし、ここ最近は情勢も落ち着いてきた。

 ガラムと蒼馬がそれぞれ大族長と族王を襲名し、いちおうは平原の諸問題も片付いた。その平原の開拓も順調で、今年は豊作を見込めるらしい。また、ボルニスの収入源となる新たなガラスや蒸留酒といった産業も発展めざましく、将来的には街の一大産業になるとミシェナも太鼓判を押していた。

 そうしたこともあり、最近になってようやく蒼馬もひと息つけられるようになったのである。

 そこに来て、今まで気づかずにため込んでいた疲労がどっと押し寄せてきたというのも納得できる話だ。

「それを治すには、どうすればいい?」

 シェムルの質問に、シュヌパは困った顔になる。

「こればっかりは心の問題ですので、ご本人次第としか……。しばらく無理にお仕事はせずに、おいしいものを食べ、何か遊びを楽しまれながら心の活力が戻るのを待つのがよろしいかと」

 シュヌパの答えに、シェムルは腕組みをして考える。

「ふむ。領主としての仕事は、ミシェナとソロンに押し付ければいいだろ」

 あっさりと、ひどいことを決めるシェムル。

 しかし、ことがことだけにミシェナとソロンも文句は言えない。いや、ソロンだけはブチブチと文句を言っているが黙殺した。

「兵たちの訓練などは、できるだけソーマを(わずら)わせないようにするか」

 そうガラムが言えば、ドヴァーリンも同意する。

「ガラス工房と蒸留酒工房も落ち着いておる。当面はソーマ殿を煩わせずとも、こっちは大丈夫じゃわい」

「食事については、マルコに任せましょう。後はヨアシュ様に連絡をとり、何か変わった食べ物があれば取り寄せてみるのもよろしいかと」

 エラディアの提案に、皆も異論はなかった。

 これで仕事と食べ物については対策が打てた。

 残すは、遊びである。

「さて、後は何か遊びをやらせる、だが……」

 そこでシェムルたちは、困った。

 今になって気づいたのだが、これまでずっと蒼馬は遊びらしい遊びをしたことも、したいと言ったこともなかった。そのため、いったい蒼馬は何をすれば喜ぶのか、見当もつかなかったのだ。

「今さらだが、俺たちはずいぶんとソーマに苦労しかかけてなかったようだ」

 ガラムは顔をしかめてうなった。

 これまでゾアンは人間の住む街を制圧し、統治した経験などなかった。そればかりか、そこで解放した奴隷だった多くの他種族の者たちとも共闘を考慮しなければならないとなると、いくら平原最強の勇者との誉れ高いガラムですら手に余るというものだ。また、それは他の者たちも同様である。

 そのため、どうしても何事においても蒼馬の知恵と力を借りなければならなかった。常に誰かが入れ替わり立ち替わり蒼馬へ相談を持ちかけていたのだから、それでは遊ぶ暇とてなかっただろう。

 しかし、それで蒼馬が潰れてしまっては、元も子もない。

「何か、ソーマの気晴らしになるような遊びがあれば良いのだが……」

 そう呟いてみたものの、ガラムはなかなか良い考えが思い浮かばなかった。

 ガラムが知るゾアンの遊びと言えば、狩りである。

 しかし、蒼馬にゾアンのような狩りができるとはとうてい思えない。それに、たとえ蒼馬がゾアンのように速く走れたとしても、その恩寵のせいでは獲物一匹獲れはしないだろう。

