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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第4話「オルフェンスの対岸」
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チャプター1 「プロタクラム都市群遺跡」1

 ミシュルから馬車で二日ほど行ったプロタクラムの森を抜けた先、プロタクラム都市群遺跡の一つである遺跡の地下にフィルたちはいた。

 プロタクラム都市群遺跡は、およそ千年前の都市のものだとされている。大半は風化しているが、それでもかつての生活を伺うには十分な状態であった。この遺跡は発見されてから、かなり時間が経っており、調査や発掘といったことも一通り終わった場所である。しかし、最近になって、神殿らしき遺跡で地下へと続く階段が新たに発見され、調査活動が再開された。その調査について同行依頼をアルスハイム工房が受けた形だ。

 フィルは固く閉ざされた扉の下、石造りの床に埋め込まれた魔石に魔力を流して反応を見ていた。魔石は全くの無反応だった。首を振って立ち上がって、隣で作業しているレスリーに声を掛けた。 

「レスリー、そっちの魔石はどうだ」

「ダメです! やっぱり、すっかり魔力が抜け切っちゃってますね」

「だいぶ長く放置されてるからな。さすがに魔石も経年劣化して魔力が抜けるか」

「……そうですね」

 彼女の視線は床に向かっていた。フィルも彼女と同じく床に視線を落とす。床から壁、壁から扉へと向かっている複雑な紋様に見えるそれは魔力が流れる経路になっており、装置のようなものに繋がっている。

「魔石を単純に交換して、魔力を流したらさすがにまずいか?」

 フィルの質問にレスリーは目を細めて周囲に掘られた魔力経路を確認した。

「待ってください……えっと……あそこにある罠は、たぶん炎が出ると思うので……魔力の流れを迂回させた方がいいと思います」

「わかった、それで頼めるか?」

「はい!」

 レスリーは元気に返事をして作業に戻った。

「順調そうかな?」

 声を掛けてきたのは金髪碧眼の男性だった。彼は今回の依頼主であり、冒険者ギルドに所属しているセリック・ラザフォードだ。目鼻立ちが整った甘い顔と、アーティファクトで作られた薄手の鎧を纏っていても身体が細く引き締まっているのがわかる。腰に下げている剣のアーティファクト――魔剣を振るう姿は、きっと物語に登場する英雄や勇者のようだろう。

 冒険者ギルドは素材採取や護衛の請負、今回のような遺跡や未踏領域の調査をおこなうことが多い。遺跡や未踏領域の調査は危険が伴うが、新規のアーティファクト素材や新文明発見などの大きな見返りがある。

「悪くはないと思いたい……ってところですね」

「だったら、よかった。魔導技士の君たちがいてくれて助かるよ。僕たち冒険者や同行している考古学者じゃ、この遺跡にある装置や侵入者避けの罠を読み解いて解除するのは骨が折れるからね」

 プロタクラム都市群遺跡に限らず、遺跡にある装置や侵入者避けの罠はアーティファクトというものがなかった時代でも魔石や魔法理論を用いて作られている。時代こそ古いが、そこに使われている技術や考え方は、魔導技士が使っているものに近いものだ。そのため、今回のように魔導技士へ遺跡調査同行依頼がくることがある。

「ありがとうございます。うちの工房としても、こういった遺跡調査への同行は初めてなのでいい経験をさせてもらっています」

「星祭りで名前を知った工房が、マリスさんのお得意さんだと聞いて、仲介してもらってよかったよ」

 セリックのように星祭りでアルスハイム工房の名前を知ったことをきっかけに依頼をおこなってくれる顧客が増えてきていて、今回の依頼もその一つだ。自分たちがおこなってきたことが徐々に実を結び始めたことに手応えを覚える。

「それにしても、遺跡調査はすごいですね」

 フィルが周囲を改めて見渡せば、百人ほどのメンバーが遺跡の調査に従事しているのがわかる。

「これでも少ない方だけどね。でも、今回のメンバーは優秀だから調査速度は早い方だと思うよ。君とレスリーさんにも助けられているけど、学術畑の人間たちからはアストルムさんの存在がだいぶ喜ばれているよ」

