チャプター2 「黎明に至る道」1
朝焼けのミシュルの街をフィルとレスリーが走っていた。
プロタクラム都市群遺跡から馬車で二日掛けて戻ってきたばかりだ。移動による疲労の色があるが、それを上書きするように焦りと心配の色が濃かった。
フィルが抱えるアストルムは、目を閉じたまま動かない。寝ているわけではない。プロタクラム都市群遺跡で意識を失ってから、彼女は一度も目を醒ましていない。
フィルはアストルムに対して、軽度の治療は可能だが、今のアストルムのように意識を失っているような状況は初めてで、フィルにも対処がわからない。
だから、この街で彼女を治療できる人の元に向かっていた。
大陸横断列車の乗客を迎える準備を始めている屋台が並ぶ中央通りを走り抜け、黒猫の住処に急いでいた。
中央通りから一本奥の道に入り、通い慣れた道を走る。
息を切らせ、額からは大量の汗を掻きながら、辿りついた。
「マリスさん! マリスさん!」
アストルムを抱えたフィルの代わりに、レスリーが黒猫の住処のドアを叩く。レスリーの呼びかけと力強いノックの音が、朝の静けさの中に響く。
「……こんな……朝早くから……なによ……」
ようやく店主であり、ミシュルにいる魔法使いの一人、マリス・ペリドットが、眠い目を擦りながら姿を見せた。
「ふぁっ……レスリーちゃんとフィルじゃない……どうしたのよ……。プロタクラム都市群遺跡の調査同行でしょ……」
「マリス、アストルムを看てほしいんだ」
フィルの必死の顔を見たからか、それとも朝の少し冷たい空気を吸ったからか、やっとマリスの意識がはっきりしてきたようだった。
「どうしたの?」
「詳しいことはあとで話すけど、アストルムが意識を取り戻さないんだ!」
「応接室のソファにアストルムを寝かせて。私も準備する」
マリスは奥へと消え、フィルとレスリーは黒猫の住処に入り、マリスの指示通りにアストルムをソファに寝かせた。
ドタバタと階段を降りる音が聞こえ、マリスが応接室に入ってくる。その手にはいくつかの道具がある。
「これからアストルムを検査するわ。けど、その前に何があったのか、教えてちょうだい」
「わかった」
フィルはプロタクラム都市群遺跡でアストルムが解読した石碑の内容、そこで竜が現れたこと、そして竜から何かを受けてアストルムが倒れたことを説明した。
「巨大な門、竜、石碑……。まずはわかったわ。ここから時間が掛かるから二人とも部屋から出て、少し休みなさい。ひどい顔してるわよ」
「わかったよ、マリス。ほら、レスリー、行くぞ」
「でも……わかりました……」
ソファに横たわるアストルムを心配そうに見つめるレスリーを促して、二人は応接室を出た。
店内の椅子に適当に腰掛ける。
疲労と心配から二人は互いに沈黙し、チクタクと時計の針が時間を刻む音がはっきりと聞こえる。
重苦しい空気の中、可愛らしい音がレスリーのお腹から聞こえた。羞恥心から顔を真っ赤にしたレスリーがお腹を押さえながら提案した。
「……あの……お腹空きません?」
「そういえば、今日はまだ何も食べてなかったな」
「私、朝市で何か買ってきますよ」
「俺が行こうか?」
「いえ、ちょっと気分転換も兼ねてです!」
フィルが答えるより前に、レスリーは出ていってしまった。
残されたフィルは、大きく息を吐いて、目を閉じた。
秒針が刻むリズムがフィルの眠気を誘う。プロタクラム都市群遺跡からミシュルまでの二日間、全く寝られなかったわけではないが、アストルムへの心配で神経をすり減らせていた。
結果、フィルの瞼が眠気に負けるのは、すぐの事だった。
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