 ガラムと同様に良い考えが思いつかなかったシェムルは、ズーグに話を振る。

「《怒れる爪》よ。おまえは遊び上手とも聞いている。何かソーマの気晴らしになる遊びは思いつかないか?」

 遊び上手と言われ、ズーグは得意げに胸を張る。

「まあ。男の楽しみと言えば、『飲む・打つ・買う』が一般的だな」

「飲む、打つ、買う? それはどういう遊びだ?」

 根が生真面目なシェムルには、それは初めて聞くものだった。不思議そうに首をかしげるシェムルに、ズーグは得々と説明する。

「まず、飲むとは酒だ。酒は命の水と言うぐらいだ。その一杯のために、その日をがんばっていると言っても過言ではない」

 ズーグの言葉に、ドヴァーリンとソロンがしきりとうなずいていた。

「だが、ソーマは酒が苦手みたいだぞ」

 酒を飲み交わせば親睦(しんぼく)や友好を深められるというおかしな信仰を持つ蒼馬は何かと酒宴を開こうとするくせに、自身はシェムルが言うとおり酒が苦手であった。

 祝宴などがあれば場の空気を悪くしない程度に蒼馬も酒をたしなむのだが、たったそれだけでもすぐに酔っ払って潰れてしまうほど弱い。そして、翌朝は頭痛と吐き気に悩まされ、もう二度と飲まないと愚痴るのが常であった。

 そうした蒼馬の姿をガラムたちも知っているため、すぐに酒はダメだと除外する。

「では、次に『打つ』だ。これは博打だ」

 ゾアンにも牛の角や骨を削って作ったサイコロを使っての博打がある。ゾアンの戦士たちが暇を見つけては勝負勘を養うためとサイコロ博打に興じるのも珍しくはない。

 しかし、ズーグ自らが難しい顔で、否定する。

「以前、俺も誘ったことがあるのだが、『博打は戦だけで十分だ』と言って断られた。どうも博打は好きではないらしい」

 賭け事もダメそうだ。

 それならば残ったひとつである。

「では、最後の『買う』は、なんだ?」

「それは……」

 シェムルに尋ねられて答えようとしたズーグは、そこまで言ってから言葉に詰まる。そして、「しまった!」という後悔の表情がありありとズーグの顔に浮かんだ。

 その隣では、ガラムが「馬鹿め」とボソッと呟いた。

「《怒れる爪》よ。早く教えろ!」

 いつまでも説明しないのに苛立ったシェムルにせっつかれ、ズーグはしどろもどろに答える。

「その、なんだ。いわゆる、その、難しい問題でな……」

「よくわからん! ゾアンの戦士なら、はっきりと言え!」

 そう言われてしまっては、ごまかすわけにはいかない。ズーグは観念して答える。

「『買う』とは、商売女を買う。つまり、女遊びのこと……」

 そこまで言いかけて、ズーグは口を閉ざした。

 気のせいか、シェムルの背後にどす黒いオーラが漂っている。

 これはまずいとズーグは慌てて弁解するように言う。 

「男と言うものは単純なものでな! 女を抱けばすっきりするし、抱かれていれば気が休まるし」

 さらにどす黒いオーラが拡大していく。

 これに慌てたズーグは、活路を求めてガラムに話を振る。

「なあ、《猛き牙》よ! 男とは、そう言うもんだろ?!」

 とばっちりを食ってはたまらないと、素知らぬ顔で傍観を決め込んでいたガラムは、いきなり話を振られて大いに焦った。

 ガラムは言葉ではなく、視線でズーグに抗議する。

 それを言葉にすれば次のような文言になるだろう。

『ズーグ! 俺を巻き込むな!』

 それに対してズーグもまた視線で応じる。

『頼む。助けてくれ! おまえからも男とは、そういうものだと説明してくれ!』

『おまえは、実の妹に男の(さが)を説明しろと俺に言うのか?! それは、どんな嫌がらせだ!』

『これまで色々とおまえを立ててやっただろ! 恩を返せ!』

 しばらく火花を散らしてにらみ合っていたが、確かにズーグにはいろいろと世話になったのは事実だ。ガラムはしぶしぶと仲裁に入る。

「良いか、《気高き牙》。《怒れる爪》の言うことは、多少の誇張はあるとしても嘘ではない。男とは、そういうものなのだ」

 さすがに兄であるガラムから諭されれば、シェムルも納得したのであろう。彼女の背後にあったどす黒いオーラが鎮まっていく。

 それに、ほっと一息ついたガラムであった。

 ところが、なぜか今度は自分の後ろからどす黒いオーラが漂ってきているような気がする。確か自分の後ろには、副官のシシュルしかいないはずなのに、怖くて後ろを振り向けない。

