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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第4話「オルフェンスの対岸」
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チャプター1 「プロタクラム都市群遺跡」4

 竜。

 英雄譚や神話の中に登場する生物だ。希少種であり、目撃事例はとても少なく、多くの人間が遭遇することなく、その生涯を終える。目にすることがないと思っていた竜が目の前にいる。その姿に、畏敬の念すらある。

 しかし、今はそれを押さえ込んで、セリックは魔剣アグニを構えて走り出す。

 冒険者は、アーティファクトで作られた装備を纏っている。大昔は重たい鎧を着込み、盾を構えて防御を固めていたらしい。だが、今は重たい鎧も盾もいらない。それらの代用としてのアーティファクトが開発されたからだ。

 セリックは全身に魔力を巡らせる。

 薄手の鎧、手の甲、脚部、それぞれのアーティファクトが起動する。

 力一杯踏み込み、一気に解放する。

 それが増幅され、人間離れした速度をセリックに与える。

 距離を詰め、竜の右前脚に目がけて、剣を振る。

 金属音にも似た音が響く。剣が弾かれ、痺れが両手を襲う。

「くっ! さすがに硬いか!」

 剣を叩き込んだ箇所は僅かだが傷が付いた。全く攻撃が通っていないわけではない。それがわかれば十分だ。

 距離を取りながら、自分に注意を惹きつけて、調査隊が退避できる時間を稼げればいい。今はそれが目的だ。

 竜は二本の後ろ足で立ち上がり、鋭利な爪が生えた右腕を振り上げた。

「あれは」

 セリックは竜の胸元に赤く光る何かを見つけた。それはまるで心臓のように脈を打っていた。確信があったわけではないが、セリックは直感的にそこが竜にとっての大事なものであると踏んだ。だから、もう一度、走り出す。

 竜は自分に向かってくる小さきものを振り払おうと爪や尻尾で攻撃を試みる。セリックは爪を剣で弾くが身体が軋みそうな衝撃をどうにか地面へと流し、尻尾の攻撃に対して鎧のアーティファクトが防御障壁を展開したが、多重展開した障壁を意図も容易く破られた。それでもセリックは諦めず、前へと進む。

 左前脚の一撃を屈んで回避。よろめきながら、懐に潜り混む形になった。剣を握り直す。眼前、狙っていた胸部の赤い何かが見えた。

 膝を曲げて、力を溜めて、アーティファクトで増幅して、跳躍する。

「うおおおお!!」

 剣を突き出し跳躍する様はまるで放たれた矢のようだった。切っ先が胸部に当たる。しかし、それは容易く弾かれた。竜鱗からはその硬さから来る手応えが返ってきた。今、得た感触は、それらとは異質のものだった。貫くことができない不可視の薄い壁が存在しているようだった。攻撃自体が拒絶されている感覚だった。

 動揺するセリックを竜の一撃が吹き飛ばす。

 落下の先は巨大な門を囲う水だ。衝撃と共に水の中に身体が沈む。セリックは全身の痛みを意志で押さえ込み、立ち上る気泡の中、水面を睨み付けながら、上を目指す。

 状況は決してよくない。

 圧倒的な劣勢だ。

 竜という生き物は見るのも戦うのも初めてだ。

 それがセリックを高揚させていた。

 セリックが冒険者を目指したのは、幼い頃に大好きだった英雄譚がきっかけだった。登場する英雄や勇者はどんな強敵にも負けることなく勝利する。強くてかっこいい英雄になりたい。それがセリックの原動力だ。

 水から身体を引き上げて、呼吸を整える。

 高揚感から口角が上がってきてしまう。

 再び竜と対峙する。

 攻防を再開する。竜が振るう尻尾を、全身のアーティファクトを全力稼働させて受け止める。セリック自身の力に耐えられず、皮膚が裂けて出血する。竜は身体を捻るようにして爪を振るう。それを剣で弾く。竜が翼をはためかせて、巨体で突進してくる。右へと跳躍するように回避する。

 セリックは竜の背中を駆け上っていく。

「ああああ!!!」

 首元近くまできたセリックは、三度目の跳躍をする。

 眼下には竜の凶悪な顔がある。大きく広げられた口腔に向けて、魔力が流れていくのがわかる。何かが起きる気配がある。

 しかし、自身の落下は止められない。

 覚悟を決めるしかない。

 その時、竜の顔面の左側に炎と雷が起きた。扉付近にフィルとレスリーの姿があった。おそらく彼らが魔石を起動させて、竜へと投げたのだろう。ダメージには繋がっていないが、竜の注意がセリックから逸れた。大きく広げられていた口腔は閉じられ、竜は扉側を向いた。 

 セリックは魔剣アグニを起動する。

 刃が炎を纏う。

 アーティファクトとして作られた剣の多くは魔剣と呼ばれる。剣に埋め込まれた魔石を起動させることで、炎や氷などの魔石に応じた物を纏わせることができる。

 炎の魔剣を真下に向けて、落下する。

 竜の右目へと剣が吸い込まれる。

 確かな感触。

「このまま、いくぞ! 魔剣アグニ完全解放――」

 セリックは自身の魔力を魔剣に埋め込まれた魔石へと注ぎ込む。

 竜は何かを察するように激しく頭を振る。セリックは魔剣の解放を止め、振り落とされそうになりながら、竜の右目から剣を引き抜き、瞼を一閃して、セリックは着地する。上瞼から下瞼にかけて斜めに傷を負った竜が痛みから暴れ始める。

 一撃を与えたセリックは、フィルたちが待っている扉へと走る。

 背後から竜の咆吼と柱が崩れる音が聞こえる。

「セリックさん、早く!」

 セリックが扉に駆け込むとフィルとレスリーが扉を閉めた。扉の傍らで意識を失っているアストルムをフィルが背負うと、神殿遺跡の外を目指す。

「ぎ、ギリギリだったんじゃないですか……。寿命が縮まるからと思いました」

「それでも生きてるから儲けものだよ。――彼女は大丈夫かい?」

「わかりませんが、きっと大丈夫です」

 そう答えたレスリーの隣、アストルムを背負うフィルの表情から焦りと困惑が窺えた。

「外を目指して、ミシュルに帰ろう。今の状態じゃ、調査どころじゃないからね」

 セリックの考えに他の二人も頷いた。

「……セリックさんは、あの竜を倒せますか?」

 フィルの問いに、セリックは間髪入れずに答えた。

「竜の皮膚を傷つけることができた。だったら、倒せる……と言いたいんだけど……正直、それだけじゃあ、無理だと思う」

 竜の胸部を攻撃したときにこちらの攻撃を防いだ不可視の壁を突破しないと倒せない。それが冒険者としての勘だった。

「竜を倒すには何か特別な武器がいる気がする。でも、それさえあれば、僕はあの竜を倒してみせる」

 自分への期待と願望だ。

 憧れた英雄や勇者のように竜を倒したい。

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