 セリックの言葉を聞きながら、空色の髪をしたアストルムに視線を向けた。彼女は何人かに囲まれてなにかを話しているようだった。

「アストルムさんは、古代語の解読や理解が早くてね。学者が喜んであれこれと教えているよ」

「それはよかったです」

 フィルはそう言うしかなかった。

 アストルムの学習能力は一を聞けば、十を知るを体現しているようなものだ。

 そんな彼女だから古代語について学べば、基礎文法から応用までは容易だろう。なるほど、どおりで彼女を囲んでいる人たちが興奮しているのか。と納得した。

「引き続き、頼むよ」

 フィルの肩を軽く叩いて、セリックは去っていった。フィルはレスリーのところに行って彼女の進捗を確認しようとした。しかし、レスリーは作業の手を止めて、セリックの背中を惚けてみていた。

「セリックさん……美形すぎますね」

「彼はだいぶモテるだろうね。レスリーでも、ああいう美形が好みか?」

 フィルがそう聞くと、レスリーは腕を組んで唸った。

「そうですねー。セリックさんはモテるとは思いますけど、私の場合、あそこまでいくと、見てるだけでいいです。あれですよ、美術品を見ている感覚ですね。美形は近くにいるだけで緊張しちゃいます」

「そういうものか」

「そういうものです。――そういえば、アルスハイム工房としては、今回みたいな依頼を請けたのは初だったんですね。私が入る前に一度ぐらいあったのかと思ってました」

「レスリーが来る前は、俺とアストルムの二人だったし、何より俺みたいな駆け出しの魔導技士に声を掛けてくれる人はいなかったよ」

「アルスハイム工房って、元々、フィルさんのおじいさんの工房でしたよね?」

 彼女の言葉の裏には、祖父が経営した時代の販路やコネがなかったのかという確認が含まれているのがわかった。

「おじいさんが経営したときも繁盛してたわけじゃないよ」

 答えながら作業に戻ったフィルは、子供の頃の記憶を思い返した。自分が工房に遊びに行ったとき、祖父のジェームズはいつも嬉しそうに相手をしてくれたが、客の出入りはあまり多くなかった。あの頃は気にしていなかったが、今思えば、経営は苦しかったのかもしれない。

「だから、俺が工房を引き継いだ時は販路開拓からだった。竜の大鍋のシアンさんがアーティファクトを置いてくれたのは嬉しかったよ」

「やっぱり、駆け出しの頃は大変だったんですね。あれ? フィルさんのお父さんは魔導技士にならなかったんですか?」

 レスリーの質問に、フィルは一瞬、作業の手を止めてしまったが、すぐに手を動かし始めた。

 脳裏に蘇るのは、七年前の記憶だった。


――だったら、もうこの家に戻るな。それが条件だ。

――どうしても理解してくれないんだな。……わかった。もういいよ、俺は出ていくよ。


 父と最後にやり取りした時の事を思い出し、口の中に苦みのような味が広がった気がした。

 錯覚だとわかっている。

 けれど、その苦みが喉を通って、全身に回っているように思え、フィルは自然と眉間に皺を寄せていた。

 しかし、フィルはどうにか感情をフラットにして、言葉を選びつつ事実を答えた。

「父さんは魔導技士が好きじゃないみたいなんだ。だから、俺がイディニア国立魔導技士学校が行くときは、反対を押し切る形になって、今じゃ、疎遠だよ」

「あ……すみません……そんな事情があったなんて知らずに……」

 フィルの答えを聞いたレスリーは、バツが悪そうな表情を浮かべた。それを見て、フィルは慌てて否定した。 

「悪い、気にしないでいい。変なことを言った俺が悪い。――こっちの準備はできたぞ」

 魔力切れの魔石を交換して、魔力経路をいくつか埋めたり、金色蚕の糸で経路を作り直したりして、扉の開閉装置へと繋げ直した。レスリー側も同様の処理をすれば問題なく開くだろう。

