獣の刻印(中)
いったん天幕に戻ったガルグズは、頭を抱え込んでしまった。
我が娘ながら何をしでかすか分からない奴だとは思っていたが、まさかこんな大それたことをやるとは、さすがに夢にも思わなかった。
「で、どうするよ、族長?」
グルカカの問いかけに、ついガルグズは怒鳴り散らしてしまう。
「俺こそ、どうすれば良いか聞きたいわ!」
それからすぐに我に返ったガルグズは、怒鳴ってしまったことをグルカカに謝罪する。気にするなとグルカカが笑って謝罪を受け入れると、ガルグズは再び頭を抱え込んでしまった。
「まったく、何がどうしてあんな娘に育ったのだ……!」
ガルグズとしては、まさに痛恨の事態である。
もし、これがただの子供の悪戯ならば、叱りつけてから飯抜きの罰でも与えれば事はすんだであろう。
だが、本人が大きな罪だと承知した上で、なおかつそれを潔く認めて自分から檻に入っているのだ。子供の悪戯として片づけられるものではない。
ましてやガルグズは族長なのだ。氏族の者たちの範を示さなくてはならない立場では、そう簡単に罪を無かったものにはできない。それが実の娘であるならば、なおさらだ。
さすがのガルグズも泣き言をこぼした。
「なあ、グルカカよ。俺は妻を亡くしてから男手ひとつで、あの子たちを育てて来た。だが、亡くなった妻に恥じぬよう子供を教え育ててきたつもりだ」
ガルグズは慙愧の念に堪えないとばかりに、自らの手で顔を覆った。
「気高くあれ。誇り高くあれ。そして、強くあれ。いかなる敵も恐れず、弱き者を救い。汚辱にまみれようとも、その誓いを貫き通せ。偉大なる戦士たれ。――そう言い聞かせて来たと言うのに……」
グルカカは、「間違いなく、それが原因だろ」と思ったが賢明にも言葉にはしなかった。代わりに、落ち込むガルグズの尻を叩く。
「泣き言は後にしろ。これだけ騒ぎになったのだ。それなりに落としどころを作らねばならんのではないか?」
グルカカの言うのも、もっともだ。多少強引でも、皆が納得できるだけの理由をつけなければ、後々に禍根を残すことになる。
それには、なぜシェムルがこのような真似をしでかしたかを調べなくてはいけない。
「どうして食い物を盗んだか、話したか?」
ガルグズの問いに、グルカカは首を横に振った。
「いや。自分で食ったの一点張りだ」
シェムルが盗んだ食料は、大人が数日は食いつなげる量である。それをあんな子供がたった一晩で食い尽くしたとは考えにくい。明らかにシェムルは嘘をついている。真実を話して謝罪すればともかく、嘘をついたままでは許し様がない。
「どうする、族長?」
グルカカの問いに、ガルグズは腕組みをして考え込んだ。
「仕方あるまい。――少し痛い目を見させてやるか」
しばらくして一計を思いついたガルグズは、グルカカに耳打ちした。
◆◇◆◇◆
翌日、ガルグズが氏族の主だった者たちとともに、荒縄で縛り上げたシェムルを連れて向かったのは、平原の真っただ中にある小さな岩山である。
はるか太古から平原の厳しい日差しと風雨に晒されてきたその岩山には、浸食によってできた大小様々な洞穴があり、まるで巨大な蟻塚を思わせる外観だ。
その頭頂に一本だけ生えた木の根元に、シェムルを縛る荒縄の端を結びつけたガルグズは、しかめ面を作ると、厳しい口調で言った。
「シェムル。おまえは、自分が何をしたのか分かっているのだろうな?」
しかし、シェムルは臆する様子もなく、昂然と答えた。
「うん。分かっているぞ。私は族長の言うことを破って、ドロボウをした。とても悪いことをしたので、きつい罰を与えて欲しいぞ」
ガルグズは、思わず頭を殴りたくなった衝動を必死に抑える。
いったいどこでそんなませた口を叩くのを覚えて来たのか! 何が、きつい罰を与えて欲しいだ!