 ガラムが固まっている間にも話し合いは続けられる。

「だが、ソーマ殿は、この街の支配者だ。女ならば、それこそより取り見取りであろう」

 そう言ったのはドヴァーリンであった。ドヴァーリンはわずかに眉根を寄せてさらに言う。

「しかし、根も葉もない噂ならばともかく、そのような真似をしたとは、とんと聞かんぞ」

 言われてみれば、そのとおりである。

 蒼馬も若い男だ。それなのに、これまで浮いた話はひとつとして聞いたことがない。いくらシェムルがお目付役として近くにいたとしても、女っ気がまったくないというのはおかしな話であった。

 これはどういうことだと皆が頭を悩ませていると、ジャハーンギルが口を開く。

「ならば――」

 いったい何を言い出すのかと皆が注視する中で、ジャハーンギルはこう言った。 

「女より男の方が好きなのではないか?」

 その瞬間、シェムルは椅子を蹴立てて立ち上がる。そして、倒れた椅子の足をガシッと掴むと、問答無用でジャハーンギルの頭に叩きつけた。

 物凄まじい音とともに、椅子が爆散したようにバラバラになる。

「ふざけたことをぬかすな、馬鹿トカゲっ!!」

 この時代のセルデアス大陸においては、子をなせない者同士――異種族間や同性同士による性交渉は不道徳とされていた。そのため、ジャハーンギルの発言は、「蒼馬はド変態だ」と言ったのに等しい。敬愛する「臍下の君」をド変態呼ばわりされたシェムルが激昂(げっこう)するのも当然である。

 その場に昏倒してもおかしくない打撃だったが、ジャハーンギルは平然と頭に乗った木片を手で払い落としながら言う。

「だが、王が女を寄せ付けぬのもおかしな話だ」

 ディノサウリアンの王族種(ナガラジャ)は年に一度、しかもたったひとつの卵しか産まない。王族種を絶やさないためにも、王となった男は複数の妻を(めと)るものだ。

 また、ディノサウリアンに限らず、王族が多くの妻を娶るのは王統を存続させるためにも当然の義務である。

 そうした常識に照らし合わせれば、浮いた噂ひとつない蒼馬の方が異常だった。

 それだけにさしものシェムルもジャハーンギルの指摘に異論を挟めない。

 あらぬ嫌疑をかけられてしまった蒼馬だったが、幸いにもそれを否定する擁護の声が上がる。

「ソーマ様は、ちゃんと女性にご興味がおありですよ」

 それはエラディアだった。

「私どもの弓矢の訓練を視察にいらしたとき、井戸で汗を流す子たちがいると、顔を赤らめてお目を逸らされるのですが、やはり気になるのか横目でチラチラと」

 そのときの光景を思い浮かべているのか、エラディアはクスクスと笑う。

「困ったことに、うちの子たちはそんなソーマ様の反応がかわいらしいのか、最近ではわざとやるようになってしまって……」

 楽しげに語るエラディアに、何となく不愉快になりつつもシェムルが疑問を呈する。

「ソーマもちゃんと男なのだな。――だが、それならなぜ女を寄せ付けない?」

 それにエラディアは即答する。

「おそらくは、ソーマ様は潔癖でいらっしゃるからかと」

 この街にいるエルフの女性は、ほとんどが性奴隷として人間の男たちにその身体を汚されてきた者たちばかりだ。そのような女性を近づけたくはないという意味だと思ったシェムルは、ムカッとする。

「ソーマは、そんなことにこだわるようなケチな男ではないぞ!」

「決して、そのような意味ではございません、シェムル様」

 エラディアはやんわりとシェムルの誤解を否定した。

「ソーマ様は、今やこの街の支配者です。そのため、どうしてもご本人の意志に関わらず、そのお言葉には権力が伴ってしまいます。ソーマ様は、それをご懸念されているのでしょう」