「ああ、すみません、すぐやります!」

 レスリーが道具を手に取って、再開した作業の様子を見ながら、フィルは心の中に浮き上がった『泥』のような何かが、再び沈殿するのを待っていた。

 両親との決別に後悔がないと言えば、嘘になる。だけど、自分の夢を選んだ日からずっと前を向いて歩いてきた。後悔を覚えるヒマもないぐらいにがむしゃらだった。だから、レスリーに父親の話題を振られた時に、自分の心が揺れると思っていなかった。

「……さん。フィルさん、聞いてます?」

 レスリーの声に、慌てて意識を引き戻した。

「悪い。ちょっと、ぼうっとしてた」

「遺跡での作業は思ったより疲れてしまいますよね。私の作業終わったので、確認お願いできますか?」

 フィルはレスリーが作業した箇所を確認して頷いた。

「……大丈夫だな。これで魔石を起動してみよう」

 フィルとレスリーがそれぞれ魔石に魔力を流すと、魔力の経路を淡い光が伸びていく。それはフィルたちが繋げ直した経路を通って、開閉装置へと到達する。重たい音を立てて、扉が開いた。

 扉の奥は暗く、淀んだ空気が流れてくる。魔導ランタンを取りだして、広がっている部屋を注意しながら確認する。

 見える範囲では蓄積された埃と蜘蛛の巣が張った棚や割れた壺があった。

「セリックさん、ここ、開きましたよ」

「わかった。君たちは次はあっちの方を頼む。――手が空いてる者はこっちの部屋の調査を頼む」

 フィルとレスリーは、セリックが指差した方にはアストルムの姿があった。彼女はしゃがみ込んで古代語を読み解いているようだった。

「アストルム、大丈夫か?」

「疲れてませんか?」

 二人が声を掛けるとアストルムは立ち上がって首を振った。

「問題ありません」

 彼女はいつもと同じように薄い紫色の瞳でフィルとレスリーを見つめていた。

「遺跡はどうだ?」

「皆さんに教えていただいた知識で古代語を読むことで、誰もいなくなったこの場所であったことを時間を経て、知れるのは興味深いです」

「あー、ロマンがあるってやつですね。ここみたいな遺跡って、本や教科書でしか知らないですし、実際に訪れると肌で感じる雰囲気が違いますよね」

 アストルムはレスリーの言葉に頷きながら、フィルの方を見て首を傾げた。

「なにかありましたか?」

 その質問に胸の奥が軋んだ気がした。

 アストルムの真っ直ぐな瞳は、先ほどまで濁っていた自分の胸の内を見透かしているようだった。

「……いや、何もないよ」

「そうですか。なら、良いのですが」

「何か心配させてしまったか。悪かった。――レスリー、この装置の解析に取りかかろう」

 まるでアストルムに何かを悟られる前に誤魔化すかのように、フィルは次の作業に向けてレスリーに指示を出す。

「はい。じゃあ、周囲確認してみますね」

「アストルムは、必要な素材を伝えるから補充頼めるか?」

「わかりました」

 フィルは不足していた素材をアストルムに伝えた。彼女は工房から持ってきた素材を取りに、上層階に向かった。

 フィルもレスリーの隣で通路を塞いでいる装置の解析に取りかかった。

「なんか不思議ですね。この遺跡にあるいろいろな罠や装置って、私たち魔導技士が普段から作ってるアーティファクトみたいじゃないですか。魔導技士に関係する学問が成立してから、まだ五十年も経ってないのに、千年前の遺跡でも同じような考え方や技術が使われているんですね」

「学問としての体系ができたのが五十年ぐらい前で、その前進となるものはずっと昔からあるからな。思ってるよりも歴史は古いんだよ」

 遺跡に残された罠や装置を読み解いて解除していく作業は、アーティファクトの設計図や魔法理論を理解していく過程に似ていた。それはアストルムが言っていた事に似ていて、この遺跡を作った技術者との時間を超えたやりとりのように思えた。

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