そう叫び散らしたいのをぐっとこらえて、隣に立つグルカカに尋ねる。
「グルカカよ。村の食い物を盗んだ者は、どう罰する?」
グルカカはひとつうなずくと、ことさら重い口調で言った。
「村の食い物を盗んだ者は、縄で縛り上げ、この『狼の祭壇』に放置するのが掟だ」
「『狼の祭壇』だと?」
ガルグズが芝居がかった口調で尋ねると、グルカカも調子を合わせて答える。
「うむ。この『狼の祭壇』は、かつて多くのゾアンの戦士を食い殺した、恐ろしい狼王の棲家だったところだ。狼王は英雄パンジャタに倒されたが、今なおこの辺りには凶暴な狼どもが数多くいるのだ」
ふたりは、ちらりとシェムルの様子をうかがった。ところがシェムルは怯えるどころか、「おお! ここが狼王と英雄パンジャタが戦った場所なのか!」と大喜びしている。
それにガルグズは、怒りで頬がピクピクと痙攣するが、グルカカに目でうながされ、芝居を続ける。
「何と! そのようなところに放置すれば、生きたまま狼どもの餌になってしまうではないか!」
「うむ。凶暴な狼どもに生きたまま食べられるのだ。とてもとても痛いだろう」
グルカカは、シェムルを脅かすように「痛い」を強調して言う。それにガルグズは、何と恐ろしいとでも言うように、動揺した素振りを示す。
「しかし、この子はまだ小さい。それは、少し可哀想ではないか?」
「確かに、まだ幼い子供には厳しい罰だ」
「では、こういうのは、どうだ? 本人が自分の罪を深く反省し、謝罪するならば、この度だけは許してやると言うのは?」
いかにも今、思いついたような口振りで言うガルグズに、グルカカも同調する。
「うむ。それが良いだろう」
そして、ふたりはそろってシェムルを見やる。これで自分に下される罰に恐れをなし、頭を下げて謝れば許してやる算段だ。
ところが、シェムルは頭を下げるどころか、胸を張って言った。
「情けで命を助けてもらっては、戦士のほこりにもとる。族長、げんせいなさばきを求めるぞ」
そんな、子供が言うにしては小難しいことをさも自分は立派な戦士であるという顔をして言うのだ。それにガルグズは、切れた。
「この馬鹿たれがっ! 勝手にしろ!」
そう吠えると、ガルグズは足音を荒げて狼の祭壇から下りて行ってしまう。グルカカや一緒について来た戦士たちは、しばらく立ち去るガルグズの背中と残されたシェムルの方を交互に見やっていたが、族長の裁定に異を挟むことは許されないため、やむなくガルグズを追って、その場を後にした。
そうして、ひとり取り残されたシェムルは、しばらく殊勝に座っていたが、しだいに暇になって来る。さりとて話し相手がいるわけでもなく、こう腕を縛られては何もできない。
仕方なく縛られたまま、その辺りをゴロゴロと転がっていると、そこに猿のミイラのような年老いたゾアンが、小脇に小さな壺を抱え、杖を突きながらやってきた。
「こりゃ、シェムルや。まだ、狼に齧られたりはしておらんか?」
「おう、お婆様ではないか!」
それは、〈牙の氏族〉の村で巫女をしている年老いたゾアンであった。
お婆様はゆっくりとした足取りでシェムルの隣に来ると、よいしょと声をかけて、そこに腰を下ろした。
「のう、シェムルや。この婆にだけ、こっそりと食べ物を盗んだわけを教えてくれぬか? さすれば、わしから父に取り成してやろう。どうじゃ?」
お婆様はそうやさしく尋ねたのだが、そのとたんシェムルはそっぽを向いてしまう。
「お腹が空いたから、あたしが食べた! それだけだ!」
その後も、いくらお婆様が尋ねても、それを繰り返すばかりであった。さすがのお婆様も、ほとほと呆れてしまう。
「まったく。呆れてものが言えぬわ、この寝小便垂れが」
「うるさい! もう寝小便垂れじゃないもん! この、クソ婆っ!」
