チャプター2 「黎明に至る道」3
「……聞いたことない」
「私もないです」
マリスは本棚から一冊の古びた本を取りだして、机においてあるページを開いて見せた。
「ほら、これに出てくる場所よ」
フィルとレスリーは、そのページを目で追った。
最愛の女を亡くした男が、竜の試練を乗り越えて、エリシオンの門を抜けて、オルフェンスの対岸から彼女の魂を取り戻そうとした。彼女の魂を見つけて、そして連れ出した。しかし、最後の最後で男は些細な失敗をした。それによって、連れ出した彼女の魂はオルフェンスの対岸へと連れ戻された。
それが書かれていた物語だ。
「これに登場するオルフェンスの対岸にアストルムがいるのか?」
「でも、物語ですよね? そんな場所があるんですか?」
「古くからある神話や伝承、伝説そういったものに登場する場所は、この世界の仕組みのようなものを示しているわ。その一つが、オルフェンスの対岸よ。そこは冥界への道、死者の国との境界、さまざま呼び方あるけど、魂が還り、生命が生まれる場所のことなのよ。プロタクラム都市群遺跡の場所が霊脈と重なっているから、当時の魔法使いが星の魔力を使って、オルフェンスの対岸へ繋がる道を開く魔法を作ったのね。そうでもしなきゃ、世界の仕組みに干渉することなんて不可能よ」
マリスの説明でオルフェンスの対岸がどんな場所であるかはわかった。だが、肝心なことがわかっていない。
「どうして、アストルムさんの魂はそこにいるんですか。さっき見せてくれた物語は、亡くなった女性を連れ戻そうとしていましたよね。話が合いません」
「順を追って説明するわ。まず、キッカケはアストルムが石碑を読んだことで儀式魔法を発動してしまったと考えていいわ」
「儀式魔法……?」
「私たち魔法使いは、魔法を使うときに、自分の中にあるイメージをこの世界に反映させるための詠唱をおこなうわ。けれど、詠唱を課題や試練に置き換えて、それを乗り越えることで発動する魔法を儀式魔法と呼ぶの」
「もしかして、伝承や伝説の中に儀式魔法が混じってるんですか?」
「そう考えてもらっていいわ。今回の儀式魔法は、オルフェンスの対岸になぞらえられた死者蘇生を目的としたものよ。伝承の内容が断片的だけど、正しい手順は竜を倒すことと考えていいでしょうね。そうすることでエリシオンの門が開かれて、オルフェンスの対岸へ続く道が現れると言ったところかしら。けれど、長らく放置されたことで石碑が劣化していたからか、もしくは他の要因で、本来とは別の形で儀式魔法が発動した」
「だから、アストルムの魂がオルフェンスの対岸に連れていかれたのか」
「じゃあ、オルフェンスの対岸ってところに行って、アストルムさんの魂を連れ戻せばいいんですね」
「アストルムが発動させた儀式魔法は不完全な発動をしたけど、竜が現れたということは正しい手順を踏んであげれば、エリシオンの門が開き、オルフェンスの対岸に行けると考えられるわ」
「つまり俺たちがやらないといけないのは、竜を倒してオルフェンスの対岸へ行き、アストルムの魂を連れて帰ってくることか」
「アストルムの魂がエリシオンの門を潜れば、魂はあるべき場所――アストルムの身体に戻るわ」
「でも、竜を倒すんですよ?」
レスリーの声に動揺と不安が混じっていた。
彼女の不安もわかる。
無理もない。
目の前で竜の圧倒的な力を見せられた。あんなものを倒すなんてことを想像することはできないだろう。
それはフィルも同じだった。
もしも、アストルム、夜染めの箱、星加護の指輪が揃っていてもフィルには無理だ。
竜を倒すのはそれほどまでに無謀なものに思えた。
だからこそ、死者を蘇らせる儀式の試練なのだろう。
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