 いまだ権力者が、その支配地域に住む人々の生殺与奪の権すら握っている時代である。その権力者となった蒼馬の言葉には、どうしても強制力がともなう。蒼馬にしてみればただの軽いお願いの気持ちであったとしても、それを受ける側がそう取らない場合もあるのだ。

 そうしたのを恐れているのではないかとエラディアは言った。

 それにシェムルも納得する。

「なるほど。ソーマらしいな」

 追い詰められればこちらが肝を冷やすほど大胆になるかと思えば、普段は驚くほど小心である。異なる界からやってきたせいか、自分の行いや考えがこちらの世界の常識や道徳に反しないか、シェムルから見れば取るに足りない些細なことにすら気に懸けるのだ。

 皆が納得したところでガラムがエラディアに提案する。

「無理強いはしない。もし良ければ、ソーマの相手を頼めぬか? それとも、やはり難しいか?」

 このガラムの頼みに、エラディアは慌てて首を横に振る。

「難しいなどと、とんでもない! 私だけではなく、うちの子たちの中に、ソーマ様をお慕いせぬ者はございません。お召しがかかれば、いつなりとも喜んでソーマ様のお(そば)(はべ)りましょう」

 しかし、そこでエラディアは頬に手を当て困った顔になる。

「ですが、今回ばかりはおやめになった方が良いと思います。ソーマ様の性格を考えると、かえって疲れさせてしまうやもしれません」

 世の中には女性を抱いて癒やされる男もいれば、逆に女性へ気を遣いすぎて疲れる男もいる。エラディアが見る限り、蒼馬は間違いなく後者のタイプだった。

 そんな男性が安らぎを覚えるには、よほど信頼を寄せる女性が相手でなければならない。蒼馬にもその条件に適う女性がいないことではないのだが。

 そこで、エラディアはちらりと目を向ける。

「ん? どうかしたか?」

 自分に目を向けられたのに気づいたシェムルが不思議そうな声を上げる。それにエラディアは「何でもございません」と言いつつも、小さくため息を洩らす。

 こればっかりは仕方が無い。

 他種族との肉体的関係はセルデアス大陸では禁忌のひとつである。たとえ本人たちの意志はどうあれ、そのようなことが知られれば、間違いなく大きな醜聞となってしまう。

 また、蒼馬がゾアンを救うために立ち上がったのも、そうした個人への好悪からではなく、ゾアンという種族全体への哀れみからの行動であったとした方が、今後の統治にも役立つというものだ。

 いずれにしろ女もダメとなると、話は振り出しに戻ってしまった。

「では、どうすれば良いのか。誰か良い案はないか?」

 シェムルの問いかけに、誰もが難しい顔をして黙り込んでしまう。

「誰でも良い。何かソーマが喜ぶようなことは思いつかないか? 遊びでなくても良い。何か、気晴らしになれば良いのだ」

 誰からも提案が出ず、皆が困り果てた頃、ジャハーンギルがあっけらかんと言う。

「そんなこと、当人に訊けばいいだろ?」

 まったくもって、もっともな意見である。

 それもそうだと誰しもが納得する中で、唯一ジャハーンギルの提案に渋ったのはシェムルであった。

「しかし、それは……」

 即断即決を旨とする妹らしからぬ煮え切らない態度に、ガラムが訝しげに尋ねる。

「《気高き牙》よ。何か問題でもあるのか?」

 それにシェムルは悪戯小僧のような笑みを浮かべて言った。

「どうせなら、こっそりやってソーマを驚かせてやりたいじゃないか」

 しばしの沈黙。

 それからガラムはゆっくりと椅子から立ち上がると、部屋の出口を指差した。

御託(ごたく)はいいから、さっさと()いてこい」

 ガラムがニッコリと牙を剥いて微笑むのに、シェムルは慌てて部屋を飛び出したのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ソーマに必要な物と言えばまず思い付くのはお米ですね そしてソーマはちゃんと女に興味がある つまりソーマは女の子が脇で握ったおにぎりを欲しがっています気持ち悪い
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