恥ずかしい過去を持ち出されたシェムルは羞恥に毛を逆立て、お婆様に罵声を浴びせる。すると、お婆様はやおら立ち上がった。
「クソ婆とは、何じゃ! この寝小便垂れが!」
そう言うなり、お婆様は小脇に抱えていた壺の蓋を取り、それをシェムルの頭上で逆さにして中に入っていた液体をぶっかけた。いったい何が入っていたかわからないが、鼻がひん曲がりそうなほどの悪臭を放つ液体に、シェムルはのたうちまわる。
「臭い! 臭いっ! 臭いっ!! 何をするんだ、クソ婆!」
「ひゃっひゃっひゃ! ざまぁないのぉ、この寝小便垂れ!」
シェムルの罵声に見送られながら、お婆様が狼の祭壇から下りると、そこでは他の者たちを先に帰したガルグズがひとりで待っていた。
「お婆様、余計な手間をかけさせ、申し訳ない」
そう言って頭を下げるガルグズに、お婆様はカッカッカッと笑う。
「何の、何の。あの寝小便垂れの泣きっ面が見られると思えば、苦にもならんわ」
泣きっ面という言葉に、ガルグズは見るからに動揺した。
「そんなに心配なら、無理やりにでも村に連れ帰ればよかろうに」
「……それはできん。俺は族長なのだ」
お婆様は、父娘そろって頑固者だわ、と呆れ返る。
「ところで、お婆様。それは、本当に効くんだろうな?」
ガルグズは心配そうな顔で訊く。
「もちろんじゃ。わしらでも、この臭いはキツいのに、狼どもならばなおさらじゃ」
シェムルの頭からかけた液体は、その臭いで獣を遠ざける秘薬であった。今回のシェムルのように、命を取るほどでもない罪人を狼の祭壇に放置して反省を促すために使われるものだ。これは代々の巫女と族長だけに伝わる秘密である。
「しかし、言うておくが、これの効果はもって三日か四日じゃぞ。雨でも降れば、それだけで効果は失せる」
「それだけ持てば十分だ。一晩、ここで夜を明かせば、あの頑固者とて泣きを入れるだろう」
ガルグズは、そう高をくくっていたが、お婆様は渋い顔のままだった。あの頑固な娘が、そう簡単に音を上げるとは思えなかったのだ。
そして、お婆様の予想は的中する。
一夜が明けて、翌日の朝。
ガルグズは再び氏族の者たちを引き連れて狼の祭壇にやって来た。
「何だ、狼に食い殺されていないとは、運が良い奴だ」
すぐにシェムルが泣きを入れて来ると思っていたガルグズは、機嫌が良かった。ところが、当のシェムルは父親に、あっけらかんと答える。
「うん。狼どもめ、あたしに恐れをなしたに違いない!」
狼が徘徊する平原に一晩放置された十歳にもならない子供が、こううそぶくのである。ガルグズばかりか、その場に居合わせた同胞たちも、これには唖然としてしまう。
ガルグズは空咳をひとつして、気を取り直すと、いかめしい顔つきでシェムルに問う。
「一晩経って頭も冷えたであろう。どうだ? ここで、ごめんなさいと謝り、食糧を盗んだ理由を言えば許してやらんこともないぞ?」
しかし、シェムルはガルグズが差し伸べた救いの手を毅然とした態度で振り払う。
「盗んだのは、謝る! でも、理由なんてない! お腹が空いたから、食べただけだ!」
これには、ガルグズも焦った。いくら面倒事を起こしたとはいえ、シェムルが可愛い一人娘であるのに変わりない。いくらお婆様の秘薬があっても、こんな年端もいかない娘をひとり、狼の祭壇に残したのに、昨夜は心配で心配で気が狂わんばかりだった。
ガルグズは同胞たちに聞かれないようにシェムルに顔を寄せると、小声で懇願する。
「頼むから、我がままを言わないでくれ、シェムル。早く謝って、理由を言うんだ。そうすれば、この父が同胞たちに説明し、悪いようにはせん」
しかし、そうしてまで助けようとしたシェムルに、かえってたしなめられてしまう。
「族長、えこひいきはダメだぞ」
ガルグズは、途方に暮れるしかなかった。
◆◇◆◇◆
すでにシェムルが狼の祭壇に放置されて、四日が経とうとしていた。
その間、ガルグズらは日に何度もシェムルの許を尋ねては、なだめたり、すかしたり、時には脅したりして、何とか彼女から食料を盗んだ理由を聞き出そうとしたのだが、相変わらずシェムルは頑として理由を明かそうとしない。
それにガルグズをはじめ、村の大人たちはほとほと困り果ててしまっていた。
そんな中、シェムルの兄であるガラムは、大人たちには内緒でひとり、狼の祭壇にやってきた。
ガラムにとって妹のシェムルは、やんちゃが過ぎて手がかかるし、人のオヤツを盗る、とんでもない奴だ。だが、それでも可愛い妹に違いない。それに亡くなった母に、妹は自分が守ると誓っていた。
そのため、シェムルが狼の祭壇に放置されてからは、ガラムは時間の許す限り、こうして狼の祭壇に足を運んでは、影からシェムルを見守り続けていたのである。
その日も、誰か見張りでもいないかと、周囲を警戒しながら、足音を忍ばせて祭壇を上ったガラムは、岩陰からこっそりとシェムルの様子をうかがい、驚きに目を見張った。
何と、シェムルの小さな身体が、ぐったりと力なく横たわっていたのである。
「大丈夫か、シェムル!」
手遅れだったのかとガラムは血相を変えて飛び出すと、横たわるシェムルを抱き起した。
すると、シェムルの目がパチリと開き、ふたりの目が合う。
「何だ、お兄ちゃんか」
自分の腕の中で、あっけらかんとそう言うシェムルに、ガラムは思わず怒鳴り返してしまう。
「お兄ちゃんか、じゃない!」
しかし、すぐに我に返ったガラムは、シェムルの身体を心配する。
「そ、それより、大丈夫なのか?」
ガラムの腕の中から出たシェムルは、あぐらをかいて座ると、両手を縛られているので代わりに顎をしゃくって近くの木の上に止まっている大きな鳥を示した。
「さすがにお腹が減ったから、あの鳥を食ってやろうと思って、死んだふりをしていたんだ」
そこで失望も露わに、大きなため息をついた。
「それなのに、だまされたのは鳥ではなくて、お兄ちゃんだった。お兄ちゃんじゃ、さすがに食べられない。困ったぞ」
「このバカが!」
ふざけたことをぬかす妹を怒鳴りつけたガラムは、すぐさまその足で村に戻ると、自分たちの天幕に飛び込んだ。
「親父! 早く何とかしないと、あのバカは本当に死ぬぞ!」
鳥が集まってきているのは、シェムルに死が間近に迫っているのを目ざとく見抜いたからだ。まだへらず口を叩いてはいるが、飢えと渇きに加えて厳しい平原の日差しによって、確実にシェムルの体力は底を尽きかけているに違いない。
そして、それはガルグズも承知していた。
だが――。
「黙れ、ガラム。俺は、族長なのだ……!」
いつもの父親が、そう言えばガラムもさらに言い募っただろう。
しかし、今のガルグズは見るからに憔悴していた。一緒の天幕で生活していれば、父親がシェムルを心配して、まともに寝られていないのも知っている。これ以上、父親を責めるのは酷だと、年若いガラムでも理解できた。
「親父は族長で何もできないなら、俺が何とかする!」
そう言って飛び出したものの、どうすれば良いかガラムは悩んだ。力ずくでシェムルを狼の祭壇から引きずり下ろしても、あの強情な妹のことだから自分で祭壇に戻りかねない。
そもそも、なぜこんなことになってしまったか思い悩むガラムは、はたと気づく。
シェムルが食糧を盗む直前、自分の食べ物を外に持ち出していたではないか。
あの時は、拾ってきた山猫の子供にでもやっているのかと思っていたが、そうではなかったとしたら? その何かために、シェムルは掟破りと承知してまで村の食糧に手を付けたのではないだろうか?
そう思ったガラムは、あの時のシェムルの行動を振り返る。
「確か、あいつはあっちの沢の方へ行っていたな。あっちに何かあったか……」
そのとき、ガラムの脳裏に天啓が閃く。
「そうだ! 確か、捨てられた洞穴熊の巣を見つけて、隠れ家にしていた!」
そう叫ぶや否や、ガラムは四つ足になると風のような速さで村を突っ切り、山を駆け抜けた。そして、沢にたどり着くと、毛の一本も見落とさないという気構えで、辺りを捜索する。すると、程なくシェムルが隠れ家にしていたらしい穴の入り口を見つけられた。
ガラムは気配を消して、ゆっくりと慎重に近づく。
「ここに近づくのは、誰だ……?」
そんなガラムの気勢を制するように、穴の中から鋭い殺気とともに押し殺した声がした。穴の中にいるのは只者ではないと察したガラムは、山刀を抜き、臨戦態勢を取りつつ、問いかける。
「おまえこそ、誰だ?」
しかし、穴の中にいる者は、それに答える気はないようだ。こちらを追い返そうとするように、さらに殺気を放ってくる。
「誰かは知らぬが、ここは小戦士の隠れ家だ。関係ないのならば、近寄るな」
小戦士とは何のことかわからなかったが、何故かガラムは妹に関係しているに違いないと確信した。
「その小戦士とやらは、明るい栗色の毛をした女の子のことか?」
そのガラムの言葉に、穴の中から動揺する気配が伝わってきた。
◆◇◆◇◆
「あぁ~。お腹すいたなぁ……」
さすがにシェムルも、お腹が空きすぎて目がグルグルと回りそうだった。空腹を紛らわせようと、近くに生えていた草を齧ってみるが、茶色く枯れた草はうまくもなんともない。そればかりか渇いた口の中に張りつくのに、かえって困ってしまう。
枯草を吐き出そうと苦労していると、祭壇の麓から騒がしい物音が駆け上がって来るのに気づいた。
また、父たちが懲りずにやって来たのかと、あぐらをかいて座ると背筋をピンッと伸ばして待ち構える。
ところが、息せき切って祭壇に上って来たのは、いつもの父や村の大人たちばかりではない。その中には、自分の兄であるガラム。そして、シェンガヤの姿があったのだ。
「小戦士よ、俺のために申し訳なかった!」
シェンガヤはシェムルの姿を見るなり、その前で両の拳をついて額をこすりつけるようにして頭を下げて謝罪した。
すでにシェンガヤは病も峠を越え、後は失った体力の回復に努めているところであった。
本来は、歩くだけの体力が回復した時点で立ち去るつもりだったのだが、最後にシェムルが彼の許を訪れたときに、しばらく用事があって来られないと言い残し、数日分の食べ物を置いていったのが気になったのと、立ち去る前にせめて一言でも礼を言いたいと、今までずっと隠れ家に残っていたのだ。
そこにガラムからシェムルのことを聴かされたシェンガヤは仰天し、自らの恥を承知の上で〈牙の氏族〉の村に連れて行ってもらうと、そこで一部始終をガルグズに明かしたのである。
そんなシェンガヤをガルグズたちは咎めなかった。
むしろ歓呼をもって迎い入れられると、ガルグズの方が頭を下げ、何とか娘を助けてほしいと懇願されたのである。無論、シェンガヤに否はなかった。そして、こうしてガルグズらとともにやってきたのである。
「シェムルよ。この者から話はすべて聞いた。おまえは村の食料に勝手に手を付けたことは罪だ。だが、それが人助けならば致し方ない。それに、この戦士が誰にも話さぬように頼んだのをこうして守り通したことは、立派な心がけだ」
だから罪を許すので祭壇から下りろと続けようとしたガルグズであったが、それより先んじてシェムルが言い放つ。
「知らないっ!」
それに、誰もが唖然とした。
「あたしは、こんな奴は見たことも聞いたこともない!」